『万引き家族』モラルに問題のない3つの理由(ワケ)
(C)2018フジテレビジョン ギャガ AOI Pro.
6月8日より公開されている『万引き家族』は、第71回カンヌ国際映画祭にて日本映画では21年ぶりのパルムドール(最高賞)を受賞し、先行公開で鑑賞した日本の観客からも絶賛の嵐で迎えられています。映画レビューサイトのcocoでは48名以上の投票で100%評価、Filmarksでは5.0満点中4.2点を記録するまでになりました。
しかしながら、『万引き家族』というストレートでやや過激とも言えるタイトルと、犯罪でしか繋がれなかった家族が幼い少女を連れて帰る(誘拐する)というあらすじ、国外の権威ある賞を受賞したことから、本作には批判的な意見もたくさん寄せられているようです。「犯罪を正当化または美化しているのではないか」「万引き行為を助長するのではないか」「日本という国が誤解されないか」などと…。
結論から言えば、『万引き家族』の本編はむしろ、そうした批判的な意見を持った方、作品のモラルに懐疑的な方こそ、大いに“納得できる”内容になっていました。大きなネタバレのない範囲で、その理由を解説しながら、作品の魅力も紹介します。
1:元々は『万引き家族』というタイトルではなかった?
実は、本作のタイトルには『声に出して呼んで』という案もあったそうです。これは是枝裕和監督から脚本執筆の途中に提案され、プロデューサーの松崎薫氏もとても気に入っていたものの、「やはり宣伝側としてはもう少しわかりやすく、どういう話かが伝わるタイトルにしたい」というリクエストをしたのだとか。この『声に出して呼んで』というタイトルは、「子どもから“お父さん”や“お母さん”と呼んでほしい」と願う劇中の登場人物の想いそのもので、脚本もそこが重点的に書かれていたのだそうです。
つまり、最終的につけられた『万引き家族』(英題は「SHOPLIFTERS(万引きする人たち)」)という“わかりやすいタイトル”は、どちらかと言えば宣伝のため、映画を広く認知してもらうための戦略だった、という側面が大きいのです。しかも、本編ではかなり複雑かつ多層的な問題が描かれており、『万引き家族』というストレートなタイトルとはギャップのある、良い意味で「単純に考えにくい」「答えを出しにくい」内容とも言えるものでした。
過激とも言えるタイトルにギョッとしてしまう、不快感を覚えてしまうのも致し方はありません。しかし、宣伝を鑑みていなかった他のタイトル案があったこと、映画本編はタイトルからは想像し得ないほどに複雑な内容であること、何より(例外はあるとは思いますが)タイトルという短い文字情報を映画の全てのように受け取らないほうが良い、ということをここで訴えておきたいのです。
また、『万引き家族』の物語および、「なぜ犯罪を美化する内容でないか」を詳しく説明するとネタバレになってしまう、そのネタバレを回避しての宣伝が難しいことも、この“わかりやすいタイトル”がつけられた理由の1つなのではないでしょうか。登場人物たちの背景にある大きな“謎”、その謎が明かされる過程、そして彼らが辿るある顛末は、知らないまま観ていただきたいです。
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2:“自然”な演出を突き詰めた是枝裕和監督ならではの魅力とは
是枝裕和監督の作品を観て、多くの方が驚くことは、その“自然さ”でしょう。『万引き家族』の出演者はリリー・フランキー、安藤サクラ、松岡茉優、樹木希林、池松壮亮、高良健吾など、ベテランから若手まで実力と人気を併せ持つ名優揃いですが、映画を観ている間はそのことすら忘れさせてくれます。ご飯を食べたり、お風呂に入ったり、商店街で顔なじみの人に話しかけたり、そうした一連のシーンが“作られたもの”には到底見えないのです。
『万引き家族』では、是枝監督は海辺で遊ぶシーンを最初に撮影し、そこで家族の“距離感”を測ったのだそうです。そこからは演出を役者の個性に合わせて変えていき、終盤に行くに従って脚本も現場で書き換えられていったのだとか。子役には台本を渡さず、口で伝える演技指導をしている(だからこそ子役の演技が演技とは言いたくないほどに自然になっている)是枝監督ですが、今回はリリー・フランキーにも子役と同様に台本を渡さない提案をしていたというのも興味深いところ。確かに、ダメな父親である彼の役はある意味で“幼く”も見えますよね。
是枝監督作品に共通する、登場人物たちがまるで実在しているかのように錯覚してしまう、(セットで作られた古い家のディテールも手伝って)本物の生活を覗いているかのようなリアルさは、今回の『万引き家族』でも、そうした巧みな演出によって際立っています。犯罪を扱ったテレビのワイドショーや新聞の記事では到底知り得ない“裏側”、彼らの生活や心理に触れるというのは、映画でしか成し得ない体験です。それを自然な演出で突き詰めている是枝監督作品、ひいては(犯罪を描いた)映画という媒体の意義の1つも、そこにあると言えます。
