映画コラム

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2021年07月05日

『ベルヴィル・ランデブー』レビュー:シルヴァン・ショメの最高傑作は「我々を正しく感動させる」

『ベルヴィル・ランデブー』レビュー:シルヴァン・ショメの最高傑作は「我々を正しく感動させる」


シルヴァン・ショメが作り上げた、作品の格とは



筆者はシルヴァン・ショメの全仕事をフォローしているわけではないが、『ベルヴィル・ランデブー』の他に『老婦人とハト』、『パリ、ジュテーム』、『イリュージョニスト』、『ぼくを探しに』は観ている。いずれも素晴らしいが、『ベルヴィル・ランデブー』が一番好きだ。

『老婦人とハト』は風刺が効いた短編アニメーションで、老婦人と警官の立ち回りはちょっとした「恐ろしい寓話」的に楽しめる。我が国ならば『日本昔話』にある怖い話みたいなものだろうか。『ベルヴィル・ランデブー』にはもともと老婦人が登場する予定だったそうだから、作品間の繋がりはかなり深い。

『パリ、ジュテーム』は18人の監督が制作した短編オムニバス映画で、ショメは『エッフェル塔』を担当している。男女二人のパントマイマーの話で、こちらも『老婦人とハト』と同じく、悪夢的で寓話的だ。

『イリュージョニスト』は言わずもがな、ジャック・タチの遺稿をショメが脚色し、映画化した。元々はジャック・タチの脚本だからして、他のシルヴァン・ショメ作品とはやや毛色が異なる。風刺やグロテスクな表現は極力抑えられ、枯れた奇術師タチシェフと、彼を魔法使いだと疑わないアリスの交流を美しく、哀しく描き出した。

『ぼくを探しに』は初の長編実写映画で、原題は『Attila Marcel(アッティラ・マルセル)』である。『ベルヴィル・ランデブー』でも歌われるシャンソン「Attila Marcel(アッティラ・マルセル)」をタイトルに持つ本作は、幼い頃に両親を亡くし、口がきけないピアニストの青年と彼を育てている2人の老婆、そして同じアパートに住む人々の交流を描いている。余談だが、フランス映画でアパートが出てくると隣人に変人しかいないのは、あれは現実でもリアルなのかという話はさておき、実写長編であろうとショメマナーは忠実に守られている。

『イリュージョニスト』は元ネタがあるとしても、それでもシルヴァン・ショメの作品に共通しているのは、何らかの不在や欠損である。「完璧な人間などいない」というのは自明のクリシェだが、人間誰しも何らかの不在や欠損は抱えている。親が居ない、金がない、状況は様々だが、ショメは不在や欠損を補うことはせず、ただ寄り添う。この心地よさ、あるいは冷徹な眼差しが全作品を強烈に律している。

また、どの作品も殆どセリフがない。短編アニメならまだ解るが、長編アニメ・実写でも全く喋らせない。なので正直、字幕が付いていなくとも解る。声に時代性が無いこともまた、いつの時代になっても通用する理由のひとつであろう。



さらにデザイン・インスピレーションはショメの経験から来ているそうだが、ショメが叩き込んでくる圧倒的なサウダージは、観たものの年齢が何歳だろうと、どこに住んでいようと、「ああ、懐かしいな」と思わせるにじゅうぶんな力を持っている。

ショメは本作のインタビューで「“当時見られるはずだったが、見られなかった映画”であるかのようなフェイクな存在として見せたかったのです」と語っているが、観客もまた「昔見ていたような、でも見ていない」不思議なサウダージを味わうことができる。

本作を観て「ああ、懐かしいな、でもなんだか悲しいな、けど、やっぱり楽しいな」と思ったとき、ショメのノスタルジックと我々のノスタルジックは融合し、一人ひとりに対しての『ベルヴィル・ランデブー』が完成する。記憶が作り出したフェイクなノスタルジックの威力はどれほどか。凄まじいに決まっている。

さらに凄まじいのは、正しく感動させる。この一点にある



短評の予定だったが随分長くなってしまったのでコンパクトに畳むが、「そんなことねぇよ」を承知で言うならば「泣かさない」のも凄まじい。

ショメ本人に訊いたわけではないので真相はどうか知らないが、本作には制作側が「泣かせ」にかかっているシーンは一切無い。冒頭からラストまで、誤解を恐れずに書くならば徹底的に、羽毛のように軽い。

「感動」というと、最近は「感動して泣いた」のように泣くとセットで使われるが、感動とは「人の心を動かしてある感情を催させること」の意である。シルヴァン・ショメの『ベルヴィル・ランデブー』は、ノスタルジア、音楽、あらゆる要素を安易に泣かせる装置として用いず、公開から18年経った今でも、我々を正しく感動させてみせる。

(文:加藤 広大)

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