映画コラム

REGULAR

2018年02月16日

『PAN』を10倍楽しめる8つのこと!海賊たちが女装していた?黒ひげの真の目的とは?

『PAN』を10倍楽しめる8つのこと!海賊たちが女装していた?黒ひげの真の目的とは?


6:黒ひげはピーターに殺されたがっていた?




(C)2015 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC


本作の悪役である“黒ひげ”のキャラクターはとても奇妙です。粗暴かつ独善的で気まぐれで、“除菌ジェル”を使っていることからは潔癖症であることも推測できます。表面上では、とても共感できる人物ではありません。

しかし、黒ひげの真の目的(本当は何を求めていたか)を考えると、彼がとても哀しい男であることがわかります。なぜなら、彼は“ピーターに殺されたかった”ことが示されているからです。

中盤に語られる昔話において、黒ひげのお気に入りだったメアリー(ピーターのお母さん)は戦士であり、妖精の王子(ピーターのお父さん)と妖精たちと共に、黒ひげと戦っていたことがわかります。黒ひげはメアリーと戦いながら「俺と生きるよりも、奴らと死ぬのか!」と言い、その後にメアリーを殺してしまうと黒ひげは「死ぬな、メアリー!」と絶叫しました。

黒ひげは、本当はメアリーと一生を過ごしたかったのでしょう。彼がマスクをつけて“若返り”を願っていたり、妖精の国で永遠の命を狙っていたりしたのも、本当はメアリーとずっといっしょにいたかったから、に思えてしょうがないのです。

しかし、もうメアリーはいません。若返りなんて、もうなんの意味もありません。その残酷な真実は、黒ひげ自身もわかってはいた……それどころか、本心ではもう死んでしまいたかったのでしょう。

その証拠に、黒ひげは出会った“自分を倒すと予言された伝説の子”であるピーターに、わざわざ(自分を殺す武器になりえる)剣を渡しています。さらに、黒ひげが「私を殺しにきたのか?」と単刀直入にピーターに聞き、「僕はおとぎ話(Bed Time Story)を信じない」と返されると、泣き出しそうな、とても寂しそうな表情をしていました。

他にも、ピーターに「黒い海に沈むような夢、それは死だ」と教えようとしたり、「お前は勇敢か?」と質問する(ピーターは「そうなろうとしている」と返す)のも、黒ひげが“自分を殺してくれる子どもの予言”が本当であって欲しいと願ったからでしょう。

終盤でピーターを殺せる状況になった黒ひげが「殺さないさ、とても殺したいがな!」と言ったこともまた、ピーターがまだ自分を殺してくれるかもしれない、と期待していたからなのかもしれません。

これは、自分の想い女と一生を過ごすどころか、その彼女を自らの手で殺してしまった……その彼女がこの世にいないと知っても、まだ“永遠の命”を求めてしまう男の物語とも言えます。黒ひげはその矛盾がわかっているからでこそ、自分を止める(殺す)者(=ピーター)が現れることを望んでいたのでしょう。

なおジョー・ライト監督は、黒ひげについて「(黒ひげは)ピーターに愛する者の面影を見つけているんだ。そして考える、“ピーターが自分の息子だったなら”と。歩めなかった、もう1つの人生だ」とも語っていました。黒ひげの本当の目的は、愛する人と添い遂げ、そして家族をつくることだった……これほどまでに、哀しい男の内面が描かれていたのです。

7:今回のピーターは“現実主義者”だった!




(C)2015 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC


本作のピーターが、黒ひげとは対象的に、伝説やおとぎ話を信じようとしない“現実主義者”であったことも重要です。これは、元々の「ピーター・パン」で示された、大人になることを認めずに“ずっと子どもでもいい”という価値観への皮肉でもあるのでしょう。例えば、以下のピーターの言動にもその現実主義ぶりが表れています。

・黒ひげ「お前は勇敢か?」→ピーター「そうなろうとしている」
・ピーター「笛が証拠になるから、飛ばなくてもいいじゃないか」
・ピーターはお母さんが生きている“真実”を重要視している

言い換えれば、ピーターは伝説などに頼らずに、自分で強くあろうとするキャラクターということ。そして、ピーターは現実主義者だからでこそ、“空を飛べる”というおとぎ話のようなことを信じられなかったところもあるのではないでしょうか。

そんなピーターは、最後に“フック船長という友だちを救うため”に飛ぶことができました。最後には戻ってきてくれたフックがいたから、彼を友だちだと認める=信じることができたからこそ、ピーターは空を飛ぶ才能を開花できたのです。そう言えば、中盤でピーターは飛ぶ練習をしていた時に「こんな時にニブス(ロンドンにいたピーターの友だち)がいてくれたらなあ」とも言っていましたね。

つまるところ、本作では現実主義的なピーターの性格を通して、“信じる”ということ、転じてあり得ないことが起こるファンタジーや、「ピーター・パン」の物語そのものを肯定していると言っていいでしょう。

8:“観る人の能力を過小評価しない”映画だった!




