『水を抱く女』レビュー:ウンディーネ=水の妖精の名を持つ女の幻惑的な愛の行方
■増當竜也連載「ニューシネマ・アナリティクス」SHORT
ウンディーネ=水の妖精と聞くと、アニメーションのファンならば佐藤順一監督の名作アニメーションシリーズ「ARIA」を思い浮かべてしまう方も多いことでしょう。
しかし、この作品のウンディーネとはヒロインの名前であります。
そもそもウンディーネとは「愛する男に裏切られたとき、その男を殺して水に戻る」という宿命を背負った妖精なのでした。
そしてこの映画のヒロインで歴史研究者のウンディーネ(パウラ・ベーア)も、恋人に別れを告げられるところから始まります。
「私を捨てたら殺すわよ」
しかし、悲嘆にくれる彼女はカフェの水槽が壊れたことを機に潜水作業員クリストフ(フランツ・ロゴフスキ)と出会い、お互い惹かれ合っていきます。
歴史研究者と潜水夫。
東ドイツ時代から現在までのベルリンの建築物といった硬質な歴史のリアルが、水中の壁に記された“UNDINE”の文字や巨大なナマズなどがもたらす水の神話性に取り込まれていくかのような、さりげなくも幻惑的で濃密な水のイメージの数々に、ヒロインさながら見る者も心を奪われていきます。
余談ですが《ステイン・アライヴ》を口ずさみながら人工呼吸するシーンは、ちょっとびっくり(でも、確かにあのリズムだと理にかなっている)。
またヒロインの同僚が潜水夫の小さな銅像を壊しても謝るだけで何もケアしないくだりは、思わず見ているこちらを一瞬カチンとさせるものもあり、総じてアーティステイックな作品ではありますが、結構オタク心を刺激する要素も満載。
こうした前半部の秀逸なイメージの羅列は後半にも巧みに引き継がれつつ、序破急のドラマ構成の流れに例えると、まさに「破!」「急!」としか言いようのない展開になっていき、最後の最後まで気を抜く暇を与えないほどミステリアスかつスリリングな情緒を発していきます。
監督のクリスティアン・ペッツォルトは『東ベルリンから来た女』(13)『あの日のように抱きしめて』(14)と、ドイツの近現代史を見据えた制作姿勢に定評がありますが、本作もその流れに沿ったものといえるでしょう。
また彼と主演のふたりは『未来を乗り換えた男』(18)に続いての仕事となりましたが、今回はウンディーネことパウラ・ベーアの“水を抱く女”としての艶めかしくも美しい存在感が特筆的でした。
(文:増當竜也)
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