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ゴールデングローブ賞TV放送見送りへ|ハリウッドのビジネスモデルは今後改善するのか?



ゴールデングローブ賞(GG賞)が揺れています。

先日、毎年同賞を放送しているNBCが来年の放送を見合わせるとアナウンス。主催のハリウッド外国人記者協会(HFPA)に向けられている構成メンバーの人種的偏りなどの問題にに対して、「意義ある改善」がなされるためには時間が必要だとの判断だそうです。

近年、その腐敗体質が指摘され続けていたHFPAですが、今年になって一段を風当たりが強くなっており、GG賞も存在意義そのものが問い直されています。

アカデミー賞も含めた映画賞とはそもそも何なのか、再考すべき時期にきているのかもしれません。

接待、人種の偏り、閉鎖的な体質・・・

今回の事態で、GG賞およびその主催団体であるHFPAの何が問題視されているのかおさらいしておきます。

HFPAは、アメリカ国外のメディアの、ロサンゼルスで活動するジャーナリストたちによる団体です。その歴史は古く、第二大戦中に前身組織が発足しており、GG賞は1944年に第一回が始まり、今日アカデミー賞の前哨戦として最も有名な賞として知られています。

GG賞は、HFPA会員の投票によって受賞作品・受賞者が決まりますが、その構成員に黒人が一人もおらず、白人高齢者に偏っているといると報道で指摘されています。会員は87名いると言われていますが、構成メンバーは非公表で会員になるための条件も不透明です。しかも、永久会員であるため、すでにジャーナリストとしてはリタイアしている会員も多く、オスカーの前哨戦を仕切る立場として、様々な利益供与を受けており、それが賞の結果に影響していると指摘されています。

その閉鎖性を示す事例として、昨年、ノルウェー人ジャーナリスト、シャシティ・フラアさんがHFPAへの入会を3度断られことが挙げられます。フラアさんは、「ジャーナリストとして活躍している人がどちらかといえば少ないにもかかわらず、貴重なインタビュー機会を独占している、スタジオ関係者は票ほしさに会員にこびを売っている」と主張し、訴訟を起こしています。

アカデミー賞は約9000人のアカデミー会員の投票に決まりますが、GG賞を投票するのは87名のみ。アカデミー会員全員を接待するのは困難ですが、少ない人数のHFPA会員なら「アプローチ」しやすいわけです。そして、HFPAもハリウッドの重役やプロデューサーたちもそういう関係を適宜利用しながらやってきたのです。

今年も、Netflixのオリジナルドラマ『エミリー、パリに行く』の撮影に現場に招待されたHFPAのメンバーが豪華な接待を受けたことが暴露されたばかりです。

こうした閉鎖性と腐敗が指摘されるのは、今に始まったことではないのですが、近年、「白すぎるオスカー」運動や「metoo」運動などの高まりを受けて改めてクローズアップされることになりました。アカデミー賞と比べて、GG賞の改革のスピードが遅いこともあり、ここにきて批判のやり玉に上がっているわけです。

今年のGG賞では、アメリカ資本の製作である『ミナリ』が外国語映画賞へのノミネートとなったことも問題視されました。アカデミー賞では、外国語映画賞は国際長編映画賞と名を変え、言語による区別をしなくなりましたが、GG賞では言語による賞の区別を続けていたため、差別的ととらえられたのです。

外国語映画賞は、そもそも米国外の作品にスポットを当てるために用意された賞ですが、韓国語が台詞の大半を占めるも、内容としては間違いなくアメリカの物語でもある『ミナリ』が作品賞として扱われないことが不公平だということです。賞の名誉の上下関係があるとは思いませんが、作品賞の方がどうしても注目されますので、非英語作品にも平等な機会を与える機会が必要だという問題意識です。


改革を表明するも批判が続出

こうした問題の噴出を受けて、ハリウッドスターたちも積年のうっぷんを晴らすかのように、HFPAの悪行を暴露し始めました。HFPAの会見でセクハラまがいの質問を受けたという声や、黒人監督の作品では会見を開いてもらうことすら困難だったなど、様々な声が出ています。ついには、トム・クルーズがこれまで獲得したGG賞のトロフィーを「持っているのも屈辱」と返却するという事態になっています。

そして、アメリカのエンタメ専門メディアであるバラエティは、GG賞なんてなくても困らないよという内容のコラムを掲載、IndieWireは、GG賞失墜後、その後釜として影響力を強めそうな賞はどれかを占う記事を書くなど、アメリカ国内メディアもGG賞を見放し始めています。

長年黙認されてきたHFPAの腐敗体質

日本国内からこの騒動を眺めていると、急にGG賞が一斉に四方八方から叩かれているように見えるかもしれません。GG賞は、アカデミー賞では無視されがちな作品にスポットがあたることも多く(オスカーはコメディに冷たいと長年言われていますが、GG賞にはコメディ・ミュージカル部門がある)、困惑している人もいるでしょう。いわゆる「キャンセルカルチャー」の一環にも見えます。

HFPAの体質の問題は日本では大きく報道されたことはほとんどありません。しかし、米国内においては、その腐敗体質は長年、一部で指摘されてきたものであり、根深い問題です。

今年のGG賞でNetflixの接待問題が取りざたされたことは上述しましたが、接待問題はすでに1982年にも発覚しており、今日にいたるまでそれが常態化していたのではないかという疑惑が持たれているわけです。

接待を受けたHFPA側が今回は批判にさらされていますが、今後は接待をした側にも何らかの責任を問う声も上がっていくのかもしれません。現状のNetflixのビジネス上の影響力を考えると発言できる存在は少ないかもしれませんが。ちなみにNetflixは、きちんとした改革がなされるまで、GG賞をボイコットすると発表しています。おそらく接待も止めるのでしょう。

賞ビジネスの曲がり角

アカデミー賞もGG賞も、巨額の放映権が動くビジネスとしての側面が強いものです。純粋な名誉や芸術性を競う場というより、純粋に名誉を重んじている人もいるでしょうが、多くのプレイヤーたちはプレゼンスを高めるPRの場として「利用」しているのが現状です。

各賞にそれだけのプロモーション効果を与え、巨額の利益を生むように仕立て上げたのはテレビと言えるでしょう。アカデミー賞すら、最初は内輪のひっそりとしたパーティだったものが、徐々に対外的な影響力を強め、テレビ放送によって派手にショーアップされるようになり、絶好の「アピールの機会」として機能するようになりました。

GG賞は、1996年からNBCで放送されていますが、同放送局は2018年に年間6000万ドルの放映権料を支払っているとされます。テレビ局にとっても大きな利益を生むものであり、一部の映画関係者やテレビ局にとって、賞レースは絶好のビジネスチャンスになっているわけです。

そのNBCが今回、手を引いたというのは一つのビジネスモデルの終焉を予感させます。GG賞のテレビ放送の視聴率は比較的安定しており、NBCとしてもそう簡単に手放したくないとは思いますが、急激に高まる批判にアクションを起こさざるを得なかったのでしょう。

多様性の欠如というのも重大な問題ですが、アメリカのエンタメ界の賞には金がはびこりすぎているのだと思います。今回はHFPAが批判のやり玉に上がっていますが、そもそも接待する製作者側にも問題はあるわけで、金でなんとかしようとするハリウッドの慣習そのものを見直さない限り、形を変えて同じような問題が起きるでしょう。

賞は賞として、ビジネス的思惑に巻き込まれにくい体制を目指すべきでしょう。賞レースを含めた形で生態系を構築してしまっているハリウッドのビジネスモデルそのものを見直さないといけない時期に来ているのかもしれません。

(文:杉本穂高)
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