映画コラム

REGULAR

2021年12月11日

『ラストナイト・イン・ソーホー』こんなもん最高に決まってるじゃないか。エドガー・ライトに映画館いっぱいの感謝を

『ラストナイト・イン・ソーホー』こんなもん最高に決まってるじゃないか。エドガー・ライトに映画館いっぱいの感謝を



冒頭、少女が新聞紙で作った自作のドレスを身に纏い、くるくると踊りながら、まるで「私のお部屋を紹介するわ」と観客を誘うかのように自室に突入する。もうこの時点でコレオグラフ、カメラワーク、当然ながら選曲も含め、何もかもが素晴らしい。

開始からおよそ1分も経っていないのに、筆者は試写室で「うわ、うわあああああああああああ!!!!!紛れも!!!!なくゥッ!!!!エドガー・ライトのぉぉっぉぉぉぉぉぉ!新作だぁぁぁぁぁあぁぁ!!!」と、ごく当たり前の事実を咆哮したい衝動を堪えるのに必死だったし、思いっきり落涙してしまった。「あんたファンだから涙腺決壊ハードル低いんでしょ」と言うなかれ。こんな幸福なシーン、映画、そして音楽と相思相愛な人間にしか撮れない。



オープニングシークエンスで踊っていた彼女の名前はエロイーズ(トーマシン・マッケンジー)。英国の片田舎に祖母と2人で暮らしている。夢はファッションデザイナーで、ある日ロンドン・カレッジ・オブ・ファッションの合格通知が届く。祖母と一緒に喜ぶエロイーズを見るにつけ「うわ、うわぁぁあぁあっぁぁ!!!!!あるよあるよ俺もこの経験あるよ服飾の専門学校に合格して東京に出るんだつってさぁ!!!!!あの!!!ときの!!!!!感じぃぃっぃぃぃ!」と再び叫びたくなる気持ちを必死に抑えつつ、やっぱり落涙した。

「素人があのクオリティのドレス作れるわけないでしょ。あんた映画評書いてんだからちゃんと観測しなさいよ」と言うなかれ。一応服飾専門学校卒なので、あのドレスがどの程度のスキルで作られているかくらいは判断できる。念の為渋谷パルコで確認してきたが、ハイスキルである。エロイーズが仕立てるのは無理だろう。だが、ドレスのクオリティなど高かろうが低かろうが何の問題もない。

正直、映画評を書くにあたって自分に引き寄せて鑑賞するのは禁忌なのだが、筆者は5分で「こんな面白い映画……もう……仕事として観なくても……いいかな……」と諦め、以後夢中で鑑賞した。

結果どうだったか。もう最高である。エドガー・ライトへの感謝の気持ちが抑えきれず「これはもう映画評書くだけでは収まらん」と、思わず昭和ホラー映画風ポスターまで作成してしまった。

ラストナイト・イン・ソーホー ファンアート


公開日にあわせてTwitterに投稿したところ、エドガー・ライトが2分で反応。当然筆者の彼に対する好感度はストップ高に達した。

これはもう恋だと言ってもいい。だが本記事は映画評だからして、手心を加えるなど言語道断である。でも、褒めるところしかないんだなこれが。

つっても書かねばならぬことがある。本作は様々な要素が徹底的に対置され、混じり合う

上述した理由からIQを80くらい下げて「うわぁ〜!楽し〜い!」と鑑賞したものの、仕事としてある程度中身のあることを書き、気の利いたパンチラインくらいはのこさねばならない。本作はエドガー・ライト自身が「後半の展開」について箝口令を出しているので、その辺りは避けるとして、大まかな構造について触れていきたい。

本作は、様々な要素が徹底的に対立というか、対置されている。主題である現代と過去、愛と憎悪、60年代ロンドンの光と闇、男と女、そして現代と60年代の音楽。エドガー・ライトは本作の公式サイトにて、以下のように語っている。

「ロンドンには愛憎入り交じった感情を抱いている。残酷にも美しくもなる街だ。絶えず変化し続けてもいる。過去数十年を美化するのは簡単なことだ。自分が生まれてなかった時代だとしても、“活気あふれる60年代にタイムトラベルできたら最高だ”と考えても許されるかもしれない。だけど、そこには頭から離れない疑問がある。『でも本当に最高かな?』…特に女性の視点で見るとね。60年代を生きた人と話すと、大興奮しながらワイルドな時代の話をしてくれるんだ。でも、その人たちが語らない何かのかすかな気配をいつも感じる。もし尋ねれば、彼らは『厳しい時代でもあった』と言うだろう。だから、この映画の主眼は、バラ色の光景の裏に何があるか、いつそれが現れるかを問うことなんだ」

本人が語るとおり、本作は特に60年代ロンドンのきらびやかな側面と、不道徳な側面を徹底的に対比してみせる。だが、対比だけでは終わらない。前述した過去、愛と憎悪、60年代ロンドンの光と闇、男と女、そして現代と60年代の音楽は、エロイーズとサンディ(アニャ・テイラー=ジョイ)がシンクロするように、見事に交わり同期する。



