『読まれなかった小説』知的&渋かっこよすぎるヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督とは?

第71回カンヌ国際映画祭コンペティション部門正式出品、ヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督最新作『読まれなかった小説』が、11月29日(金)より全国順次公開される。

シナンの夢は作家になること。大学を卒業し、トロイ遺跡近くの故郷へ戻り、処女小説を出版しようと奔走するが、誰にも相手にされない。シナンの父イドリスは引退間際の教師。競馬好きな父とシナンは相容れない。気が進まぬままに教員試験を受けるシナン。父と同じ教師になって、この小さな町で平凡に生きるなんて……。父子の気持ちは交わらぬように見えた。しかし、ふたりを繋いだのは意外にも誰も読まなかったシナンの書いた小説だった――。

トルコ映画界を牽引するヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督とは?

2014年で100周年を迎えたトルコ映画。実はトルコの映画観客動員はコメディを中心としたトルコ映画が上位を占める。そうすることで映画業界を活性化させ、アート系映画が製作される素地が整い、大きな国際映画祭で受賞する作家を数多く輩出するようになった。その流れを牽引するのがヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督だ。

前作『雪の轍』で第67回カンヌ国際映画祭パルムドール大賞を受賞したほか、これまでにカンヌで2度のグランプリ、監督賞、主演男優賞を含む8賞のほか、世界中で93の賞に輝き、昨年には「21世紀の映画監督ベスト100」の上位にランクインするなど、世界的巨匠監督として確固たる地位を築き上げてきた。

そんなジェイラン監督は1959年、トルコ・イスタンブール生まれ。2歳から『読まれなかった小説』の舞台であるチャナカレに暮らし、高校進学のためにイスタンブールに戻る。1976年、トルコの上位国立大学のイスタンブール工科大学に入学し、化学工学を専攻するが、当時、大学は政治的、社会的動乱の中にあり、講義は常にボイコットや政治的対立などによって妨害され、休講となったため学業はままならなかった。

1978年に改めてボアズィチ大学に入学し、電気工学を専攻する。高校時代に写真に興味を持ち、大学在学中に写真部に所属、パスポート写真撮影などで収入を得るようになる。また、登山やチェス、文学、クラシック音楽、に親しみ、イスタンブールのシネマテークで映画浸りになることで映画愛を育んだのも大学時代だった。卒業後は自分探しの旅をした後、18ヶ月の兵役を経て、残りの人生で映画を撮ることを決意する。最初に映画に関わったのは短編映画への出演だったが、その際には出演だけでなく、すべての映画撮影のプロセスに関わり、映画製作を学ぶ。

現在、60歳のジェイラン監督だが、今もその顔立ちには監督ではなく俳優かと勘違いしてしまうほどの大人の色気が漂う。実際、監督作「うつろいの季節」(06)では実際の妻エブル・ジェイランとともに主人公夫婦を演じ、世界的に評価されている。

チェーホフやドストエフスキーといったロシア文学や、G・ガルシア=マルケスといったラテンアメリカ文学などの影響を色濃く反映させた作品を手掛けるジェイラン監督は「自分が影響を受けたのは、映画ではなく文学。特にチェーホフは私の映画制作に最も大きな影響を与え、私に人生の見方を教えてくれました。彼のすべての小説を何度も読んだほどです」「文学はどんなに厚い本になってもいい。自由に長さを決められる。でも映画は90分や100分の制約がある。僕は映画を文学へ近づけたい」と語る。

そんなジェイラン監督の新作『読まれなかった小説』は189分の「観る文学」。緻密な脚本と濃密な会話劇によって構築された世界に、私たちは引き込まれ、ただただ圧倒されるのだ。

『読まれなかった小説』はジェイラン監督が知人父子の物語にインスパイアされた作品

作家を志す息子シナンと教師の父イドリス。実は、ジェイラン監督の甥で作家のアキン・アクスとその父がモデルとなっているのだ。熱心な読書家でもあるアキンと意気投合したジェイラン監督は、子供時代の思い出や家族の関係性、父への感情について語り合い、アキンの話に感銘を受けて、映画を作ることを決意した。アキンは本作の共同脚本を手掛け、イマーム(イスラム教の指導者)役で出演もしている。また、ジェイラン監督の父のキャラクターも、イドリスのキャラクターに反映されており、例えばイドリスの皮肉な笑い方はジェイラン監督の父がモデルになっているのだという。

ちなみに、ジェイラン監督はこれまでに様々な作品で親しい友人や家族に、脚本や俳優や編集、演出、サウンドデザインなど、様々な役割を任せてきた。妻のエブル・ジェイランは、長編デビュー作「カサバー町」(97)にプロダクションデザインに参加して以降、脚本、プロデュース、出演とジェイラン作品に関わり続けている。

「この映画は、受け入れ難いことだが、“運命に逆らえない”ことを、“罪悪感”によって知る青年の物語を、彼の周りにいる様々な人々の人間模様と共に、伝えようとしています。“父親が隠しているものは息子の中で明かされる”ということわざがあります。弱さ、習慣、癖など、人は父親から特定の特性をどうしても受け継いでしまうのです。これは、自分の父親と同じ運命を辿ることを受け入れる青年の物語です」とジェイラン監督は語る。世界的巨匠監督が自伝的な要素も込めて描いた父の息子の軋轢と邂逅の物語。崇高な文学のような映画作品に昇華させた本作をぜひスクリーンで堪能してほしい。

公開情報

『読まれなかった小説』
11月29日(金)より、新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次ロードショー
監督・編集:ヌリ・ビルゲ・ジェイラン(『雪の轍』)撮影監督:ギョクハン・ティリヤキ 脚本:アキン・アクス、エブル・ジェイラン、ヌリ・ビルゲ・ジェイラン
音楽:ミルザ・タヒロヴィッチ  挿入曲:J.S.バッハ「パッサカリア ハ短調BWV582」(編曲:レオポルド・ストコフスキー)
出演:アイドゥン・ドウ・デミルコル、ムラト・ジェムジル、ベンヌ・ユルドゥルムラー、ハザール・エルグチュルほか
2018/トルコ=フランス=ドイツ=ブルガリア=マケドニア=ボスニア=スウェーデン=カタール/189分/英題:The Wild Pear Tree/原題:Ahlat Ağaci
配給:ビターズ・エンド
© 2018 Zeyno Film, Memento Films Production, RFF International, 2006 Production, Detail Film,Sisters and Brother Mitevski, FilmiVast, Chimney, NBC Film

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