映画コラム
『カフェ・ソサエティ』でウディ・アレンがした「原点回帰」と「新たなる挑戦」
『カフェ・ソサエティ』でウディ・アレンがした「原点回帰」と「新たなる挑戦」
(C)2016 GRAVIER PRODUCTIONS, INC.
5月5日から全国ロードショーとなる、ウディ・アレンの最新作『カフェ・ソサエティ』。最近はすっかり全米公開の翌年初夏に日本公開という流れが定着して慣れてはきたものの、ファンにとっては毎年のように待ちくたびれてしまうものだ。
昨年のカンヌ国際映画祭のオープニングを飾った本作は、短編も含めればウディ・アレンの51本目の監督作となる。監督デビューから半世紀以上、今年で82歳を迎えるアレンは本作で、これまでの原点回帰と、新たな挑戦の両方を果たしたのである。
<〜幻影は映画に乗って旅をする〜vol.29:『カフェ・ソサエティ』でウディ・アレンがした「原点回帰」と「新たなる挑戦」>
舞台は1920年代後半。ハリウッドのトップエージェントの叔父を訪ねてニューヨークから渡ってきた青年ボビーは、そこで叔父の秘書をしているヴェロニカに恋に落ちる。他に恋人がいたヴェロニカだったが、その恋人との破局によりボビーと結ばれることに。ところが結婚目前にして、ボビーは彼女から別れを告げられてしまう。失意に陥った彼はニューヨークに戻り、ギャングとして活動する兄からナイトクラブを引き継ぐのだが、そこで一人の女性に出会う。彼女もまた、ヴェロニカという名前の持ち主だった。
(C)2016 GRAVIER PRODUCTIONS, INC.
「ひとりの男と、ふたりのヴェロニカ」というキャッチコピーの後段だけを見ると、クシシュトフ・キシェロフスキの名作を思い出してしまうのだが、アレン作品における同じ名前の二人の女性といえば、2004年の『メリンダとメリンダ』だろう。
そんなことはさておき、数年前大ヒットを記録した『ミッドナイト・イン・パリ』では黄金時代のパリを舞台にロマンチックなファンタジーが展開したが、今回はハリウッドの黄金時代にフォーカスが当てられる。ショウビジネス界に携わる人間模様を描くというスタイルは、90年代〜2000年代の作品群に見られた作風(『セレブリティ』や『ブロードウェイと銃弾』など)であり、そこにうだつの上がらない主人公の恋模様ともなれば、70年代ごろのアレン初期から続く十八番中の十八番がガッチリと重なっているのである。
そういえば、今回ボビーを演じるジェシー・アイゼンバーグの代表作である『ソーシャル・ネットワーク』でのマーク・ザッカーバーグの周囲をまくし立てるキャラクター性は、若き日のウディ・アレンを想起させられる部分があった。これまでも、アレンは自分が出演しない作品となれば主人公に、自分によく似たキャラクターの俳優を配してきた(『人生万歳!』のラリー・デヴィッドがいい例だ)。まさにジェシー・アイゼンバーグは、ウディ・アレンの神経質キャラの後継者に最適なのではないだろうか。
前述したように、初期の作風を呼び起こしている本作。具体的な例を挙げるならば、70年代のウディ・アレン映画の二大巨頭ともいえる『アニー・ホール』と『マンハッタン』の2作品だろう。
出会いと別れ、そして再会を描くというスタイルは、彼がアカデミー賞を受賞し、脚光を浴びることになった代表作『アニー・ホール』とまさに同じである。終盤のニューヨークでの場面のビターな展開には、この映画を思い出さずにはいられない。また、セントラルパークの場面だったろうか、おそらく同じロケーションで同じアングルで撮られたショットがあったはずだ。
そして、そのニューヨークでの場面。アイゼンバーグとクリステン・スチュアートが再開し、明け方のセントラルパークを訪れるシーンは、『マンハッタン』での印象的な明け方のシーンと重なる。やはりアレンの映画ほど、ニューヨークを美しく映し出すものは存在しないし、同じような展開が繰り返されることに、何ら抵抗も覚えないのである。
ここまで彼の過去作の回帰をされると、アレンの年齢的にも色々と不安になってしまうのだが、初めて挑んだことがある。それが、デジタルによる撮影だ。昨今デジタル映画が主流となっている中でも、前作の『教授のおかしな妄想殺人』まで、彼は一貫してフィルム撮影を貫いてきた。それは、他のフィルム至上主義監督に見られるようなこだわりとは異なり、あくまでもデジタルの技術が、求める水準に達していなかったからにすぎない。
しかも、今回から(次回作の『Wonder Wheel』でもタッグを組んでいるのだが)、キャメラマンにヴィットリオ・ストラーロを抜擢。ストラーロといえば、一部で物議を醸したユニヴィジウム(通常のビスタよりも上下にやや狭い、2:1の画面比)で映画を作り出すという、実に野心的な撮影監督なのだ。
アレンとストラーロの二大巨匠の初タッグ、そして両者ともに初めて臨むデジタル撮影ともなれば、今後のデジタル主体の映画制作の未来がようやく始まったという予感が漂う。これが次回作以降、どう機能していくかは楽しみなところだ。
そういえば、現在Amazonビデオでは、ウディ・アレン初めてのテレビシリーズである『6つの危ない物語』が配信されている。こちらはアレン流の風刺の効いたコメディ作品で、全6話なので映画にすれば2時間半ほどの超大作というわけだ。ニューヨーク映画の巨匠ウディ・アレンは、まだまだ衰えを知らない。
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(文:久保田和馬)
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