©2023「みなに幸あれ」製作委員会
©2023「みなに幸あれ」製作委員会

映画コラム

REGULAR

2024年01月24日

「和製ホラー」復活のカギを握る“3つ”の作品<『みなに幸あれ』公開中! >

「和製ホラー」復活のカギを握る“3つ”の作品<『みなに幸あれ』公開中! >


中田秀夫監督作『リング』のヒットによって、爆発的な潮流を生み出した「Jホラー」。その下地を固めていた「ほんとにあった怖い話」シリーズ・鶴田法男監督の存在や清水崇監督の『呪怨』公開もあり、その恐怖が国内にとどまらず海外まで届いたのは1990年代後半から2000年代にかけてのことだった。

しかしブームとはやがて終息を迎えるもの。Jホラーというジャンルそのものが衰退の一途をたどったことは紛れもない事実だろう。それでもJホラーの灯火が消えたわけではなく、むしろ近年は「Jホラー=和製ホラー」に再び脚光が集まる気運が高まっている。

(C)2020松竹株式会社

例えば乙一こと安達寛高監督の『シライサン』。中田監督が古巣に戻った『貞子』。清水監督に至っては2023年に『忌怪島/きかいじま』と『ミンナのウタ』の2作が立て続けに公開された。また清水監督を審査委員長に迎えた「日本ホラー映画大賞」の開催(第1回・2回)も、和製ホラー再隆盛の鍵になるのではないか。

そんな「日本ホラー映画大賞」をきっかけに、とんでもない怪作『みなに幸あれ』が飛び立つ。監督は同名短編で大賞を受賞し、商業映画監督デビューを勝ち取った下津優太が務める。

【関連コラム】Jホラーブームの立役者・清水崇監督が生み出したおすすめホラー作品“5選”

『みなに幸あれ』タイトルが意味するものとは

©2023「みなに幸あれ」製作委員会
▶︎『みなに幸あれ』画像を全て見る

『みなに幸あれ』を試写で鑑賞した際、「なんだこれは…… 何を観たんだ」と得体の知れない恐怖を感じて呆然となった。日本ホラー映画大賞受賞作も鑑賞済の筆者としては短編をそのまま引き伸ばした作品を予想していたが、蓋を開けてみれば短編の内容は導入部分でしかなく、さらに常軌を逸した物語が展開したのだ。

©2023「みなに幸あれ」製作委員会

プロットは短編と同様、ある女性が祖父母の住む家を訪れたことで体験する恐怖を描いている。短編では語られていない部分が多く、「誰かの不幸の上に、誰かの幸せは成り立っている」と明かしつつそれが「何を意味するのか」は不明瞭だった。そのため物語の根幹を理解する上でも、今回新たに「地球上の幸せには限りがある」というテーマが提示された意味は大きい。

ここまで読み進めると「ホラー映画のテーマが『幸せ』?」と疑問に思わないだろうか。確かに『みなに幸あれ』はいままでにない語り口であり、これは断言するが「正統派Jホラー」の系譜には当たらない。それでも「得体の知れない恐怖」を感じるのは、紛れもなくこれまで観客が直面することのなかった「異常な世界」を目の当たりにするからだ。

©2023「みなに幸あれ」製作委員会

本作の主人公に役名はなく、ただ「孫」と設定されている(演じるのはホラー映画初出演の古川琴音)。そんな孫を「祖父」と「祖母」は優しく迎え入れるが、しばらくして孫は家の中に潜む違和感を察知。ふと気づけば祖父母の様子もおかしい。やがて孫の前に「それ」が姿を現し──。

例えばホラー作品でよく見かける「因習の残る村」では、その土地や長である一族を訪れた主人公が事件に巻き込まれることが多い。本作も孫が祖父母の住む田舎に帰省することで物語が動き出すが、「舞台」が重要なのではなく、本作では世界そのものの均衡が崩れていることが問題。つまり因習村で起きる事件を安全圏から観察する作品とは違い、誰もが「映画の中のキャラクター」になり得る。

©2023「みなに幸あれ」製作委員会

観客も当事者になることで否応なくその世界と向き合い、目の前で起きていることを受け止めなければならない。一方で孫が目の当たりにする光景の数々が明らかに異様だからこそ、この作品を観ながら恐怖を感じるのではないか。

「幸せ」のためにそこまでするのか。そこまでして手にしたい「幸せ」になんの意味があるのか。『みなに幸あれ』というタイトルがやたら皮肉めいて見えてくる。

『みなに幸あれ』を生んだ「日本ホラー映画大賞」とは?



