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『ヤクザと家族』レビュー:健康で文化的な最低限度の生活を奪われたヤクザを描く

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かつてヤクザ映画には義理人情とロマンがありました。しかし、藤井道人監督の『ヤクザと家族』は、現代ではそんな夢を見ることは許されなくなってしまったことを描いています。

反社会勢力であるヤクザという組織は、かつての日本社会に必要悪としてなくてはならないものでした。世の中にはきちんと生きられないゴロツキはどうしてもいるものです。放っておいたら誰彼構わず迷惑をかけるような連中を束ねて一定の規律の中で社会と調和させるような役割をヤクザ組織は担っていたと言えます。

しかし、そういうグレーゾーンはどんどん狭くなり、暴対法や暴力団排除条例が施行されるようになると、ヤクザのしのぎは減り続け、組織はどんどん弱体化していきます。新法や新条例のもとでは、暴力団にかかわる者は、携帯電話の契約も、銀行口座の開設すらできないこともあるのです。銀行口座がなければ、普通の職に就くことは困難です。結果として暴力団を排除する法律は、彼らが足を洗いたくても洗えないような状態に追い込んでいるわけです。




本作は、そんな時代に生きていかねばならないヤクザの姿を描いています。物語は、1999年から2019年の20年間を描きますが、綾野剛演じる主人公、山本が14年間服役することがポイントです。まだ、ヤクザ組織が元気だったころ、義理と人情を信じて行動し、刑務所に入ることになった山本が出所後に見た世界は全くの別物。ヤクザには生きる権利はないと言わんばかりの世の中になっていたのです。これは、2010年代に全国で暴力団排除条例が施行され、ヤクザが生きにくい時代になった現実を反映しています。

犯罪者に人権は必要ないと思う人もいるかもしれませんが、その縛りは何の罪もない家族にまで及びます。本作でも描かれるように山本の娘は父がヤクザであることがばれて学校にいられなくなります。

そもそも、人権というものは犯罪歴の有無で失われるものではなく、生まれながらに持っているもの。ヤクザとて生きる権利を奪われていいはずがないのです。はみ出し者が生きられない世の中は、本当に豊かと言えるのか。ヤクザが減って社会は安全になったかもしれないが、豊かさは失っているのではないか。『ヤクザと家族』はそんなことを観客に問いかけているのではないでしょうか。

(文:杉本穂高)
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