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『狂武蔵』坂口拓が命を懸けた77分! 山﨑賢人も共感したワンシーン・ワンカットの衝撃



昨年8月に劇場公開された坂口拓さん主演の映画『狂武蔵』。熱心な坂口拓ファンにはご存知の通り、本作は撮影から未完成のまま9年ものあいだ日の目を浴びない状況にありました。キャッチコピーとしても添えられていますが、核にあるのは驚異の“77分ワンシーン・ワンカット”で撮影された拓さん演じる宮本武蔵の立ち回り。武蔵1人対吉岡一門400人が繰り広げる、いつ終わるともわからない斬り合いに衝撃を受けた観客は多いはずです。

もはやその作風や作品そのものが辿った経緯から、アクション映画、時代劇、ドキュメンタリーなどと固定のジャンルに当てはめることすら難しい『狂武蔵』。幸いにも筆者は完成に向けたクラウドファンディングのスタート前にインタビュアーとして関わることができたので、今回はBlu-ray&DVDとサウンドトラック発売に合わせ、作品の魅力とともに紆余曲折を経た製作の経緯をご紹介しましょう。

『RE:BORN』を経て蘇る『狂武蔵』!



9年間お蔵入りとなっていた『狂武蔵』ですが、撮影終了後に拓さんが俳優を引退するきっかけとなった作品でもあります。のちに拓さんは“戦劇者”のTAK∴として、2017年に公開された下村勇二監督のアクション映画『RE:BORN』で鮮烈に復帰。2019年公開の歴史大作『キングダム』(佐藤信介監督)では山﨑賢人さん演じる信の前に立ち塞がる左慈役で圧巻の剣術を披露し、唯一無二の存在感からさらにファン層を拡大することになります。

そもそも『狂武蔵』は当初、園子温監督が用意した脚本『剣狂 KENKICHI』がベースにあり、ワンシーン・ワンカットの殺陣も10分で予定されていました(それでも十分な長さに思えますが)。ところが撮影直前になって企画がストップしてしまい、危うく作品そのものが“幻”となるところに……。機材の返却も目前に迫った危機的状況の中、拓さんが一縷の望みをかけて提案したのが70分越えのワンシーン・ワンカット撮影でした。その内容は武蔵が吉岡一門を斬って斬って斬りまくるという、いわばストーリーがあってないようなもの。オリジナル版のアクション監督を務めたカラサワイサオさんやオリジナル版・追撮の撮影監督・長野泰隆さんも、筆者がお話を伺った際に「ドキュメンタリーのような形」で作品を残そうとしていたと明かしています。

撮影の開始前、武蔵に斬りかかるアクションチームに拓さんが出した指示は“殺す気でかかってこい”。殺しにこなければ殺しにいくというマインドがルールそのものになったことからも、アクションの限界に命懸けで挑戦した拓さんの確固たる思いが伝わってくるのではないでしょうか。

一方で撮影を終えた拓さんは満身創痍となり(実際に指やあばらを折り、歯が何本も砕けたそう)、前述の通り撮影直後に俳優を引退。オリジナル版の『狂武蔵』は未完のまま、ただ1度きり“坂口拓引退興行”で上映されて長い眠りへとついてしまったのです。それから時を経て『RE:BORN』が上映され、下村監督と倉田アクションクラブ時代の同期である太田誉志さん(通称・太田P)の目に留まることに。TAK∴という戦劇者の存在に感銘を受けた太田Pが未完の侍映画『狂武蔵』が眠ったままの状況にあることを知り、完成に向けた支援プロジェクトが2018年にスタートしたのです。

支援を募るため、太田Pは「ちょうだいよ」を合言葉(?)に拓さんの身ぐるみを剥ぐ勢いで私用品や愛用品を確保。貴重な映画グッズも大量にリターンとして設定された状況は、まるでファンに向けたレア物を扱うデパートのようでした。なお次々とグッズを回収する様子は事前に動画でも配信されていたため、クラウドファンディングがスタートする前からファンの注目を集めることになります。結果的に、プロジェクトは目標金額に対して2倍以上の支援が集まり大成功。太田Pが意図した、『狂武蔵』完成に至るまでのプロセスをエンターテインメントとして見せたいという太田Pの意図が見事形を成した瞬間であり、ファンと一体になって公開に向けたムーブメントが加速していきました。
 

