<『怪物』公開!>田中裕子の「怪物」ぶりがわかる映画“3選”
6月2日(金)、是枝裕和監督の最新作『怪物』が公開された。
この物語には、4人の主人公がいる。
シングルマザーの早織(安藤サクラ)。
小学校教師の保利(永山瑛太)。
小学5年生の湊(黒川想矢)と依里(柊木陽太)。
息子思いの早織も、生徒思いの保利も、無邪気な湊や依里も、平凡で善良な一般市民である。だが見る角度が変われば……。
予告編において「怪物だーれだ?」という問いを、何度も聞いた。映画を見終わる頃には、その答えが見えてくるだろう。
実は4人の主人公以外にも「別格」とも「ラスボス」とも言える、けた違いの「怪物」が登場する。校長先生を演じる、田中裕子である。
保利先生の体罰にクレームをつけに来た早織への対応が、誠意を見せる風を装いながら、1%も心がこもっていない。早織がなにを訴えても「ご意見は真摯に受け止め、今後より一層の……」とマニュアル通りの返答しかしない。そういったシーンが何度もあり、不条理劇のような気持ち悪さに、座り心地が悪くなる。
キレた早織が「わたしが話してんのは人間……?」と問い詰める。残念ながら、田中裕子は人間ではない。「怪物」だ。
思えば過去の作品においても、どこか浮世離れした空気を纏っていた、田中裕子は。
そんな「人間以外のなにか」を感じる田中裕子の主演作を3作品紹介したい。。
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『夜叉』(’85)
『夜叉』では、高倉健が元ヤクザの漁師を、田中裕子がその港町に流れ着き小料理屋を開く女を演じている。
この時代の田中裕子は、もはや「この世のものではない」ほどに美しい。惚れてしまったら最後、地獄の底まで引きずりこまれる。なにより恐ろしいのは、男に「それでもいい(むしろそうなりたい)」と思わせてしまうことだ。
あの硬派の象徴のような高倉健でさえ、ヤクザだったことを隠して15年間漁師を勤め上げてきた高倉健でさえ、ヤクザを辞めるきっかけになった女性と結婚して3人の子供を育て上げた高倉健でさえ……。田中裕子に「助けて……」と言われたら、またヤクザの世界に戻ってしまうのだ。
ラスト、田中裕子は店を畳んで港町を後にする。その車中で嘔吐し、一度だけ関係を持った健さんの子を宿したことに気づいた彼女は、ものすごい笑みを浮かべる。その顔はまさに夜叉のようで、恐ろしくも美しい。
監督に降旗康男、主演に高倉健と田中裕子、助演に北野武・田中邦衛・いしだあゆみ・小林稔侍らと、ある年代以上の日本人の琴線には確実に触れる作品だ。だからこそ、ある年代以下の日本人にも観てほしい。
『おらおらでひとりいぐも』(2020)
この世のものとは思えないぐらい美しかった田中裕子は、大変かわいらしいおばあちゃんになっていた。なにしろ35年たっているから。先述の『夜叉』を観てから『おらおらでひとりいぐも』を観ると、田中裕子と添い遂げた気分になれるから、試してほしい。
田中裕子演じる“桃子さん”は75歳。愛する夫(東出昌大)に先立たれて途方に暮れている。そんな桃子さんの寂しさを実体化した3人組の妖精(のようなもの・濱田岳&青木崇高&宮藤官九郎) たちと共に、現在と思い出を行き来する。
この寂しさトリオは、桃子さんにしか見えない。桃子さんは彼らと共に歌ったり踊ったりするのだが、孫に見られて「ひとりで何やってんの、おばあちゃん」とか言われたりする。それはもしかしたら、アルツハイマーによる妄想なのかもしれない。だが、トリオと酒を酌み交わすシーンなんかは、本当にしみじみと良い。シビアな深読みみたいな野暮なことはせず、ただ桃子さんと3バカ・トリオに癒されてほしい。
この桃子さん、基本的にくたびれた感じのおばあちゃん然としているのだが、やはりそこかしこに、田中裕子本来のかわいらしさがにじみ出る。
伸びすぎた庭の木の枝を、顔見知りのお巡りさんに伐ってもらうシーンがある。その際、枝が落ちるたびに目を輝かせたり拍手する様がいちいちかわいらしい。これは確かに男ならがんばってしまうなぁと、納得してしまう。
田中裕子は、老いてなお“魔性”である。恐ろしい。
『ひとよ』(2019)
冒頭、田中裕子演じるこはるは、3人の子供たちに暴力をふるい続ける夫を殺害する。そして、3兄妹に宣言する。
「もう誰も、あんたたちを殴らない。何だってできる。何にだってなれる。だからお母さん、今すごく誇らしいんだよ!」
このシーンの田中裕子が、もう本当に神々しい。上映開始10分で完全に掴まれてしまう。
ただ現実は厳しく、子供たちは何にだって「なれなかった」。こはるの起こした事件により、子供たちの人生は狂ってしまい、みんな、自分の夢を諦めざるを得なかった。
したがって、15年ぶりに帰ってきた母に対する兄妹たちの反応は、複雑だ。特に、次男・雄二(佐藤健)は、いつまでも母を許さない。ライターである彼は、母を糾弾する記事まで書いてしまう。その件により、3兄妹の仲も最悪となる。
だからこそ、とあることで自暴自棄になった佐々木蔵之介に拉致された母を助けるために、3兄妹が一致団結して救出に走るシーンは、何度観ても泣いてしまう。
(C)2019「ひとよ」製作委員会
家族って、わずらわしいけど愛おしい。来年の母の日には、何かいいものを買ってあげたくなる作品だ。
ちなみに筆者がいちばん好きなシーンは、田中裕子の「デラべっぴん」のイントネーションを佐藤健が正すシーンだ。
田中裕子「デラべっぴん(平板)」
佐藤健「デ⤴ラべっぴん⤵な!」
なぜこれがいいシーンかは、実際に観てほしい。「デラべっぴん」が泣けるアイテムになる唯一の映画だ。
そして『怪物』
©2023「怪物」製作委員会冒頭で述べたように、今作『怪物』における田中裕子は、まさに「怪物」だ。だが、この作品を最後まで観た時、田中裕子にどのような印象を持っているか。ネタバレになるので詳しくは書かない。
ちなみに筆者は、田中裕子をさらに好きになった。
(文:ハシマトシヒロ)。
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