映画コラム

REGULAR

2021年10月31日

「映画あるある」をわずか58分に凝縮。『ハリウッドを斬る! ~映画あるある大集合』は清い意味での「ファスト映画」かもしれない

「映画あるある」をわずか58分に凝縮。『ハリウッドを斬る! ~映画あるある大集合』は清い意味での「ファスト映画」かもしれない

『ハリウッドを斬る! ~映画あるある大集合』(C)Netflix

あるある」について話したり考えたりするのは結構楽しい。それはどんなジャンルであれ存在する話題だ。

たとえば、筆者はライターの他にグラフィックデザイナーをやっているが、Twitterで「#デザイナーあるある」と検索してみれば「あるあるネタ」というか、クライアントの百鬼夜行と日々渡り合う同志たちの阿鼻叫喚、死屍累々な地獄絵図を閲覧することができる。さきほど「あるある」について話したり考えたりするのは結構楽しいと書いたのに、これでは全く楽しくない。どうしよう。

とにかく、「あるあるネタ」は何にでもある。もちろん映画にもある。映画の「あるある」はデザイナーとかエンジニアとか、職人系の自虐的なものよりは比較的健康なので、これは楽しいといえる。先日もちょうど、「なぜ人は冷蔵庫やコインロッカーの中から人物を撮影したがるのか」なんて話になった。これもまた「映画あるある」だ。

映画には脚本と演出があるからして、「あるある」は相当数存在する。むしろ映画は構成や演出、撮影手法や技法など「ありとあらゆるあるある」の上に成り立っていると言ってもそれほど間違っていないだろう。ただ、そこまでいくと話が難しくなり、楽しく「あるあるネタ」について会話している相手に「何言い出してんだコイツ」と思われてしまう可能性がある。

よって本コラムでは、「映画あるある」を「明日から使えるあるあるネタ」くらいの軽さで進めていきたい。おおっと! 何という偶然だろうか、ちょうど良い教材が現在、Netflixで公開されているではないか。

「映画あるある」入門に最適な『ハリウッドを斬る! ~映画あるある大集合』


『ハリウッドを斬る! ~映画あるある大集合』(C)Netflix
タイトルで全て説明してしまっているので補足する必要もないのだが、『ハリウッドを斬る! ~映画あるある大集合』は、主にハリウッド映画で描かれる「映画あるある」を並べ立て、使用された歴史、ベタがもたらす効果はもとより、現代の倫理観というか映画制作の視点から見た「あるある」の問題点や弊害についても言及している。ちなみに本作の原題は『Attack of the Hollywood Cliches!』なので、こちらのほうが内容に近い。
本作で紹介される「あるある」は、そこまで映画に詳しくない方でも「あるあるwww」と楽しめる内容になっていると思う。厳密に分類されているわけではないのだが、手元のメモからパッと書き出してみるだけでも以下のような「あるある」が登場する。

・素敵な出会い
「遅刻遅刻ぅ〜」と言うわけではないが、曲がり角でぶつかったり、他の人と婚約中に出会ったりする。多くの出会いは非現実的である。

・掟破りの刑事
法を執行する側だというのに、執行するのは掟破りの刑事である。多くは上司の言うことを聞かず、家庭は崩壊している。不始末を起こしてバッジと銃を返すのはお約束中のお約束。

・死亡フラグ
危険な職業に従事している人間が辞職を決意すると死ぬ。退職までの期間を喋ると死ぬ。家族のことを話はじめても死ぬ。野望を語ると死ぬ。将来のことを考えると死ぬ。戦争中に恋人の写真を見ると死ぬ。

・墓場について
多くの場合、葬儀のシーンでは1人だけ遠くで見守っている人がいる。墓に話しかける人も多い。墓に抱きつく人も居る。

・セックス
おっぱじまる前には音楽が盛り上がり、どこから見ても美しい身体が映されるが、全裸にならず、フィニッシュは同時。シーツを握る手や窓に手をつく。あるいは暗転する、性行為を連想させるイメージを挿入することも多い。

・ジャンプスケア
驚かせるシーンあるある。何かが来たと思ったらバスだったなど、フェイントで驚かせることも多い。最近であれば「なんだ猫か」もベタ。鏡の裏の薬棚を閉じて鏡に何かが映る・映らないもよくある。

・ウィルヘルムの叫び
映画で登場する叫び声の「あるある」スター・ウォーズシリーズなど広く使われている。タランティーノも度々使用。

女性の扱いについて
男性的集団の紅一点として使われることが多く、その場合男性の視線を浴びさせたり、男性は幼稚だと思わせる効果を狙われることが多い。なにかから逃げるときにハイヒールを履くのもお約束。落ち込んだときに素敵な女性が現れ、人生の意味を教えてくれるような「不思議ちゃん」もあるある。男性は与えられるばかりで何かを与えることはない。

・人種について
白人の救世主が多く、人種を知的に描いていない。白人の成長や慈悲を見せるために黒人を使っている作品も多い。どこからともなく現れ、周囲を導いたり知恵を授ける「マジカルニグロ」もまたあるある。

