映画コラム

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2019年06月22日

『アマンダと僕』尊い再生と関係性を描く秀作となった「3つ」の理由

『アマンダと僕』尊い再生と関係性を描く秀作となった「3つ」の理由



©2018 NORD-OUEST FILMS – ARTE FRANCE CINÉMA



6月22日より、フランス映画『アマンダと僕』が公開されます。結論から申し上げれば“青年と姪っ子の関係性”という尊さがいっぱい、そして“共に愛する人を亡くした2人の再生と成長”が描かれた、じんわりと心にしみる素晴らしいドラマでした!その魅力を大きなネタバレのない範囲で以下に記します。

1:“父親”になろうと努力する青年と、
大人びた少女の物語だった


本作のあらすじは、「便利屋として働く24歳の青年が突如として姉をテロで亡くしてしまい、その7歳になる娘を育てることになる」というものです。青年と姪っ子がお互いにその関係を良いものへとしようと努力し、また愛する人の死という出来事にどのように折り合いつけて生きていくか……というドラマに焦点が当てられていました。

監督であるミカエル・アースは「青年自身が大きな子供で、少女に対しての配慮が足りず、逆に彼女のほうが彼を助けることに長けているかもしれない。この2人組の姿は感動的でした」と語っています。例えば映画のオープニングでは、青年は姪っ子を時間通りに迎えに行くこともままならず、彼の子供っぽいところが象徴的に描かれていていたりもします。対して子供のであるはずの7歳の少女の方が青年よりも(母の死に対しても)どこか冷静で、物事を客観的に見つめているような、大人びた印象さえもある……この“大人と子供で精神年齢が逆転しているような関係性”を現実で見知ったことのある方は少なくはないでしょう。その少女が、感情を(はじめは)表に出さないだけで、実は深い哀しみと喪失感を抱えているのではないか……と思わせることにも胸が締め付けられました。

そして、青年は子育ての経験がなく自信もなかったのですが、なんとかして“父親”としての役割を担おうと努力します。対して姪っ子はそんな叔父に対しての距離感が掴めないところもあるけれど、なんとか母の死と折り合いをつけて、彼を父親としても見ようとしている、それどころか彼の精神的な支えにもなろうとしている……その過程がとても丁寧かつ繊細に描かれているのです。

物語の根底にあるのは“愛する人の死”という途轍もない悲劇です。それによる登場人物が抱えた喪失感、その中にある複雑な感情、そして関係性の変化が、細やかな画面の工夫や計算され尽くした脚本のために、しっかりと伝わるようになっていました。ミカエル・アース監督は「抑制の効いた映画作りを目指しながらも、可能な限り人々に響くものにしたい」とも語っており、まさにその通りの魅力を持つ、派手ではないけれど(であるからこそ)多くの方が共感できる映画になっているのが、この『アマンダと僕』なのです。



©2018 NORD-OUEST FILMS – ARTE FRANCE CINÉMA



2:実在感のある愛おしい登場人物ばかり…
主演2人の演技が“自然”に感じられる理由はこれだ!



主演2人がハマり役であり、その演技が演技に見えないほどに“自然”に感じられるということも特筆に値します。青年を演じたバンサン・ラコストはコメディタッチの作品に多く出演していたそうなのですが、今回は実年齢とほぼ変わらない繊細な役を見事に演じきっています。実は彼自身、姪っ子もいなければ、家族や友達の中に小さな子供もいなかったため、撮影において子役の少女(姪っ子)にどうやって話しかけようか、彼女は何を考えているんだろうか、この撮影での彼女の役割はなんだろうか、などとずっと考えていたのだとか。その「少女にどのように接していいかわからない(が何とかコミュニケーションを取ろうとする)」という俳優としての向き合い方が、演じる役柄とも絶妙にシンクロしていたと言っていいでしょう。

少女を演じたイゾール・ミュルトリエは、本作がデビュー作となる新星です。実はミカエル・アース監督は、初めは演技経験のある子役にも会ったりしたものの、すでに“計算して演じているよう”に見えたその演技をあまり好きにはなれなかったそうです。そこで、実際の学校から出てくる子供たちを観察して、直接オーディションのビラを渡していたのだとか。そして抜擢された彼女は「子供らしく幼い部分と、大人びた印象の両方を備わっている」という印象が、劇中でシングルマザー(青年の姉)に育てられ、“色々なことを考えている”役にぴったりだったそうです。この監督の言葉通り、彼女は良い意味で子供っぽくない、青年の支えになることも納得できる“風格”さえも自然体のままで備えていました。

さらに、青年の恋人、その叔母、その友人なども書き割りではない、「現実にもこう人いるよなあ」と思える、人間くさくて愛おしい登場人物ばかりです。主役2人はもちろん脇を固める役者たちも、繊細で抑制の効いた物語に見合った、丁寧かつ自然体での役作りをされていること、そのためにフィクションでありながら登場人物に実在感があり、現実にあった物語のように感じられることも、本作の大きな魅力になっているのです。



©2018 NORD-OUEST FILMS – ARTE FRANCE CINÉMA




3:パリという舞台の描き方にも特徴があった!
夏の情景を切り取る理由とは?



