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『RUN / ラン』レビュー:「絶対娘を手放したくない母 VS 絶対母から逃げたい娘」のマッチメイクで繰り広げる、鉄壁の知恵比べ



「どのような家族も、戸棚の中に骸骨を秘めている」と書くまでもなく、全ての家族は「親に隠れて煙草を吸っている」といったちょっとしたものから、「実際に戸棚に白骨死体を隠している」ような、とても公にできないことまで、レベルは違えど秘密を抱えているはずだ。

アニーシュ・チャガンティは、前作『search/サーチ』でも最新作『RUN / ラン』でも、家族の秘密を描き出した。それは「あなた、家族のこと知ってますか本当に」といった、ともすれば普遍的で、つまらなくなりがちなテーマなのだが、これを余裕綽々で調理し、極上のエンターテイメントに仕上げている。

冒頭からラストまで、とにかくネタバレできない仕様になっており、あらすじすら書けないのだが、それではレビューにならない。ので、この素晴らしい作品の興行収入を1円でも多く上げるべく、以下公式サイトに出ている情報までをさらっと書き出す。



舞台はとある郊外の一軒家で、母子が暮らしている。娘のクロエ(キーラ・アレン)は慢性的な喘息、血色素症、不整脈、糖尿病、下半身麻痺を患っており、その役満級の疾患から車椅子生活を余儀なくされている。彼女の体調管理を全て担当しているのが母のダイアン(サラ・ポールソン)で、娘に対して深い愛情を注いでいる。

クロエは毎日大量の薬を服用しているのだが、ある日、ダイアンの目を盗んでチョコレートを失敬しようとした際に、母親の名前が書かれたピルケースに入った緑色のカプセルを発見する。その夜、ダイアンが「新しい薬よ」と渡したのは、昼間見たあの薬であった。

「こりゃどうもおかしいですよ」と感じたクロエは自身で薬の謎を解き明かそうとする。緑のカプセルの正体は、人間が服用してはならない薬だった。

と、話の筋だけなぞってみると、いわゆる代理ミュンヒハウゼン症候群のような話で、虐待であるからして暗い映画だと感じてしまうかもしれないが、全く違う。クロエが母に疑惑を抱いたその瞬間から、戦いのゴングは鳴らされ「絶対娘を手放したくない母 VS 絶対母から逃げたい娘」の一戦が幕を開ける。

絶対娘を手放したくない母 VS 絶対母から逃げたい娘



ゴングが鳴らされてからは、最終ラウンドまで両者による鉄壁の知恵比べが応酬され、観客は息継ぎのタイミングを失してしまうほどに文字通り怒涛のサスペンスが展開される。

2人は探りを入れ合い、あの手この手で出し抜こうとする。具体的な記述は自粛するが、クロエは車椅子だからして機動力はないものの、持ち前の知識と機転を活かして立ち回る。

特筆すべきは、『search / サーチ』も本作も、問題解決に用いる手段は設定の中で必ず可能であり、その場にあるものを効果的に利用している。本作のネタバレはできないので『search / サーチ』を例に出すが、娘のFacebookアカウントにログインしようとしたらパスワードが解らず、それならと「パスワードを忘れた場合」をクリックし、Gmailからのログインを試み、Gmailも解らなかったので更にYahooMailを召喚し、ついにログインを達成するシーンがあった。いわゆる「インターネットあるある」なのだが、リアルを演出するのには効果的だ。本作でも、クロエは身の回りの物を上手く活用して難局を乗り越えようとする。さながらパズルのピースがハマっていくのを観ているようで、スリル満点ながらも心地よさがある。

ちなみに、本作はインターネットが使えない設定になっているのだが、ネットのシーンは少しだけ登場する。このショットは完全に『search / サーチ』なので、『search / サーチ』を観ている人には楽しいギフトになるし、未見の方にはフレッシュに映るだろう。細かい心配りを忘れないチャガンティは、なんと若干29歳である。本当は76歳くらいじゃないのか。

本作は設定が設定だけに「これがリアルなのか」と言われれば「はてどうでしょうね」と返すしかないが、クロエはギリッギリのギリで実現可能な行動をとる。要は荒唐無稽にならないので、観ているこちらとしては「これはないっしょ」と冷めないように工夫されている。



とにかく、母と娘の知恵比べは時に笑ってしまうほど面白く、サスペンスの骨法に則ったクラシカルな部分もありつつ、最早チャガンティ・タッチと言っていいのではないかというほど、類を見ない新鮮さが同居している。この「ハラハラドキドキしながらも、なぜか安心して観ていられる」というクオリティの高さは、コロナで埋もれさせるには勿体なさすぎる。

さて、「(ほぼ)100%PCやスマホなどの画面内で映画を作る」といったアイデア一発で魅せた『search / サーチ』も、よくよく中身を見てみれば、鉄壁の脚本と設定のうえに成り立っていた。

しかし繰り返すが、本作はサスペンスの伝統に即した王道の作りになっている。だが、よくよく中身を見てみれば、やはり鉄壁の脚本と設定が存在しているのが解るだろう。

チャガンティはプロダクションノートにて、「次のプロジェクトでは、より伝統的で抑制的な作品も作れるんだということを証明したかったんだ」と語っているが、文句なく証明できてますチャガンティ監督! 『search / サーチ』はアイデア勝負の側面もあったから次の作品で真価が出るなとか偉そうに思っててすいませんでした! と、思わず敬体になってしまうほどの魅力がある。いや、本当に凄いと思う。

最後に、アニーシュ・チャガンティにはこの流れでぜひゾンビ映画を撮って欲しい。彼ならご都合主義ではなく、アポカリプス万引に走らない骨太のゾンビムービーを作れるはずだ。クラウドファウンディングでもいい。有り金を全部ベットする用意はできている。

(文:加藤 広大)

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