『笑う故郷』が描き出す、南米映画の強烈な〝人間観察〟の視点

■「〜幻影は映画に乗って旅をする〜」




2016年のヴェネチア国際映画祭で最優秀男優賞を獲得したアルゼンチン映画『笑う故郷』。同年秋に日本で行われた第13回ラテンビート映画祭では『名誉市民』の題で上映された本作が、ついに劇場公開される。

とりわけアカデミー賞外国語映画賞では、2009年に同じアルゼンチンの『瞳の奥の秘密』が大逆転受賞を果たして以降、毎年のように南米からの出品作が候補入りするなど、年々その注目度が増している。昨年のアルゼンチン代表作品としてエントリーされた本作は、若手の異才監督コンビが放つ、ブラックユーモアと、芸術家の悲哀が溢れた野心的な作品なのである。

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ノーベル文学賞を受賞したダニエルは、それを芸術の衰えだと感じ、以後新作を発表できずにいた。そんな折、40年以上帰っていない故郷の田舎町から名誉市民の称号を与えるとの手紙が届く。久々の帰郷は親友や、その親友と結婚した昔の恋人との再会など、あたたかく迎えられる一方で、その娘に誘惑されたり、海外で成功したダニエルに嫉妬心を抱く町の美術協会の会長からの妨害行為があったりなど、波乱に満ちたものだった。

主人公ダニエルを軸にして、彼の周囲に地方都市独特の閉鎖的な空気が渦巻く。淡々と描きながら、主人公が何故この町を離れ、戻ろうとしなかったのか、明確に描かれはしなくとも、何となく観客は理解することだろう。

そこに折り重なるように、奇妙で感情的な登場人物たちと、含みを持たせたラスト。まるで日本の人気ドラマ『世にも奇妙な物語』の一編のようなミステリアスな世界も見え隠れする。故郷に錦を飾った作家の美談に落とし込まずに知的好奇心を刺激する、実に秀逸なシナリオといえよう。

本作を作り出した、ガストン・ドゥプラットとマリアーノ・コーンのコンビは、テレビ出身の若手監督コンビ。両者とも30代だった頃に制作した長編デビュー作『ル・コルビュジエの家』でも、本作同様に「芸術」を中心に据えて、それに関わる人間模様を皮肉たっぷりに描き出していた。





日本でも、上野の西洋美術館が世界遺産に登録されるなど、近年その名前を目にすることが多くなった建築家、ル・コルビュジエ。彼が手がけたクルチェット邸を舞台にした本作は、隣人トラブルによって徐々にその高慢な人間性が明るみになっていくデザイナーの男の姿を描き出す。

突然自分の家に窓を作ろうとする隣人の男に、交渉を重ねながらも、自分本位の方向へと進めようとしていく主人公。やがて、彼は自分の家族との仲も険悪になっていくのである。

今回の『笑う故郷』の中では、成功者として故郷に帰った主人公を妬む者、金を無心したり、よそ者だと批難したりする住人の姿が描かれる。一方で、主人公自身もこの町の人々を批判的に描いたりするなど、果たしてどちらが善で、どちらが悪なのか、第三者から見れば不明瞭な問題を、人間は多く抱えているのだと指摘しているようにも窺える。たった2作のフィルモグラフィでありながらトゥプラットとコーンは、他人を批判することで明るみになる自己の悪というものを活写している。

例えば昨年のヴェネチア国際映画祭金獅子賞を受賞したベネズエラの『彼方から』、カンヌで話題を呼んだブラジルの『アクエリアス』などからもわかるように、ここ数年評価されている南米映画は共通して、〝人間〟というものの本質を暴くことから逃げていない。ヒューマンドラマという、映画の最も基本的なジャンルにおいて、南米映画は世界の一歩先を歩いているのではないだろうか。
『笑う故郷』
9/16(土)〜岩波ホールにてロードショー、以下全国順次公開
配給:パンドラ


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(文:久保田和馬)

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