ちょっと怖そうなお客さんがアダルトビデオを持ってきて焦った話
Photo credit: Norio.NAKAYAMA on VisualHunt.com / CC BY-NC-SA
映画カタリストのゆうせいです。学生時代はTSUTAYAでアルバイトをしていました。そこではいろんな学びを得るとともに、良くも悪くも最高の体験をさせていただきました。
今回は、怖いお客さんがアダルトビデオをレンタルしようとレジに来た際、新人アルバイトがおかしてしまったとんでもない大失敗についてお話ししたいと思います。
私がアルバイト2年目を迎えたころでしょうか、新人アルバイトの男の子、I君が入ってきました。アルバイト自体が初めてらしく、すごく緊張していたのを覚えています。
とにかく何もかもが初めてなので、接客もレジ打ちも緊張を超えたど緊張で臨むI君。初々しさを感じるとともに、こちらにも緊張が十二分に伝わってくるほど手がブルブルと震えていました。
かつて私も初めてのアルバイトでは手が震えたものですし、ここはI君の気持ちになってゆっくりじっくりと教えることにしました。
その甲斐あってか、I君も次第に緊張を解き、少しずつですが流れに乗ってレジ打ちができるようになってきました。
TSUTAYAのレンタル業務において、レジはそれほど難しくはありません。当時はビデオテープしかなく、「こちらはブルーレイディスクですが間違いございませんか?」などの確認もありませんでした。
新作は1泊か2泊3日、旧作は1週間(7日)のレンタルの区別しかなかったのです。
なので、お客様が旧作をレジに持ってきた場合は「ご利用は1週間でよろしいでしょうか?」と確認して、新作ならば「ご利用は1泊でよろしいでしょうか?」を聞けばスムーズにことが運ぶわけです。
新人君もこの流れにのってレジを進め、あとはバーコードを読み取って金額をやりとりすることに慣れ始めてきました。
そこで私は隣のレジから彼を見守りつつ、1人で任せてみることにしました。
このときの判断が間違っていたのか、事件は起きたのです。
私の働いていたTSUTAYAに限定したことではありませんが、お客様にはいろんな方がおられます。ファミリーやカップル、外国人の方、そして、何のお仕事をされているのかわからない、ようするに怖い人も…。
その日、怖いお客様代表と言ってはなんですが、Tさんが来店されていることに気が付いていなかった私は、普段どおりレジに入り、業務をこなしていました。
Tさんのお仕事は何かはわかりませんが、見た目はいかつく、眼光も鋭く、そして言動も荒っぽいことで、店員の中ではかなりの有名人でした。別に店内で暴れるわけでもなく、クレームを言ってくるわけでもなく、ただ怖い、それだけなのですが、私たちには十分すぎるほどの迫力がありました。
「Tさんが来てるよ」
と誰かが言えば、緊張感が走る。そのくらいの。
で、そんなTさんがレンタルするのはアクション映画、任侠映画、そして、ゴリッゴリのアダルトでした。
いつもであれば慣れた店員が、Tさんの機嫌を損ねることなく円滑に対応するのですが、今回は少々ミスを犯しました。
Tさんが、I君のレジに行ってしまったのです。
I君はようやくレジに慣れていたころでしたが、Tさんを見て固まったことはすぐに分かりました。まるで「スラムダンク」の桜木花道のデビュー戦のように視野が狭くなり、完全に我を忘れ、何もかも見失い、初めてのレジよりも震えていたように思えます。
私はレジを交代しようと思いましたが、Tさんはレジに向かって入荷したばかりの新作アダルト作品をドカッと置き、会員証をスパーン!と提示。もはやここで交代するとTさんの気に障るようで何もできませんでした。
もはや、「I君、がんばれ…」と祈るだけ。
I君、わかるよね?
Tさんが持ってきたそのアダルトは新作。
ゴリッゴリの内容だけど今はそれについて考えなくていい。
落ち着いていつものセリフを言うだけ。
それだけでいいんだよ…
私のテレパシーが通じたのか、I君は震える手でパッケージを持ち上げ、会員証をレジに読み込ませました。
うん、大丈夫だ。落ち着いて対応すれば何も問題ない。いける。そう思った瞬間でした。I君がこう言ったのです。
「ごっ、ご利用はっ、1発でよろしいですか?」
緊張のあまり、1泊(いっぱく)と言わなければいけないところで、1発(いっぱつ)と言ってしまったのです。しかも、アダルト作品を持ってきた、怖いお客様ことTさんに対して。
終わった。
全部終わった。
この世界は終わった。
店員だけでなく、そのときレジ周辺にいたお客様すべてがそう思ったはず。できることならこの瞬間に閉店にしたい、消えてしまいたい。I君はきっとそう願っていたでしょう。
しかし、当然ながら閉店にはなりませんし、I君に消えていなくなる特殊能力はありません。
とりあえず店長に来てもらって謝罪するしかない。でも今日は店長不在で副店長しかいない日だ。ならばまずはバイトリーダーで対応しつつ、その間に副店長と対応策を考えるか、あ、そんなことよりI君は生きているか。などと瞬間的に役に立たない考えだけが頭をめぐりました。
こんなとき、自分ならどうしただろうか。強引に「いっぱく」と言ったことにして淡々と進めただろうか、それとも即土下座で乗り切ろうとするのだろうか。もはや助けを求めることすら忘れて立ち尽くすI君の横で、私もただ動けずにいました。
時間にすれば数秒ですが、Tさんの返答を待つまでの間、まるで死を迎えるときに見ると言われている走馬灯のように駆け巡ったのです。
「いいや、2発3日でおねがい」
ファッ!?
Tさんはピースサインを添えて、1泊(いっぱく)を1発(いっぱつ)と言い間違えたI君に対して、2発3日(にはつみっか)で答えたのです。
神対応。
そんな言葉が生まれるずっとずっと前の時代です。でも、これを神対応と言わずになんと言いましょうか。
Tさんは神様だったのか。ゴリッゴリのアダルトを借りていく、任侠映画が大好きな、そっち(どっち?)側の人だとばかり思っていたけれど、神様だったのですね。
おい、クラッカーを持ってこい。鳴らせ鳴らせ、神様がご来客だ。くす玉を持ってこい。I君に割らせるんだ、「Tさん、神対応ありがとうございます」ってメッセージとともに。おいライスシャワーはどこだ。テープカットはどこだ。花束がないぞ。胡蝶蘭10株は必要だ。祭りだ祭りだ。ありがとう、ハッピーな着地。
もう無料でいいわ。今日は俺のおごりでいいわ。そのくらい気持ちよかった。アダルトの気持ちよさなんか超越していました。
その後、Tさん、いいえ、神様のユーモアによって落ち着きを取り戻したI君は、落ち着いてレジを進め、神様は笑顔で退店されました。
この話は、その後に新人が入ってくるたびに語られる伝説となり、Tさんは末永く崇められることになったのです。めでたしめでたし。
以上、TSUTAYAの思い出でした。
他にも「ヒューマンドラマでおすすめの作品ある?とおばさまに聞かれ真摯に対応した結果、なぜそれを選んだ?」ってエピソードもあるのですが、別の機会にお話しますね。
それではまた。
映画カタリストのゆうせいでした。
(文:ゆうせい)
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