映画コラム

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2016年08月11日

『秘密』の“わからない”は“おもしろい”!わからなかったことを教えます

『秘密』の“わからない”は“おもしろい”!わからなかったことを教えます



(C)2016「秘密 THE TOP SECRET」製作委員会


現在、映画『秘密 THE TOP SECRET』が公開中です。自分は「さすがは『るろうに剣心』の大友啓史監督だ!」「この映画をいま観ることができてよかった!」「原作から設定を変えてくれてありがとう!」と強く思うことができる秀作でした。

ここでは、本作を楽しむためのポイントをご紹介します。

なお、大きなネタバレには触れていませんが、一部に劇中のセリフや設定を書いていますので、予備知識なく本作を鑑賞したい方はご注意ください。

1.原作マンガのふたつの事件を統合したため、“良い意味での疲労感”のある作品になった


本作『秘密 THE TOP SECRET』の原作は清水玲子さんによるマンガで、第15回文化庁メディア芸術祭優秀賞を受賞するほか、アニメ化もされた人気作です。

今回の映画では、原作の1、2巻(ともにAmazon電子書籍で、期間限定無料で読むことが可能)に収録されている、ふたつの事件の物語を統合して作られています。これにより映画のボリュームは大きくなり、上映時間は2時間29分になりました。

この上映時間を聞いて難色を示すことなかれ。このボリュームと、長めの上映時間も、とても重要な作品になっていると、自分は感じたのですから。

この映画では、登場人物たちが暴力や死、“見てはいけない”事実を次々に目の当たりにします。これらの凄惨な描写と、長めの上映時間が合わさるため、捜査員たちが二つの事件に(しかも同時期に)振り回されてしまうという“疲労の体感”ができるのです。

なお、原作者の清水玲子さんは、映画の脚本を渡されたときに「あまりに過激すぎないか」「情報を詰め込みすぎではないか、もっと削ったほうがよくないか」と忌憚のない意見を述べたものの、大友監督は「それではテレビの2時間ドラマになる」と譲らなかったそうです。結果的に清水さんは、映画のすごい映像を観て、「負けた気がした」と語っています。

その他、主人公のひとりを演じた生田斗真さんは、大変な現場での撮影を振り返りつつ「僕が感じた“心地よい疲れと頭の痛み”を感じてほしい」とメッセージを送っています。

原作の二つの事件を統合し、ボリュームの大きい映画にしたことには、ここに理由があるのではないでしょうか。劇場で2時間半という時間、どっしりと腰を据えて観ることで、登場人物の辛い気持ちに同調でき、結果として“良い意味での疲弊感”をもたらしてくれるのですから。



(C)2016「秘密 THE TOP SECRET」製作委員会



2.原作から設定が変更されたため、より“理不尽な暴力と死”の印象が強くなった


本作の脚本家の一人は、『ソラニン』や『凶悪』の高橋泉さん。前述のボリューム感、 原作よりもさらに“登場人物が犯人に翻弄され続ける”物語は『凶悪』に似ていると言っていいでしょう。

しかも、映画の設定のいくつかは、原作からかなりの変更がされています。

例えば、主人公の一人である青木一行(岡田将生)は、映画では父親以外の家族が殺されてしまい、意思の疎通ができなくなった父親の介護をしているという設定が付け加えられています。

その他、犯人の“絹子(織田梨沙)”は、原作ではあるおぞましくも切ない理由により殺人を犯していましたが、映画ではサイコパス(精神病質)であるという変更がされていました。

犯人の“貝沼(吉川晃司)”は、原作では親しみやすい笑顔を浮かべたりしていましたが、映画ではより異質で、見た目から恐ろしい存在として描かれています。乱暴に言えば、二つの事件の犯人は、原作よりもさらに“理解しがたい”に存在になっているのです。

この設定の変更により、“理不尽な暴力や死がこの世に存在すること”が強調されていると、自分は感じました。

世の中にはとてつもない悪意を持つ人間がいて、その人間を理解することはできない(してはいけない)ということ、それにより地獄にいるかのように苦しむ人たちがいるということを、教えてくれるのですから。

実際に起こる凄惨な事件も同様です。捜査員たちが感じる暴力や死は、この世に偏在しているものであり、決して映画の中の絵空事であるとも言えないでしょう。

なお、劇中には「善意と悪意の差は紙一重である」というセリフもあります。この“誰もが悪に染まる可能性”を突きつけることにも、『凶悪』と同じ精神性を感じることができました。

ちなみに、貝沼が少年たちにかけた催眠の“スイッチ”も映画と原作ではまったく異なっています(アニメ版でも異なっているそうです)。個人的には、もっとも不気味さがあり、より“めったに見ないもの”がスイッチになっている映画版が気に入りました。



(C)2016「秘密 THE TOP SECRET」製作委員会



3.映画オリジナルキャラクターにも、重要な意味があった


斎藤医師(リリー・フランキー)と眞鍋刑事(大森南朋)は原作には登場しない、映画オリジナルのキャラクターです。彼らも重要な意味を持っていると言えるでしょう。

斎藤医師は、映画『マルコヴィッチの穴』になぞらえて「誰もが自分自身を隠している」「オレたちは仮面を脱ぎあって歩くんだ」「生き残ろうとしている野生動物をどうして裁く必要があるんだ」と語っています。彼は、おぞましい犯人(絹子)を、“人を殺すこと”において肯定するという、歪んだ人物なのです。

眞鍋刑事は、序盤で殺人の疑いがある司法浪人生に侮蔑の言葉を浴びせたり、死んだ人間の遺留品(時計)を身につけたりするなど、こちらも歪んだ人間でした。

彼の行動原理は“決めつけ”です。単なる可能性にすぎないのに、絹子が貝沼に操られていると決めつけて彼女のいる場所に向かったり、終盤のある凶行に及んだりするのも、主観的に物事を考えすぎる彼の性格をよく表していると言えるでしょう。

この眞鍋刑事に相対する存在であるのが、主人公の一人である青木一行(岡田将生)です。彼は眞鍋刑事の一方的な決めつけをする取り調べを見て苦い顔を浮かべたほか、死者の脳を覗き見る“MRI捜査”に大きな可能性を見出し、これ以上の殺人が起こらないことを何よりも望んでいました。

青木は眞鍋刑事のような主観的な決めつけではなく、“(事件解決のための)根拠”を何よりも望んでいたと言ってもいいでしょう。しかし、MRI捜査は物的な証拠とは認められておらず、彼は確定的な事実を探すために奔走し、苦しむことになる……この対比構造がよく出ています。

なお、青木は原作では一生懸命かつ素直な青年でしたが、映画ではかなり直情的な面を見せ、被害者に同情するというよりも、悲劇を憎みすぎて犯人を憎んでいる節もあるというキャラクターに変更されていました。

それでも、青木はどこまでも自分の信念にまっすぐな男に見えますが……このキャラの変更により、前述の斎藤医師のセリフが彼にも当てはまるようにも思えてきます。

彼は、寝たきりの父にどこか後ろめたい想いを抱えてはいなかったでしょうか。また、犯人に憎むあまり“一線を越えてしまう”可能性もなかったでしょうか。斎藤医師の歪んだ言葉に、どこか真実味を感じてしまうのも、本作の(良い意味での)意地の悪さがあります。

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