ちなみに、『万引き家族』はフィクションではありますが、年金の不正受給や、万引きを繰り返していた家族が“盗んだ釣竿だけは家に置いたままにしていた”ことなどの複数の事例をモデルにしています。本作のリアルさは、実際の出来事をしっかり物語の中に落とし込んでいたためでもあるのでしょう。
また、劇中の犯罪行為がどうあっても擁護できるものではないことを前提として、彼らそれぞれが“一定のモラルや価値観”も持ち合わせている(ことを匂わせている)というのも、登場人物に奥行きを与えています。最終的に、それらの価値観がどのように“変わった”かにも、注目してみると良いでしょう。
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3:物事を“観察できる”ことが重要だった
是枝裕和監督は、その作品群の多くで“家族”を描いています。ご自身はあまり家族を撮り続けているという意識はなく、別のテーマを扱おうとした時に自然と家族が浮上してきたというケースが多いそうですが、それでも家族ものの映画を扱う上で「“幸せな家族のカタチ”を提示しない」という最低限の倫理観を持っていたのだそうです。
『万引き家族』で描かれる家族は、生活費の足しにするために万引きを繰り返しています。それは間違いなく犯罪であり、許されない行為です。家族それぞれから笑顔が溢れていた、刹那的には幸せに見えたとしても、彼らが世間の一般的なレールから外れていること、時には第三者の視点から批判的に見られること、彼らの“絆”が永遠には続かないであろうことも劇中では示されており、全くもって短絡的な“幸せな家族のカタチ”にはなってはいませんでした。
また、是枝監督は善と悪といった二元論で単純に語ることに懐疑的(もしくは否定的)な作家でもあります。『そして父になる』では「血か、育ててきた時間か」という二者択一の問いにもはっきりとした答えを出しませんでしたし、今回の『万引き家族』でも、総括的には犯罪者一家をただ断罪したり、「それでいい」と一元化して肯定することもありません。少し乱暴に表現するのであれば、是枝監督は「映画は観客それぞれが受け取るものが違うのだから、皆さんで考えてほしい」というスタンスで作品を作り続けているとも言えるのです。
言い換えると、是枝監督は社会的な問題について、主観的または独善的な視点では描いてはいない、極めて多角的かつ客観的に物事を“観察できる”作品づくりをしているということです。特に『万引き家族』で観察できる出来事は「是枝監督の集大成では?」と感じたほど、極めて多層的な要素を持っていました。
総じて、“問題に対して恣意的に観客を誘導しない”、“考えさせる余地を残している”というフラットな描き方が、『万引き家族』に批判的であった人にこそ観て欲しい、一番の理由と言えます。「何が正しい」「何が間違っている」ということを(登場人物の誰かが言ったとしても)決めつけることがないのですから。
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まとめ:“評価”を信用してみてほしい
『万引き家族』の本編を観れば、万引きおよび犯罪を肯定している内容でないことは誰の目にも明らかであり、作品全体のモラルにも問題がないと認識できるはずです。子どもに手伝わせている万引きの手口がリアルであるため、模倣を懸念される方もいらっしゃるかもしれませんが、それを続けてしまったことによる“結果”も示されているので、誰も安易にマネをしようとは思えないでしょう。本作はPG12(12歳未満の鑑賞には保護者の同伴が適当)指定がされており、それも妥当なレーティングと言えます。
何より、まずは『万引き家族』という作品を観て欲しいと、筆者は強く願います。もちろん題材そのものに不快さを覚える方が無理に観る必要はありませんが、日本人が権威ある国外の映画賞で最高賞を受賞したこと、多くの方が素晴らしい作品であると評価していることは、疑いようもない事実です。タイトルや表面的な情報だけを鵜呑みにせず、そちらの“評価”そのものを信用してみても良いのではないでしょうか。
『万引き家族』は、一緒に観た人と話しあってみるのも良いでしょう。観客それぞれが感情移入をするキャラクターは異なるでしょうし、多層的な構造を持った物語はいくらでも議論の余地があるでしょうから。ともかく、日本で最高峰の映画監督の1人と称される、是枝裕和監督の集大成、最高傑作と呼んでも差し支えのないこの作品を、劇場で堪能していただきたいです。
(文:ヒナタカ)
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