成島出監督の真骨頂『ファミリア』で見せた吉沢亮の“非・特別感”

映画はいたって穏やかに始まる。役所広司の演じる陶器職人・神谷誠治が、息子で一流企業のプラントエンジニアとしてアルジェリアに赴任中の学(吉沢亮)と新妻のナディア(アリまらい果)を迎え入れるシークエンスは、ほのぼのしているとも言えるほど。だからこそ、何か良からぬことが起こりそうな予感や、そこはかとない不安が胸をよぎる。


どうか──否、せめて若き夫婦にはささやかな幸せぐらい味わわせてやってはくれまいか。しかし、捧ぐ祈りはやがて、非情にも嘆きへと変わってしまう。

結論から言おう。成島出監督の最新作『ファミリア』は、まさしく真骨頂と言える力作だ。タイトルどおり、家族という最小単位の共同体を見つめつつ、地域や国といったコミュニティーへと視野を広げながら、差別や格差から分断にいたるまで、現代社会が内包する問題に焦点を当てていく。『八日目の蟬』(11年)や『ソロモンの偽証 前篇・事件/後篇・裁判』(15年)あたりが刺さった人は、その2作に比肩する感慨をおぼえることとなろう。


劇中には擬似的な集合体も含めて、主に3つの家族=ファミリアが登場し、はからずも交点を結ぶ。まず、文頭でも触れた誠治と学、ナディア。その誠治の工房へ、半グレに追われて逃げ込んでくるブラジル人の青年・マルコス(サガエルカス)。彼が暮らす隣町の団地では、豊かな暮らしを夢見て日本へ渡ってきた在日ブラジル人の一団が、それこそ大家族的な一大コミュニティーを築いている。だが、マルコスや仲間のルイ(シマダアラン)らに激しい憎悪を向ける半グレのアタマ・榎本海斗(MIYAVI)の存在が、日に日に影を落としていく(なお、榎本がブラジル人を憎むのには理由がある)。マルコスをかくまって怪我の手当てをしたことから、恋人のエリカ(ワケドファジレ)ら“リトル・ブラジル”の住民たちから慕われる誠治は、彼ら彼女らの陽気さにほだされるも、移住者に向けられた差別や偏見の目と生活苦の現実を知ることになる──。 


どことなくイーストウッドの名作『グラン・トリノ』(08年)を彷彿させる、三者の邂逅。見方を変えれば、「アメリカで起きていること」と他人事のように感じていた移民にまつわる問題が、今や日本でも日常的になってきているということでもある。いや、90年代から南米系の移住者が多かった東海地方や北関東の一部地域では、すでにずっと前から身近な出来事だったのかもしれない。実際、ルイ役のシマダアランは静岡県磐田市を拠点にするヒップホップクルーGREEN KIDSのメンバー・Flight-Aとして、ブラジル人4世の自身や仲間たちが地域社会に拒絶されてきた悲しみと怒りをラップしてきた“当事者”だ。もはや絵空事ではないからこそ、劇中でマルコスが誠治に向けて吐き出す「(自分は)日本人にもなれない、ブラジル人でもない」という居場所のないやり切れなさが、鈍い痛みを伴って迫りくる。分断された社会の病巣は我々の想像よりもずっと深刻で、根が深い。 
    

ともすれば、暗澹としてしまいがちな物語に、朴訥として不器用ながらも生真面目な誠治の誠実さ(※ダジャレではない)と天真爛漫なエリカの人懐っこさ、そして少しずつ誠治に心を開いていくマルコスの変化が明かりを灯す。役所広司の芝居は語るに及ばず、オーディションで選ばれたルカスからにじみ出る10代ならではの刹那なたたずまいは、この作品でしか見られない姿であり、リアルな成長記録として人物像に奥行きをもたらしている。
    

また、誠治の“自慢の息子”として清々しい印象を残す学=吉沢亮の“非・特別感”も、ある種トピックと言える。『さくら』(20年)で演じた3人きょうだいの長男、文武両道にして性格も男前ながら、事故によって人生が一変してしまう長谷川一にも通ずる、素直さゆえのあやうさ。「青天を衝け」(21年/NHK総合ほか)の渋沢栄一や『キングダム』シリーズ(19年〜)の嬴政、はたまた『東京リベンジャーズ』シリーズ(21年〜)のマイキー=佐野万次郎といったキャラクタライズされた役どころが近年は多い印象だが、何者でもない一市民を演じたときの彼は、まるで隣人かのようにしてスクリーンの中にたたずんでいる。言ってみれば、「存在を意識させない存在感」。それを難なく醸し出せることこそ、吉沢の凄味にほかならない。     

その学とナディアに訪れる悲劇を境に、誠治やマルコスたちの日常から光が失われていく。それでも生きていかねばならないと、誠治は窯に薪を焚べ続ける。あたかも命を燃焼させようとするかのごとく。


火種を絶やさない人間になるべく、マルコスが決意を誠治に告げるとき、タイトルの意味するところが理解できたような気がした。

頭ではなく、“Corazon”で──。

(文=平田真人)

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(C)2022「ファミリア」製作委員会

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