第1回からとんでもない怪作を輩出しているだけに、「日本ホラー映画大賞は相当トガっている」という印象を持たれるかもしれない。ただ各受賞作を観ると『みなに幸あれ』がトガりすぎているだけで、実際は正統派ホラーが多いように思える。

そもそも「日本ホラー映画大賞」とは、“狂逸な才能”を発掘するために開催されるコンペティション。大賞以外にも審査員特別賞、ニューホープ賞などが設けられており、大賞受賞者は商業映画デビューが約束されている。筆者の印象として第1回はJホラー色強め、第2回は広義のホラー色強めの受賞結果になっており、それだけ応募作のテーマが豊富という証拠だろう。

本来なら各部門受賞作をすべて紹介したいところだが、第1回から「これは!」と気になった2作品を手短に。



まず平岡亜紀監督の『父さん』は音響を徹底的に活かした作品。玄関先で父親を見送った直後から家の中で足音が響き、主人公は恐怖に包まれていく。「それ」の姿は見せず、それでもこちらに向かってくる足音に思わずのけぞってしまった。

第1回・2回を通して最もJホラー色の強かった作品が近藤亮太監督の『その音がきこえたら』。劇中で「こっくりさん」を扱っており、暗闇から近づく「何か」の気配とその描き方はJホラー“色”というより原点たるJホラー“そのもの”。そのほかのシーンでも言い知れない不安がまとわりつく演出が巧い。なお近藤監督は第2回大賞を受賞しており、既に商業映画デビューが決まっている。

『みなに幸あれ』が立てたハードルをどのように超えてくるのか、期待して待ちたい。

『PARALLEL -パラレル-』ずば抜けた完成度

(C)2021 Daiki Tanaka

ここからは日本ホラー映画大賞に限らず、和製ホラー再隆盛に向けてぜひチェックしてほしい作品を紹介していこう。

田辺・弁慶映画祭で映画.com賞を受賞した『PARALLEL -パラレル-』は、田中大貴監督の初長編作にしてスプラッター×ラブストーリーを組み合わせた異色作。幼いころ両親から虐待を受けて育った舞(楢葉ももな)とアニメキャラの被り物をして凶行を繰り返す殺人鬼・美喜男(芳村宗治郎)の遭遇、正体を隠して近づいた美喜男と舞の心の繋がりを描く。

R15+指定作品だけに殺人シーンやバラバラ死体などの描写が盛りこまれているが、本作はグロテスクなビジュアルにラブストーリーを掛け合わせながら、破綻なくラストまで突き切る完成度の高さに驚かされる。例えば舞は毒親を猟奇殺人犯によって殺された(あるいは毒親から解放された)過去があり、舞の心に楔を打った猟奇殺人犯の“あるパーツ”が殺人鬼にも共通しているため自然と惹かれていく展開に無理がない。



傍から見れば舞と美喜男の関係は歪で異様に見えるかもしれないが、お互いに歪だからこそ凹凸のように合わせればぴたりと重なり合う。特に「血」が流れる作品ならではのふたりのラブシーンは、まだこんな手(表現方法)があったのかと膝を打ちたくなるほどだ。

田中監督は脚本・撮影・照明・編集・特殊造形・VFX・プロデューサーも担っており、キャストが現場スタッフを兼任したこともあったという。才気あふれる田中監督の次回作が待ち遠しい。

『夜を越える旅』中盤で観客の度肝を抜く構成

(C)αPRODUCE/KAYANOFILM

これほど予測不能なロードムービーはなかなかお目にかかれないだろう。ホラーじゃないの?という指摘もごもっとも。実際に本編を観ても久しぶりに集まった学生時代の友人たちが旅行へ出かけ、他愛もない会話を繰り返す。そのさなかに、応募していた漫画賞の結果を知る主人公・春利(高橋佳成)の心情にフォーカスしている。

しかし物語は中盤で驚くべき大転換を迎え、あまりにも大胆な手法が観客の思考回路を鷲掴みにした。以降は前半と同じ映画とは思えない恐怖によって支配されるが、さらに驚かされるのが内容を知った上で改めて鑑賞するとそこかしこに伏線が仕掛けられていることだ。それはさりげなく目に映るものもあれば、そうでないもの(例えば“音”とか)もあるので油断は禁物。



ジャンルとして純粋なホラー映画とは断言できず(キャッチコピーを借りるなら「モラトリアム奇譚」)、萱野孝幸監督も次に『断捨離パラダイス』を撮っていることから生粋のホラー監督にあらず。それでも本作は、怖い。本作にコメントを寄せた堤幸彦も「なんだろう、この凍る怖さは」という言葉を残している。

また萱野監督に加えて、物語の鍵を握る春利の想い人・小夜を演じた中村祐美子にも注目してほしい。観る者を射抜くような目力があり、新世代ホラークイーンとしての活躍を願わずにいられない。

まとめ

『みなに幸あれ』『PARALLEL -パラレル-』『夜を越える旅』はいずれも和製ホラーとしてあまりにも変化球だが、どんな内容であれ観客を恐怖で震えさせることは容易ではない。日本ホラー映画大賞の各賞受賞者もその点に秀でており、次世代のホラー監督たちが着々とウォーミングアップをしている状況だといえる。

和製ホラーの未来は、明るい。

(文:葦見川和哉)

無料メールマガジン会員に登録すると、
続きをお読みいただけます。

無料のメールマガジン会員に登録すると、
すべての記事が制限なく閲覧でき、記事の保存機能などがご利用いただけます。

RANKING

SPONSORD

PICK UP!