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2020-12-10

洋画実写

SMが妻を亡くした男の生きる希望…映画『ブレスレス』3つの見どころ

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2020年12月11日より、フィンランド・ラトビア合作の映画『ブレスレス』が公開されています。

フィンランドのアカデミー賞と称される2020年ユッシ賞で主演男優賞ほか6部門を受賞するなど、高評価で迎えられている本作が題材としているのは“SM”。はっきりとアブノーマルな内容からR15+指定がされていますが、実は普遍的な悩みにも寄り添っている、意外な親しみやすさ(?)も十分にある作品だったのです。その魅力を以下に紹介しましょう。

1:「死んだ妻にもう一度会える」から
SMにのめりこんでしまうサスペンス

あらすじ

外科医のユハは妻を湖の事故で失ってしまい、無気力のままに生き続けていた。それから10数年後、娘のエリがピアスを開けるために訪れた店に同行したユハは、隣接していたSMクラブに迷い込み、客と間違えられ、ボンデージ衣装に身を包んだ女王様のモナに首を絞められる。窒息状態の中、ユハの目の前に現れたのは、死の直前の妻の姿だった。そのことに生きる糧を見いだしたユハは、モナがいるSMクラブに通い始め、求めるプレイの要求は次第にエスカレートしていく。



なぜ窒息状態になると妻の姿が思い浮かぶのかと言えば、湖の底に沈んでいた網に足を取られてしまった妻を救おうとするも自身も溺れかけ、結局は妻が水死してしまったという拭い去りがたい事実があるから。彼には妻を救えなかったという自責の念もあるはず、本来であれば救えなかったその瞬間を思い出すのは辛いことのはずなのに、その感情も、首を絞められる苦しさも、「妻にもう一度会える」という歪んだ感情に上書きされてしまったかのよう。結果として、主人公はSMクラブにのめりこんでいき、仕事や私生活に少しずつ支障をきたしていきます。

そもそも、窒息の苦しさ、または痛みというのは、本来であれば危険を回避し生き延びるための生物的な仕組みです。それでも、それらをサービスとして提供するSMは個人の趣味として楽しめば良いのですが、主人公は窒息の苦しみを妻に会える手段であると脳の中で都合よく変換して、さらに過激なプレイを求めていくという、はっきりと危険な状態にあるのです。

そんな彼を異常者と言い捨てるのは簡単ですが、「死んだ者は生き返らない」という絶対的な事実がある以上、曲りなりも「妻に会える」ことが生きる希望になってしまうというその気持ちは、理解できるところもあります。「気持ちはわからなくもないけれど、そこにハマってしまうのかよ……」という、何とも言えない感情のまま主人公が徐々に“堕ちていく”様を眺めるというのが、(悪趣味ではありますが)本作の大きな見どころでしょう。

2:女王様がワンちゃんプレイを強要!
はっきりとブラックコメディに!



前述したように、メインのプロットは「SMクラブに生きる希望を見出し過激なプレイに溺れていく男を追ったサスペンス」なのですが、中盤からははっきりとブラックコメディめいた展開になっていく……いや、もう、はっきりと爆笑してしまう瞬間も訪れるのです。

その黒い笑いをもたらす理由の1つに、劇中でSMクラブの女王様が「ワンちゃんプレイ」を主人公に強要することにあります。女王様の協調プレイにおける「犬にズボンは必要ない」「ダメダメ、全部脱ぐの」「シャツも全部脱ぎなさい」「ほら、よくなった」「伏せ!」「お利口なワンちゃんだこと」「柔順な良い子ね」「悪い犬だって女王様は聞いていたわ」などの言葉はいちいちパンチが効いていて、それに情けなく従う主人公の姿には、申し訳ないけど笑いがこみ上げてくるのです。本作の原題「Koirat eivät käytä housuja(フィンランド語)」および英題の「Dogs Don't Wear Pants」の意味は「犬はズボンを履かない」だったりするので、むしろワンちゃんプレイこそが、本作の“核”と言ってしまってもいいでしょう。
 
そして最大の爆笑ポイントは、多感な年齢の自身の娘に、主人公が「すごい姿」を見られてしまう瞬間です。具体的にはどういう姿かは書かないでおきますが、はっきり「アウトーーーー!」な気まずい空気も含めて、面白くて仕方がありませんでした。

もちろん、この黒い笑いは完全に意図的なもの。ユッカペッカ・ヴァルケアパー監督は、「重いテーマだからこそ、多少の軽快さも必要だと感じた。でも、どうやって軽快さを取り入れるか?脚本を練っているある段階からブラックユーモアがだんだん入り込んでいって、徐々に物語全体に広がったんだ。しっくり感じたし、物語の狂乱を演出するのに、これ以上の方法はないと思ったよ」と語っています。確かに、この笑いがなければ全体的なトーンが重苦しくなり、気楽には観にくい内容になってしまったことでしょう。結果的に、この黒い笑いがあってこそ、さらに精神に異常をきたしていく主人公の内面を描くことにも成功し、バランスの良い作品に仕上がったと感じさせました。 

ところで……前述したワンちゃんプレイは、言うまでもなく「首を絞められる(窒息状態になる)と死んだ妻に会える」こととは直接の関係がありません。それなのに主人公がSMクラブでワンちゃんプレイを望んでいく様と、特に終盤の、ある瞬間に「とびっきりの笑顔」が飛び出す様は、「お前はそれでいいのかよ!」とツッコミを入れたくなること必至。それすらも笑って楽しめる、やっぱり秀逸なブラックコメディだったのです。
 

3:“人間”の感情を描くからこその格調高さ



この『ブレスレス』の前衛的な部分ばかりを紹介してしまいましたが、実際の映画を全体的にみれば、存分に格調高い雰囲気があります。その理由の1つは、主人公と女王様それぞれの心情がしっかりと描かれているからでしょう。彼らには、単にお客とサービスの提供者という関係にとどまらない、ある“変化”が訪れているように見えるのです。

事実、ユッカペッカ・ヴァルケアパー監督は、SMをテーマとした映画を手掛けるにあたって、「イメージをしっかりと作り上げること」を重要視していることを前提として、「SMの道具よりも、人を撮ることを大事にした。注目してほしいのは2人のまなざしであり、2人のお尻ではない。私に言わせると、SM体験の大部分は当事者の頭の中で起こるもので、衣装や道具は妄想をかきたてる手段にすぎない」と語っています。実際の作品を観れば、SMのエロティシズムそのものよりも、主人公と女王様という“人間”の感情、およびその内面の変化に重きを置いていることは明白でしょう。 

また、撮影においては前日に技術的なリハーサルを行い、全ての機材をセットして動きを確認し、翌日にスタッフが現場に集合すると俳優の動きやカメラの位置を指示して、注意事項を連絡するだけで始められるようにしていたそうです。このおかげで、俳優たちを疲れさせることなく、集中した演技をさせられたとのこと。俳優のポテンシャルを最大限に引き出す工夫をしており、それが限界まで過激に魅せるSMシーンに結実していることこそ、本作のいちばんの美点です。

さらなる格調の高さに貢献しているのは、研ぎ澄まされた光や色が散りばめられた映像。それによって、「生と死のはざま」を表すかのような、耽美的な世界観を構築しているのです。そして、その画にシンクロするように、窒息状態によって妻の姿を思い出すという、まさに生と死のはざまにいた主人公が、最終的に何を手にするのか……は、ぜひ劇場で確認してみてください。

(文:ヒナタカ)

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