映画コラム
『IT/イット THE END』の「3つ」の見どころ!原作小説からの改変は成功だったのか?
『IT/イット THE END』の「3つ」の見どころ!原作小説からの改変は成功だったのか?
©2019 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
人気ホラー作家スティーブン・キングの大長編小説「IT」を映画化した『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』。
その待望の続編となる『IT/イット THE END “それ”が見えたら、終わり。』が、ついに11月1日から日本でも劇場公開された。
2年前に公開されて好評を得た前作では、原作の中から少年時代のエピソードだけを抽出して高い評価を受けただけに、成長した主人公たちの戦いが続編でどう描かれるのか? 個人的にも、かなりの期待を胸に鑑賞に臨んだ本作。
果たして、その内容と出来はどのようなものだったのか?
ストーリー
前作の戦いから27年が経過した小さな田舎町で、再び起きた連続児童失踪事件。
幼少時代、"それ"の恐怖から生き延びた落ちこぼれの子供たち="ルーザーズ(負け犬)・クラブ"の7人は、27年前に固く誓い合った"約束"を果たすために、再び生まれ故郷の町に戻ることを決意する。
しかし"それ"は、より変幻自在に姿を変え、彼らを追い詰めていく。果たして、すべてを終わらせることができるのか?
予告編
見どころ1:実は過去の名作映画へのオマージュが満載!
今回の映画版でペニーワイズが見せるバラエティに富んだ驚かせ方、更にラストで彼が弱体化する描写や、子供たちの恐怖心がイットの力を増幅させている設定などに、映画『エルム街の悪夢』シリーズ後期の展開を思い出さずにはいられなかった本作。それだけに、ラストでアップになる映画館の看板に書かれたタイトルを見て、やっぱりそうか! と思われた方も、多いのでは?
更に、これ以外にも『シャイニング』や『クリスティーン』など、同じスティーブン・キング原作映画の数々や、ジョン・カーペンター監督の『遊星からの物体X』に登場するスパイダー・ヘッドなど、過去の名作ホラー映画のオマージュが続々登場する本作。
なにしろ原作小説の中にも、脇役の名前に"クーンツ"や"オバノン巡査部長"など、思わずニヤリとさせられる記述が登場するだけに、こうしたサービスもファンにとっては堪らない魅力となっているのだ。
もちろん元ネタを知らなくとも充分楽しめるのだが、細部まで楽しみたい方は是非チェックして頂ければと思う。
見どころ2:大人になったルーザーズの運命は?
映画の冒頭こそ、各登場人物の名前と顔を一致させるのに少し戸惑うが、前作で子供時代を演じたキャストのイメージを損なわず、大人になったルーザーズを演じるキャストに繋げた点も、本作の大きな魅力となっている。
特に、原作小説では“アンソニー・パーキンスに似た風貌”と記述されている、大人になったエディ(ジェームズ・ランソン)のキャスティングは絶品の一言!
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ただ、原作小説の終盤で重要な役割を果たすビルの妻のオードラや、ベバリーの夫のトム・ローガンがデリーの街まで追いかけてくるエピソードなどが削られたことで、成長した彼らが仕事上では皆成功したが、私生活では様々な問題を抱えているという現在の描写が、かなり薄れてしまった気がしたのも事実。
だが、今回の映画版でより登場人物の内面が掘り下げられた部分も多く、特に見事なのはリッチーのセクシャリティーに関する描写が加えられていた点だった。
先日来日した、アンディ・ムスキエティ監督へのインタビューでも明言されているように、本作でのリッチーはLGBTとして描かれている。ただ、子供時代のゲームセンターでのエピソードや、エディへの特別な感情を匂わせる描写など、決してこれ見よがしには描かれていないので、これからご覧になる方は、是非この点にも注意して頂ければと思う。
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これ以外にも、実は原作小説には"性"を匂わせる描写は多い。前作の紹介記事にも書かせて頂いた通り、本作のシンプルだが非常に深い意味を持つタイトルの「イット」が、約90年前の映画から生まれた流行語の"イットガール"という言葉と関連しており、"SEX"を意味するという描写が、原作小説のラストの部分に登場するので、今回の続編を観て疑問や興味を持った方は、是非一度原作の世界にも触れてみては?
見どころ3:原作小説からの変更や映画独自のアレンジは成功だった?
