映画コラム
<解説>アニメ映画『PERFECT BLUE』で提示される「3つ」の恐怖
<解説>アニメ映画『PERFECT BLUE』で提示される「3つ」の恐怖
3:本当の自分をそのまま映し出す鏡の恐怖
劇中では「電車の窓に自分の姿が映り込んでいる」ことも含め、「鏡」がたびたび登場する。鏡は本来であれば「自分の姿がそのまま映っている」ものだが、劇中の未麻は鏡に(そこから出てきた)アイドルだった頃の自分の幻影を見る。その幻影は、今の女優になった未麻の存在を「私が光で、あなたは影だもん」「誰もあなたなんか好きじゃない。汚れちゃった汚れちゃった」などと、ひたすらに否定する。
未麻は未麻で、例え演技であってもレイプシーンを世間に見せたこと、ヘアヌード写真集まで発売したことで、「もうアイドルだった頃のようにファンに愛されない(汚れてしまった)」と潜在的に思い込んでいたのだろう。「脱がせ専門」と噂もされていたカメラマンへの嫌悪、いや殺意に近いものも目覚めていたのかもしれない(実際に殺害をしたのはルミだが)。
いずれにせよ、「本当の自分の姿」が映るはずの鏡に、そうではないものが映る、それどころか自分を否定する幻影が語りかけてくるというのは、とてつもなく恐ろしいことだ。
一方で、クライマックスにおいて真犯人のマネージャーのルミは、アイドルの衣装を着た未麻の(幻影の)姿として見えていたものの、姿見鏡には太ったルミ本来の姿が映っていた。逃げ続ける未麻を軽やかに追いかけているようにも見えたが、やはり鏡にはただ必死で汗だくになりながら走るルミの姿が映っていた。ここでは、これまでとは逆に、やはり「鏡は本来の自分の姿を見せるもの」だと思い知らされる。
だが、その鏡への認識はもう一度逆転する。自身を未麻と思い込んだまま入院しているルミが鏡に見たのは、アイドルの衣装を着た未麻の姿だった。
評論家の西部邁は「現実とは、長期的に安定している仮想のこと、つまり繰り返して再現される現象のことなのである」と述べている。つまりは、仮想したことも長期的に安定すれば現実になり得る。ルミが自身を未麻と思い込み続け、最終的には鏡にもそのアイドルの姿のままの未麻を見ているということは、もはやルミにとっては自身が未麻であることが現実になったということではないか。
さらに、物語のラストシーンは、車の中で未麻がバックミラー越しに笑顔を見せながら「私は本物だよ」と言うものだった。これは独り言というよりも、観客に向けたメタフィクション的なセリフとも言えるだろう。
だが、それは本来の未麻なのだろうか、はたまたこの病院の一連のシーンそのものが未麻の幻想(夢)なのかもしれないなどと、観客を疑心暗鬼にさせる、良い意味で安心できない着地なのだ。それを、(本来であれば本当の自分をそのまま映し出すはずの)鏡越しに言わせているというのも、もちろん意図的だろう。
『PERFECT BLUE』と劇中ドラマのタイトルの意味は?
最後に『PERFECT BLUE』というタイトルの意味について触れておこう。実は、今敏監督本人は、タイトルの意味について単に「原作小説(原案)のタイトルが『パーフェクトブルー』だったから」などと答えている。というのも、今敏監督はそもそも届けられたラフプロットに目を通しただけで、原案そのものも読んでおらず、ストーリーだけでなく、おそらくはテーマもかなり変えたため、タイトルの意味も失われていると考えていたそう。実際に制作途中でもタイトルを変更する意見も出ていたものの、今敏監督はしばらくしてから「意味ありげでミステリアスなムードのタイトル」として気に入るようになったのだとか。
つまりは、あまり意味がないタイトルということになってしまうのだが、それでも何となく内容にマッチしているように思えるのは、ブルーには憂鬱という意味があったり、ブルーフィルムはポルノ映画であったりと、青空のような爽やかさとは真逆のネガティブだったり猥雑なイメージも「青」という色にはあること、同時にダウナーな作品のトーンや画の色使いと一致しているように思えるからだろう。
「PERFECT」とあるのも、前述したように初めこそ「汚れてしまった」ネガティブなイメージを拭い去ることなどできなかったものの、それを乗り越えてラストで「完璧なまでの女優」へとなった未麻の姿を指しているようにも思えた。
また、劇中のドラマのタイトルは「ダブルバインド」であり、それは発したメッセージの裏に隠された命令により、矛盾したコミュニケーション状態に置かれることを指す。そちらは、本来は望んでいなかった女優の仕事を、選ばざるを得なかった未麻のことを指していたのかもしれない。
(文:ヒナタカ)
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