(C)2015 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC


本作の監督を務めたジョー・ライトは、本作についてこのような発言もしています。

「大手の映画会社にありがちなのは、観る人の能力を過小評価して説明を多くしてしまうことだ。僕は観客を見くびらないようにしているよ」

その“観客を見くびらなかった”ことの1つが、前述した黒ひげの内面なのではないでしょうか。装飾品で彩られた室内でのピーターと黒ひげの会話は、ヒュー・ジャックマンという俳優の繊細な演技も相まって、説明がなくても彼がどのような人物であるのか、存分に伝わるようになっているのですから。

実は、『PAN ネバーランド、夢のはじまり』は興行的にも批評的にも芳しくない作品でした。否定的な意見が多くなったのは、神格化されたバンドグループのニルヴァーナの楽曲を“悪役”の海賊に歌わせたことや、タイガー・リリーという非白人系のキャラクターにルーニー・マーラを配役したこと(いわゆるホワイトウォッシュ問題)も理由にあるようです。

また、登場人物の内面は作中でしっかり描かれているものの、基本的に本作は矢継ぎ早にアクションが展開する冒険活劇です。前述した黒ひげの内面も、後から昔話をアニメで短く描いたこともあり、さすがに万人には伝わりにくくなっているのではないか……というのは否定できません。「ピーター・パン」の前日譚としても、ティンカー・ベルの存在感がほとんどなかったり、「ピーターとフック船長が対立する理由がわからず仕舞いだった」など、中途半端な印象を持ってしまうのは致し方ないでしょう。

しかしながら、そうしたところで評価を下げてしまう、失敗作だと切り捨ててしまうのはあまりに惜しい映画です。少なくとも、数々の美麗な画、ピーターが終盤で初めて飛んだ時の高揚感など、ファンタジー映画としての魅力は満載なのですから。何より、説明的にせず(観客の読解力を信じて)黒ひげを始めとしたキャラクターの内面を描いた脚本と、それをしっかり見せた監督の手腕、美術スタッフの仕事、役者の卓越した演技は賞賛されるべきでしょう。

おまけ:合わせて観て欲しい「ピーター・パン」にまつわる映画はこれだ!


最後に、『PAN ネバーランド、夢のはじまり』と合わせて観るとさらに楽しめる、「ピーター・パン」にまつわる3つの作品を紹介します。

1.『ピーター・パン』(2003年)



前日譚的な内容だった『PAN ネバーランド、夢のはじまり』とは違い、比較的原作に忠実な実写映画作品です。ティンカー・ベルが嫉妬しがちな性格であったり、フック船長も何かとピーター・パンに復讐しようと企むなど、ディズニーアニメ版らしさもたっぷりありました。

「死ぬのは、とてつもない大きな冒険だ」という有名なセリフも登場し、ピーター・パンの無邪気だからでこその残酷性や薄情さなど、原作の“毒”や“哲学的な面”も子ども向け映画ながらしっかりと表れています。「シンデレラ」の物語が、とんでもない内容として語られているのも面白いですよ。

2.『フック』



永遠の子どものはずのピーター・パンが、なんと子どももいる40歳の男性で、しかも家庭を顧みない“仕事人間”になっているという、掟破りな設定の作品です。実は彼は記憶を亡くしており、ウェンディにピーター・パンだった事実を告げられてネバーランドに戻るも、見た目がよれよれの中年男性なのでピーター・パンだとは信じられなかった……という何とも切ない物語になっています。

スティーブン・スピルバーグ監督作品の中では評価は高くなく、興行的にも惨敗してしまった作品ですが、莫大な費用をかけたセット、故・ロビン・ウィリアムズが得意とする“子どもの心を持った大人”のピーター・パン、ダスティン・ホフマンが演じるフック船長は強い印象を残すでしょう。大人にこそおすすめしたい1作です。

3.『ネバーランド』



「ピーター・パン」の作者であるジェームス・マシュー・バリーを、あのジョニー・デップが演じたドラマです。劇の新作が酷評されてしまった後、近くの公園にいた少年たちと仲良くなり、その母親と食事をしたりするうちに、妻のことが放ったらかしになっていくという……意外にもダメな大人を描いた作品にもなっていました。

実話を元にしたドラマながら、“空想の力”や“ファンタジーの目的”を問う内容になっていることもポイントです。ある意味では、『ビッグ・フィッシュ』や『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』のように、“物語が必要な理由”に迫っているとも言えるでしょう。「ピーター・パン」の誕生秘話、その物語にどのような精神が込められているかを知りたい方にもおすすめします。

(文:ヒナタカ)

無料メールマガジン会員に登録すると、
続きをお読みいただけます。

無料のメールマガジン会員に登録すると、
すべての記事が制限なく閲覧でき、記事の保存機能などがご利用いただけます。

RANKING

SPONSORD

PICK UP!