実力派キャストが集結した追加撮影



『狂武蔵』を完成させる上で重要になるのは、作品を“映画”にアップデートするためのドラマパート。77分のワンシーン・ワンカット映像に効果音や視覚効果を足したとしても、それだけではドキュメンタリーの枠組みを越えることができません。そこで新たにドラマパートを前後に挟むことで、作品の核を損なうことなく、映画としての魅力を生み出すことになります。

追撮がおこなわれたのは2019年3月某日の2日間。初日は映画冒頭のパート、2日目は河原での斬り合いを描くラストパートが撮影されています。ちなみに筆者自身もリターンの特典で2日目の撮影を見学…… のはずが、なんと男性支援者が吉岡一門の残党としてエキストラ出演することに。せっかくなので、撮影に参加した目線で当時の状況についてもご紹介しましょう。

場所は神奈川県某所。追撮に参加する支援者を乗せたバスが撮影地に到着したところで、太田Pから山﨑賢人さんが出演すると知らされました。2日目の参加者は1日目の撮影がどのような内容だったのか知らず、この瞬間に山﨑さんの『狂武蔵』参戦を初めて知ることになりました(1日目に斉藤洋介さんと樋浦勉さんが参加されていたと知ったのは、公開2カ月前のキャスト公式発表時)。

追撮に参加する面々はさっそく衣裳部屋へと移動し、小袖や袴などの着付けからスタート。これだけでも胸が高まりますが、草鞋の履き方のレクチャーを丁寧に受け、模造刀を渡されるとますます緊張感が高まることに(もしかして筆者だけ?)。撮影ポイントの河原に降りると山間ということもあって寒さが厳しかったものの、もはや気持ちとしてはそれどころではなかったのが正直なところ。山﨑さんやアクション部の方々とともにゴロゴロとした岩場に立ち、カメラアングルを確認しながら立ち位置の微調整が時間をかけながら繰り返されていきます。

撮影には追撮から剣術指導としてクレジットされている稲川義貴さんも参加。抜刀から刀の構え方まで素人でもしっかりわかるようにレクチャーがあり、いよいよ本番を迎えることに。とはいえ現場に慣れた山﨑さんやアクション部の方々と違い、エキストラメンバーはどうしてもスイッチの切替ができません。すると稲川さんから「武蔵を殺しにいくんだろ! 気合い入れろ!」と檄が飛び、その一瞬で空気が(良い意味で)張りつめた手応えを今でもはっきりと覚えています。

印象的な演出として挙げるならば、これは映像でもはっきり見て取れますが抜刀して鞘をその場に投げるという行動。鞘を捨てるということは刀を戻すつもりはない、つまり死ぬ気で武蔵に飛びこんでいくという意思の端的な現れでもあり、稲川さんからその説明を受けた際になるほどと息を呑む思いでした。抜刀後に山﨑さんを残して全員が拓さん演じる武蔵目がけて斬りかかっていきますが、実際に刀を交えるのはもちろんアクション部の皆さん。エキストラは刀を持って間合いを計り、次のカットでは“武蔵に斬られたあと”を演じることになります。たとえ斬られるにしても、アクション部の動きはさすがのひと言。坂口拓さんの圧倒的な剣技を華麗に受けては次々と崩れ折れていき、弾き飛ばされた2人が冷たい川に転落するカットでは「OK!」の声がかかると同時に盛大な拍手も巻き起こりました。

また、出番のない場面でも拓さんの動きや現場の様子をじっと見つめる山﨑さんの眼差しも実に印象的。暖かい待機スペースも用意されていましたが、稲川さんから剣術指導を受けるなど気づけば山﨑さんはほとんどの時間を現場で過ごしていたのではないでしょうか。また撮影の様子を窺う眼光は鋭く、一方で拓さんと談笑する時は柔らかな表情を浮かべていて、『キングダム』での共演をきっかけに親睦を深めたお2人の信頼関係を垣間見ているようでした。

 

9年の歳月を経て、ついに『狂武蔵』公開!