注:以下はネタバレを含みます。鑑賞後に読まれることをオススメします。
実は今回、映画鑑賞前に原作小説を久しぶりに読み返したのだが、この文庫本で全4巻という分量の映像化にあたって、果たしてどのエピソードを削ってどんな結末を迎えるのか? 期待と同時にかなりの不安を覚えた。
実際今回の映画化に対して、子供時代と成長してからのエピソードを分けて、前編後編で時系列の通りに描くという改変が行われたことで、原作小説の緻密な構成や、ラストに向けての盛り上がりなど、スティーブン・キング小説の特徴や魅力的な部分が損なわれている点を、多くの原作小説ファンが指摘しているのも事実。
ただ、子供時代のエピソードで構成されていた前作に対して、続編では成長した主人公たちがデリーの町に再び集結して最終決戦に臨む過程と、子供の頃のエピソードが交差して描かれるという、原作小説に近い構成になっていた点は、実に懸命な選択だったと思う。
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個人的には、子供時代にベンがベバリーに宛てて書いたラブレターが、実は学校の授業で習った日本の俳句の形式で書かれていることや、映画『ラドン』に関する記述など、日本の文化に対する部分が削られていたのが残念だった。
気になる"イット"の正体に関しても、原作では宇宙の誕生よりも以前から存在していて、人類誕生の前に地球にやってきたことや、ルーザーズによって初めて怒りの感情や痛みを認識したことが描かれている。
実は原作に登場する、イットが女性(正確にはメス?)だったという設定や、最終決戦の舞台となるイットの棲家の描写には、原作が発表された1986年の映画『エイリアン2』との類似性が見えて、実に興味深いものがあるのだが、小説自体は1985年の12月に書き終わっているので、当時の社会の変化や時代の空気を取り入れた結果起こった、偶然だったのかもしれない。
更に原作では、ルーザーズが思い描いたイメージが定着して、"ある姿"から抜けられなくなったイットとの対決が描かれるのに対して、映画版では肉体を持ったイットの姿は、ピエロのままとなっている。
この変更のお陰で、映画版では犠牲になった子供たちが"浮かぶ"という意味が、原作とは違い言葉どおりの解釈になってしまった点も、原作ファンに不満を感じさせた要因と言えるだろう。
特に原作小説の4巻目には、イット側の視点から描かれた部分が登場しており、その中で7人という数字の持つ魔力を恐れて、スタンを死に追いやったことが彼の口から語られるのは非常に興味深い。
事実、原作では黒人のマイクがイットによって病院送りにされ、更に少ない人数で最終決戦に臨むという燃える展開が待っているのだ。
ルーザーズによって一度は撃退されたイットが、周到に計画を練り復讐の機会を待っていたことや、イットを倒す原動力となった子供の持つ豊かな想像力が、彼らが大人になったことで衰えていることなど、映画で描かれていなかったり分かり難い部分は、原作小説を読むことでかなり補完出来るのだが、子供たちが自分の想像力で思い描いた恐怖を、イットが具現化して子供たちを襲うという設定と、逆にルーザーズの想像力がイットを倒す力にもなるという、表裏一体の見事な設定が、映画版では殆ど語られていない点は、実に残念と言わざるをえない。
この重要な部分への伏線となるエディの吸入器に隠された秘密も含めて、子供の頃の無限の可能性や豊かな感受性に対するスティーブン・キングの想いが、必ずしも反映されたとは言い難い内容に思えた、この『IT/イット THE END “それ”が見えたら、終わり。』。
前作を未見の方は、出来れば事前に予習されてからの鑑賞がオススメです!
最後に
膨大な原作小説の中から子供時代の部分を抽出することで、子供たちが体験する冒険物語として見事にまとめてみせた、前作の『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』。
観客からも高い評価を得た作品だけに、大人になったルーザーズの面々とイットの最終決戦が描かれるこの続編には、多くの観客からの期待が寄せられていたのだが、その評価は意見が分かれる結果となっている。
実際ネットでの感想には、これだけの内容を描くならテレビシリーズできちんとやって欲しかった、そんな声が散見できたのだが、邦訳が文庫にして全4巻という長編小説を、2時間半越えとはいえ映画2本にまとめる以上、登場人物や多くのエピソードが削られることになるのは、仕方がないところ。
むしろ、原作小説の大きな魅力であり成功要因だった、過去と現在が交互に交錯しながらラストに向かって集約されていく展開が、映画版では子供時代と成長してからを分けて時系列の通りに描かれるという改変の方に、多くの不満の声が寄せられていたようだ。
更に、ペニーワイズが何故執拗にターゲットの子供を怖がらせるのか? という点について、原作では恐怖を与えるほど獲物となる子供の味が良くなる! という納得の設定があるのだが、映画の中では全く説明されていないため、まるで"おばけ屋敷"のアトラクションを思わせる"ショック演出"が多用されるように見えてしまう点も、原作のテーマを遠ざけてしまう結果に繋がっていると感じた。
思い返せば、ルーザーズがイットに打ち勝った理由が、彼らがイットを怖がらなかったからだ、という説明がなされて終わった前作。
そのため、大人になって子供の頃の恐怖の記憶を蘇らされた彼らが、果たしてどうやってイットに打ち勝つか? この部分が続編の重要な見せ場となるのだが、今回の続編に施されたアレンジには、正直裏切られたという気持ちの方が強かった。
特に、原作に描かれたエディの吸入器にまつわる秘密が、映画版では削除されてしまったことで、ルーザーズがイットに何故打ち勝つことが出来たのか? その重要な要素が映画版では分かりにくくなってしまった点は否定できない。
やはり、この吸入器の秘密に関するエピソードは、子供が持つ想像力の強さや、イットに対抗できる力を具現化する部分であり、加えて、せっかくイットとの対決の恐怖を経て入手した思い出の品々が、イットに対して直接ダメージを与えることなく、イット打倒の儀式へのアイテム集めに終わる展開には、正直テレビドラマ版の展開の方が良かったと思えたのも事実。
確かに原作通り、宇宙の創造主とも言える存在に出会う展開や、子供たちが仲間として結束する部分の性的描写を映像化するのは難しいだけに、前作よりも遥かに高いハードルに挑戦したこの続編を深く理解するためにも、鑑賞後に原作小説で補完されることを強くオススメします。
(文:滝口アキラ)
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