映画コラム

REGULAR

2021年09月03日

『アナザーラウンド』が描く酒と泪と男とおっさん 〜"酒は飲んでも飲まれるな"というが、飲まれてる人しか見たことない〜

『アナザーラウンド』が描く酒と泪と男とおっさん 〜"酒は飲んでも飲まれるな"というが、飲まれてる人しか見たことない〜


「酒」を「道具」として扱うということ

酒を道具として扱ってしまうと、行き着く先はアルコール依存症、いわゆるアル中である。これは実感もあるし、多くの先達が指摘している。

中島らもは『今夜、すべてのバーで』のなかで、アル中になる人間、ならない人間を明確に区別している。それはアルコールが「必要か」「不必要か」であるとし「アル中になるのは、酒を「道具」として考える人間だ」と語っている。

ちなみに『今夜、すべてのバーで』にも登場する邦山照彦の『アル中地獄』には、よりアル中の生態が刻明に記されている。名著中の名著なので機会があれば読んでみて欲しいが、著者本人もまた、ストレスや疲れを癒やすための道具として酒を用いた結果、字義通りのアル中地獄に突入していく。

両者は伝説の酒飲みなので共感しにくいかもしれないが、例えば「寝酒に一杯」とナイトキャップをキメる場合、アルコールは「眠るための薬」として使われることとなる。はじめは少しの量でも、耐性がつけばだんだんと眠りにくくなってくる。すると量が増えていき、しまいには「飲まないと眠れなく」なる。手段が目的にすりかわれば、立派な依存症の第一歩だ。

これはドラッグでも一緒だ。ウィリアム・バロウズは『ジャンキー』にて「ドラッグとは生き方だ」との名言を遺しているし、別に麻薬でなくとも「写真を撮るためのカメラを収集している」「映画の半券を集めるために映画を観る」など、手段と目的がすり替わった趣味を持っている人なんていくらでもいるだろう。

ただ、それが趣味であれば最悪のケースは破産くらいで済むものの、酒をはじめとしたドラッグになると、行き着く先は廃人か死人である。本作には決定的なアルコール依存症描写はほとんど登場しないが、酒を道具として使うリスクはキッチリと提示されているように感じた。酒には良い面もあれば悪い面もある。これを誠実に描いただけでも好感がもてる。



誠実といえば、『アナザーラウンド』はバカみたいに酒を飲で騒ぐような映画ではない。と書いたが、酒を飲んで騒ぐシーンはある。しかし、彼らが飲むはテキーラショットでもイエーガーマイスターショットでもなく、サゼラックである。このカクテルのチョイスは素晴らしかった。

サゼラックは「世界最古のカクテル」とも呼ばれていて、1800年代に「サゼラックコーヒーハウス」で供されていた。もともとはコニャックベースだったそうだが、現在はライウイスキーをベースに使うのが一般的だ。レシピは数多く存在するが、ライウイスキーにアブサン、アンゴスチュラ・ビターズ、角砂糖、レモンピールが主流だろう。アルコール度数も強いが、それ以上に「脳に来る」ものがある。

あれをバッカンバッカン飲むとどうなるか、知っている人は思い出とともに胃から込み上げてくるものがあるだろうし、知らない方は一度飲んでみて欲しい。

サゼラックの話はさておき、本作は中年男4人の仲が睦まじいのも良い。彼らは酔っ払った帰り道、サッカーボールを蹴って遊ぶ。おそらく、何十年前にもそうしたように。



退行のスイッチとして、思い出の再生装置として用いる酒は、なんだかディストピア小説に出てくるドラッグみたいだけれども、中年になった身からすると「その使い方、ダメだけど最高だよなぁ」としみじみしてしまう。昔からの仲間と酒を酌み交わして、童心に帰って遊ぶ。これほど酔っ払っている時は楽しくて、酔いから覚めたら切ないことがあるだろうか。

ときに、立川談志は「酒が人間を駄目にするんじゃない。人間はもともと駄目だということを教えてくれるものだ」と言ったが、本作の登場人物も「もともと駄目」である。道具として使われた酒が彼らを駄目にするのではなく、もともと駄目な人間が酒を道具として使うだけだ。けれども、その「駄目さ」の妙は、スプリングバンクをストレートで飲んだときの、鼻に抜けてくる潮の香りのように心地良い。



『アナザーラウンド』は「酒」をテーマにした映画として、しっかりと熟成された作品だ。鑑賞後には友達と、恋人と、家族と、あるいは1人で酒が飲みたくなってしまうことだろう。これは「良い映画」の証左であるし、コロナ禍の今、唯一の欠点でもある。

(文:加藤 広大)

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