肝心要のポイントであるエロイーズとサンディのシンクロ描写はもちろん素晴らしいのだが、それ以上に白眉なのが音楽の使い方である。エドガー・ライトは映画作家のなかでもトップレベルの選曲スキルがあり「どこでどんな曲を、どう使うか」にも長けている。

なので、本作の選曲も当然ながら素晴らしい。ただ唯一、曲のネタバレも面白みを半減させてしまうかもしれないので少々ボカすけれど、The Whoの「とある曲」が流れるシーンがある。あそこだけはもう少し爆音で響かせて欲しかった。

それはさておき、サンディはBeatsのヘッドフォンで60年代の音楽を聴く。「毎回ガジェットの使い方がお上手ですなぁ」と手放しで称賛したくなるが、それが霞むほど、もう、ものすっごいのは寮でパーティーが行われるシーンでの音楽、そしてヘッドフォンの使い方である。



エロイーズは寮に入るのだが、寮友には服がダサいとか話がつまらないとかで田舎者扱いされ、ちょっとしたハブにされる。その寮でパーティーが開催されることとなる。けれどエロイーズには居場所がない。

会場となった部屋では爆音で現代の音楽が流れており、彼女は隅にあるソファーに沈み込み、Beatsのヘッドフォンを装着し60年代の音楽を再生する。するとなんと、現代の楽曲と60年代の楽曲の低音が完全に同期するではないか。ここが凄まじい。「うわぁぁぁぁぁぁ!同期ぃぃぃぃぃしてるぅぅうぅぅっぅぅ!」と叫ぶどころかあまりの衝撃に「うわぁ……しゅごいぃぃ……」と5歳児くらいまで退行してしまった。

エドガー・ライトはこれまでの作品でも完璧な選曲家として振る舞ってきたし、ネクストレベルな選曲をしてきたが、本作においては映画における曲の使い方も一段上のレベルに引き上げた。これだけでも観る価値がある。

ネタバレ回避に腐心しつつも、ひとつだけ核心に言及するならば「安心してください。いつものエドガー・ライトです」

構造についてもう少し言及する。エドガー・ライトファンの方には若干のネタバレになってしまうかもしれないが、本作の核心について一言だけ記すならば、「安心してください。いつものエドガー・ライトです」である。

本作を過去作と比べてみると、『ベイビー・ドライバー』や『スコット・ピルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団』、『ショーン・オブ・ザ・デッド』よりも、比較的『ホット・ファズ -俺たちスーパーポリスメン!-』『ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う!』に近い。

で、エドガー・ライト作品は終盤になるにつれ、今から破滅的に適当な表現をするが「あれ? あれ? ああ! wwwwwwww」というケースがほとんどだ。



要はタランティーノのように「溜めに溜めてついに限界を迎えたときに、物凄いスピード感をもってドンパチをはじめる」みたいなもので、つまりは「なんか我慢できなくなる」と書いた方が適切だろうか。

この「あ、今、我慢の限界超えたな」というエドガー・ライト・マナーが本作でも出ているかどうかが心配で「試写の感想とか読んでると、もしかしたら俺たちのエドガー・ライトが遠くに行ってしまったのでは」と、インディーズバンドがメジャーデビューした時にファンが考える余計なお世話みたいなものを焼いていたのだが、終わってみれば「いつものエドガー・ライト」だったので、ファンとしても大満足である。逆に一見さんには新鮮に映ることだろう。



これが彼の癖なのか、それともファンサービスの一環なのかは判断つかないが、『ラストナイト・イン・ソーホー』も過去作と同様に、エドガー・ライトがガッツリ刻印されており、何なら過去作とのシンクロも感じるほどなので、安心してご覧いただきたい。

ところでエドガー・ライトって、なんだか「こっち側」の人のような気がしませんか

思えば、エドガー・ライトはいつでも「こちら側」の人間だったような気がする。映画館の暗闇で隣に座っている人が映画を撮っているようなものだ。彼は映画作家である以前に映画ファン、音楽ファンである。そんなもん皆同じかもしれないが、おそらく、エドガー・ライトはそこに「映画や音楽に救われたことがある」リージョンが加わる。同族としてはジョン・カーニーが居る。映画や音楽によって救済されたことのある人間が制作する作品だからして、『ラストナイト・イン・ソーホー』は強い浄化の力を持っている。ホラー映画なのにである。



正直、冒頭シーンで泣いたとき、「ああ、平気な面して暮らしてたけど、けっこうコロナで食らってたんだな」と、考えたこともない言葉が浮かんだ。これだけでも浄化されている。筆者は本作によって浄化され、映画に救われた経験がまたひとつ増えた。ありがとう、エドガー・ライト。

※これより作品のネタバレを含んだ内容に触れています

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