追撮以降も太田Pによる製作進行報告は続き、音響効果の柴崎憲治さんやVFXの白組といったベテランチームの参加も発表されていきます。映画には欠かすことができない音楽を担当したカワイヒデヒロさんはジャズ・ロックグループ「fox capture plan」のメンバーであり、『RE:BORN』を担当した川井憲次さんの甥でもあるという縁が…(なおカワイさんは『RE:BORN』の予告編音楽も担当)。こうして邦画界を支える“縁の下の力持ち”が『狂武蔵』に集結し、クラウドファンディング発表時に予定されていた公開規模を大きく上回る形で全国順次ロードショーが始まります。

これは予め想像できたことですが、公開後の『狂武蔵』はまさに賛否両論の様相。77分ワンシーン・ワンカット撮影という偉業を成し遂げた拓さんを称賛する声や、“映画”としての質を問う声など様々な反響が巻き起こりました。確かにワンシーン・ワンカット撮影はそれだけで話題になるという強みを持つと同時に、ひたすら斬り合うという構成は緊張感を与えはするものの、展開の起伏が少ないという点(特に斬り合いがスタートしてからの30分ほど)がウィークポイント。やはりアクション映画なのかドキュメンタリーなのか、線引きが困難であればあるほど観客に困惑を与えかねません。

とはいえ作品を牽引する強靭なストーリーがなくても、『狂武蔵』の魅力は坂口拓というパーソナルな対象を見つめればじっくりと感じられるはず。その最もたる要因が、1人の人間が作品の中で実際に強くなっていく姿を目の当たりにできることだとはっきり断言できます。ワンシーン・ワンカット序盤の拓さんと中盤以降の拓さんを比べればその差は歴然。拓さんはインタビュー時に「ゾーンに入っていた」と表現されていましたが、特に後半の荒い息遣いや狂気の宿った目を目の当たりにすれば、その表現がズバリ的を得ていると納得できるはず。ゾーンに入り込めば入り込むほど力が抜けていく姿はワンシーン・ワンカットだからこそ嘘偽りなく映し出せるものであり、決められたアクションではなく反射的に相手の剣をさばくという人間の“戦闘本能”そのものを観客は目撃することになります。

また追撮で加えられた冒頭と終盤の物語も、作品を引き締めるに十分な役割を果たしていることは間違いありません。冒頭では樋浦勉さんと本作が遺作となった斎藤洋介さんがベテランらしい重厚な演技を披露。樋浦さんはたったひと言で剣術の名門・吉岡一門が衰退していくサイドストーリーに悲壮感を持たせ、一方でその元凶ともいえる吉岡憲法役の斎藤さんが見せる、共演の山﨑さんを飲み込まんとする妖しげな佇まいには目を引きつけられるばかりです。

終盤の決戦では、9年のあいだに別次元へ到達した拓さんの“異常な強さ”がシーンそのものを支配。その反面対峙した山﨑さんとのやり取りは『狂武蔵』という作品の枠を越えて、『キングダム』での共演を通して築き上げた2人の信頼関係(或いは俳優としての師弟関係)を垣間見ているようでもあります。その一端は山﨑さん演じる忠助が後退りした際、武蔵が「下がるな、侍だろ」と声をかける場面からも見て取れるのではないでしょうか。坂口拓という生き様に共感し、『狂武蔵』への参加を希望した山﨑さんに対する拓さんなりのアドバイスと受け取ることもでき、拡大解釈すれば武蔵と忠助、拓さんと山﨑さんの“これからの関係”に期待を抱かざるを得ません。

もう1つつけ加えるならば、カワイさんが手がけた楽曲も本作の大きな持ち味。ワンシーン・ワンカット冒頭から中盤にかけては勇壮な太鼓のリズムがボルテージを引き上げつつ、中盤以降はピアノやストリングスが加わることで、どこか武蔵の人間らしさを感じさせてくれます。1曲の中で感情の起伏をつけるだけでなく、終盤に向けて楽曲全体が感情のうねりをもって武蔵の心情を表現する様に思わず全編聴き入ってしまいました。
 

まとめ

「ワンシーン・ワンカッットで斬り合い続ける」とひと言に集約してしまえばそれまでですが、実は繰り返し観ることで本作は多面的な構造が見えてくるのも特徴の1つ。どの視点に主眼を置くかは観客それぞれに委ねられ、鑑賞後の印象も受け取り手によって様々のはずです(ただし観客側の疲労感もハンパない)。まずは拓さんが武蔵を憑依させて辿りついた“アクションの真髄”を、ぜひその目で確かめてみてください。

(文:葦見川和哉)
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