本作は舞台であるパリの美しい景観も魅力になっています。実はミカエル・アース監督は“観光的でないパリ”を描くという試みをしていたそうで、「特定の社会的グループを連想させる場所は避け、多文化のパリ、普段のパリ、日常のパリなど、“誰もが親しみを感じられる都市”を撮りたかった」と語っています。そのためと言うべきか、観光気分でパリに旅行に来たと言うよりも、まるでパリの街並みや公園などが“いつもの場所”であるかのような感覚さえも覚えました。その試みもまた、”登場人物がそこに住み日常を過ごしている”という実在感に貢献していたのでしょう。全体を16ミリフィルム(ロンドンのみ35ミリフィルム)で撮影していたことも、その舞台の美麗さを際立たせていました。

そして、現実でもパリでは痛ましいという言葉では足りない、凄惨なテロ事件が起きています。しかし、監督は映画で描かれるテロの事件に社会的・政治的意味を込めたわけではなく、あくまで一個人のレベルで、突然肉親を失った子の周辺で起こった背景として描いており、そこには「“いつ何が起こるかわからない”今のパリの脆い状況を表したかった」という想いもあったのだそうです。美しい土地ではあるものの、テロが起こりうる危うさのあるパリという場所……その相反する要素が、物語および登場人物の喪失と不可分にもなっていると言っていいでしょう。

また、燦々と太陽が照りつける“夏”の情景も切り取っています。監督は夏を“再生の季節”であると捉えており、それは「夏は再生を約束するような希望に満ちたものがある反面、その青空の青さには悲劇をより強く感じるような両面性を持ち合わせている」という考えによるものだったのだとか。確かに、劇中の光に溢れている夏の光景や青空には、その澄み切った情景と相反するように、その悲劇性を際立たせているようにも思えます。

そして監督は、「人生の中で、この映画で起きたような悲劇に遭うことがないとは否定はできないけれど、その中に希望をもたらしたかった」とも本作について語っています。この言葉通り、『アマンダと僕』では愛する人を突然亡くしてしまうという誰の身にも起こりうる悲劇を通じて、そこから再生をしていく人間の姿を慈しむように描いています。劇中の主人公2人と似た境遇であるという方に限らず、現実で生きる希望をもらうことができた、大切な1本になった、という方もきっと多くいることでしょう。



©2018 NORD-OUEST FILMS – ARTE FRANCE CINÉMA




おまけ:同監督の『サマーフィーリング』も要チェック!。


6月22日公開の『アマンダと僕』に続き、ミカエル・アース監督による『サマーフィーリング』が、早くも7月6日より渋谷シアター・イメージフォーラムで公開、以降も全国でロードショーとなります。



(C)Nord-Ouest Films - Arte France Cinema - Katuh Studio - Rhpone-Alpes Cinema



こちらは「30歳の女性が突然亡くなってしまい、その恋人の青年と、亡くなった女性の妹が出会う」ことが物語の発端となっており、愛する人の死という喪失を抱えた2人の主人公が時間をかけて再生をしていくということ、そして夏の情景を美しく切り取っていることなどが、『アマンダと僕』と一致していました。

『サマーフィーリング』では、亡くなる女性の“いつもの1日”をサイレント映画のように描くオープニングから始まり、その後にベルリン、パリ、ニューヨークというそれぞれの場所での3年間に渡る登場人物の変化や心情を丹念かつ繊細に描いていきます。大きな出来事がほとんど起きなくても飽きることがなく、心地よく観られるのは、丁寧な演出と美しい画の賜物でしょう。

ぜひ、『アマンダと僕』と『サマーフィーリング』はセットで観てみることをオススメします。どちらも夏という季節が始まる前に(またはその時に)観るのにぴったり、その夏という季節があってこそ、喪失感を抱えた気持ちに優しく寄り添っていると言える作品なのですから。

(文:ヒナタカ)

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