映画コラム

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2023年11月11日

『正欲』で稲垣吾郎が見せた本気の実写化|原作の細部まで語る表情

『正欲』で稲垣吾郎が見せた本気の実写化|原作の細部まで語る表情


原作からカットされた寺井の「あるシーン」


実は、筆者が原作を読んだときに寺井の登場シーンの中で最も印象に残った場面はカットされていた。

それは寺井の中に「(情事の場面において)涙を流す人を見て性的に興奮する」性癖があることが明らかになる場面だ。該当の場面の一部を、下記に引用する。

啓喜は、由美に覆いかぶさり、腰を動かしながら、由美の瞳が涙で満ちていくのをみるのが好きだ。(中略)「涙を流す人を見て性的に興奮するなんて、おかしいよね?」由美に両目を覗き込まれる。「それって、通常ルートから大きく外れた、バグだよね?」目の前の由美が実際にそう言ったのか、頭の中にその言葉が勝手に響いただけなのか、啓喜にはもうよくわからない。                           

朝井リョウ『正欲』p.268

この“通常ルートから大きく外れたバグ”というのは、寺井自身が特殊性癖を持つ人々に対して向けている感情でもある。

要するに原作には、自分の中にもある大なり小なり“普通じゃない”部分を寺井が自覚する場面が存在する。そういう意味で、原作の寺井は、もう少し共感を持てるような「普通とは何か」に揺らいでいるキャラクター性が垣間見える部分を持つ。

とはいえ、ただでさえ様々な視点が重なり合ってストーリーが進む本作でこれらの要素を全て盛り込むのは簡単な話ではない。またこの部分をカットしたからこそ、映画という限られた尺の中では寺井の立ち位置がより際立っていたようにも思う。


一方で、この僅かな揺らぎを映画で全く感じなかったかといえば、そうではないのかもしれないと感じられる側面もあった。決定的なネタバレは避けるが、最後の桐生との会話の中に、筆者は寺井の葛藤を見た気がした。

桐生の気持ちを考えると残酷にも見える寺井の態度だが、彼はこの一連の様々な出来事を経てもなお「今まで通りに正義を貫くことを決めた」という風にも捉えられないだろうか。それを感じさせたのが、桐生との再開にも毅然とした態度を貫く稲垣の演技だった。

序盤では“何も知らなかった”寺井が、自分の周囲の出来事と向き合っていく中で“何かを知った”。その絶妙な違いが、ラストシーンで稲垣が寺井として纏う空気感からよく伝わってきたのだ。

さすがは稲垣。『半世界』『窓辺にて』などで高い評価を得てきたベテラン俳優の風格が漂っている。

▶︎『正欲』原作小説をチェックする

『正欲』を誰の物語として見るか


本作はさまざまなテーマ性が重ねられている。だからこそ、寺井とは逆の場所に立つキャラクターたちのインパクトが強く、どうしても桐生や佐々木サイドに目がいってしまいがちな側面もあるかもしれない。しかし、寺井を軸にして物語を考えてみると少し見え方が変わってくる。

映画の中で一貫して寺井が掲げていた正義とは何だったのか。そして、本当にその正義は最後まで彼の中で本当に1ミリも揺らぐことがなかったのか。その答えは、台詞以上に、俳優・稲垣吾郎が生み出した“映画『正欲』の寺井”が表情で語っていたように思う。

(文:すなくじら)

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