・大事なときに壊れる装置
車だろうがスマホだろうが、ありとあらゆる機械や装置は大事なときに壊れる。

・怒りの表現
主人公も悪役も脇役も、キレると机を一掃する。



その他、映画の最後に恋人たちが無駄に走ったり、爆発寸前に時限爆弾を解除したり、週末に遠出してパーティーしている陽キャのなかでもセックスをした奴は殺されたり、殺人鬼は死んだと思ったら死んでなかったり、殺人鬼よりも主人公の女の子のほうが殺害人数が多くなったり、悪役は高いところから死んだりと、結構な数の「あるある」が開陳される。

また、原題『Attack of the Hollywood Cliches!』のとおり、時折「あるある」に俳優や女優、映画評論家のツッコミが入る。たとえば、ハイヒールで逃げたり戦ったりする女性の「あるある」に関しては、フローレンス・ピューが「ブラつけたままのセックスシーンやハイヒールの格闘シーンは断る。意味がわからないしムカつくから」といったように、現代的な観点から比較的しっかりとした指摘が入る。『ミッドサマー』で着ていたパーカーの左右の紐の長さが違う、という完全無欠の驚くべき情緒不安定スタイリングをブチ込んできた彼女が語ると説得力が違う。


『ミッドサマー』(C)2019 A24 FILMS LLC. All Rights Reserved.
今『ミッドサマー』の話が出たが、『ミッドサマー』でも数々の「ホラー映画あるある」が使用されている。なにせストーリーラインからして「小さな村の奇祭に大学生たちが訪れて事件に巻き込まれる」である。これが「小さな村の奇祭に自称天才マジシャンと日本科学技術大学物理学教授が訪れて事件に巻き込まれ」たら、それは『TRICK』である。ちょっと変えるだけでだいぶ印象が変わるが、「あるある設定」であることに変わりはない。

(C)2010「劇場版TRICK 霊能力者バトルロイヤル」製作委員会
山田奈緒子と上田次郎の話はさておき、本作には「あるあるネタ」の紹介や批評に加えて、ヘイズ・コードやエイゼンシュテインのモンタージュ技法など、ちょっとした映画の歴史・撮影技法・小ネタなどにも触れられているので「あるある」を楽しみながら以外に勉強にもなってしまうという側面もある。

清い意味での「ファスト映画」とは、こういうものではないだろうか


『ハリウッドを斬る! ~映画あるある大集合』(C)Netflix
さらに特筆すべき点は、尺がわずか58分である。ドラマ1話分、アニメ2話分、短い映画なら3分の2本分くらいだ。この短尺のなかに、上記のあるあるが往年のハリウッド大作の1シーンとともに「はい次のあるある! はい次のあるある! はいフローレンス・ピューのコメント!」ってな具合に矢継ぎ早に紹介されていく。

もちろん「あれ入ってねぇ、これ入ってねぇ」、「批判内容が薄すぎる」といった指摘もあるだろうが、規定された時間があるからして仕方がない。ただ、これらの指摘があったとしても「あるある」の知識をある程度身に付けるにはじゅうぶんな内容だといえるだろう。

逆にこれさえ観てしまえば、劇中で紹介される映画を観ていなくとも「ああ、あのシーンはあれ、あるあるだよね」と知ったかぶりできる可能性すらある。

知ったかぶりといえば、先日「ファスト映画」が話題になった。あんなものを観て時短するよりは、本作を観たほうが遥かに勉強になるし、比べようもないほど面白い。素人が作ったファスト映画とNetflixオリジナルのドキュメンタリーを比べるのは完全に間違っている気もするが、もしファスト映画視聴者が「時間をかけずに効率的に映画を楽しみたいという欲望」を持っているのならば、その標的は本作『ハリウッドを斬る! ~映画あるある大集合』のような上質なドキュメンタリーに向けるのがよろしい。

くわえて、単一の映画のあらすじを雑にまとめているのと異なり、たくさんの映画からかい摘んで紹介しているので、汎用性が高い点を考慮するとコスパ(笑)を重視する人にもおすすめかもしれない。とにかく、映画好きの人にも、ドラマ好きの人にも、「短時間で映画の知識を仕入れたい」といった狡っ辛い人にも、『ハリウッドを斬る! ~映画あるある大集合』は観て損はない出来栄えとなっている。

ところで今、『ハリウッドを斬る! ~映画あるある大集合』とタイプしてみたところ、「もしかしたらこのタイトルは、唐突にサブタイトルをつけて映画の内容を全部説明してしまう邦画タイトルあるあるを表現しているのでは?」と気付いてしまった。だとしたら皮肉が利いていて素晴らしい。観た奴が勝手に深読みして解釈してくれる。これもまた「映画あるある」だといえるだろう。

→『ハリウッドを斬る! ~映画あるある大集合』作品ページへ

(文・加藤広大)

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