5分で分かる忠臣蔵~忠臣蔵の主要登場人物やストーリーをさっとご紹介~

こんにちは。編集部公式ライターの奥野大児です。

時代劇の冬の風物詩といえば忠臣蔵。忠臣蔵は赤穂(兵庫県赤穂市)の浪人(赤穂浪士)47人が主人の敵討ちをする物語です。毎年12月になると忠臣蔵の話題が多くなります。

『忠臣蔵』デジタル最長版

『忠臣蔵』デジタル最長版(C)画像・作品提供:おもちゃ映画ミュージアム

なぜ忠臣蔵が冬の風物詩になっているか、それは

・敵討ちが旧暦の12月14日に行われた
・およそ史実でわかりやすい勧善懲悪の物語
・大石内蔵助のリーダーとしての振る舞いが素晴らしい
・キャラがそれぞれ立っていてサブストーリーもあり、感情移入しやすい

といったところが挙げられます。とはいえ若い人にはよくわからない物語であるかもしれません。

そこで今回、これを読めばざっと忠臣蔵のストーリーがわかってしまうという解説をお届けいたします。最新の時代考証というよりは私の解釈・考察による「テレビや映画・漫画や小説に出てきがちな忠臣蔵」を知っていただくことで、忠臣蔵を描いた様々な作品を楽しでいただければ幸いです。

主な登場人物

登場人物を知らなければ物語は楽しめませんよね。

ドラマとして見ていくには、非業の死を遂げた浅野内匠頭長矩(あさのたくみのかみながのり)、敵役の吉良上野介義央(きらこうずけのすけよしなか)、浅野内匠頭の敵を討ったプロジェクトリーダー大石内蔵助良雄(おおいしくらのすけよしたか)の3人が大切な役割となります。

ストーリー上重要と思われる人物を簡単に紹介していきましょう。

最重要キャラクター

この人たちが居ないと物語が進まない、という3人です。

大石内蔵助
赤穂城の城代家老。事件が起きるまでは江戸には来ず、赤穂の城で働いていました。この物語の主人公で、主君・浅野内匠頭の敵を討ちます。赤穂時代には「昼行灯」ともよばれたのんびりしたキャラクターでしたが、敵討ちに向けて見事なプロジェクトリーダーになります。

浅野内匠頭
大石内蔵助が居た播州赤穂藩の藩主。物語序盤で吉良上野介に斬りかかって仕留め損ね、自らはその日に切腹になってしまいます。清廉潔白な人物だったとも短気な人物だったとも言われています。

吉良上野介
浅野内匠頭、赤穂浪士の敵。浅野内匠頭に恨みを持たれ、物語序盤で浅野内匠頭に斬りかかられます。軽症で済んだものの、終盤では赤穂浪士の討ち入りで命を落とします。

本題とはずれますが、吉良上野介側の視点で見ると「自分は何も悪いことをしていないのに、なぜ浅野に切られ、赤穂浪士に殺されなければならないのか」となり、これはまた面白いものです。

四十七士から10人を厳選!

赤穂浪士は47人。その中からとりわけ重要な人物を10人ご紹介します。

大石内蔵助
主人公ですね。もちろん四十七士に入っています。

大石主税(ちから)
大石内蔵助の長男です。赤穂藩が改易になってから元服し、討ち入りでは裏門の大将でした。

片岡源五右衛門
浅野内匠頭が切腹する際に立会い、吉良邸へ敵討ちにも行きました。

堀部安兵衛
旧姓は中山。「高田馬場の決闘」というスピンオフのようなストーリーを経て四十七士の一人、堀部弥兵衛の養子になります。討ち入りで大活躍します。

吉田忠左衛門
大石内蔵助を補佐したと言われています。

不破数右衛門
途中参加でしたが討ち入りで大活躍をしました。

間(はざま)十次郎
吉良邸の討ち入りで吉良上野介に一番槍をつけた人です。

大高源五
討ち入り前、吉良家をよくよく調査しました。12月14日に吉良邸で茶会があることを知ったのも大高源五の活躍です。

岡野金右衛門
美男で、大工の娘を通じて吉良邸の地図を入手したとされています。

寺坂吉右衛門
赤穂浪士の47番目の男。討ち入りの後、生き証人として離脱したと言われています。83歳まで長生きしました。

この人が取り上げられていない!という義士もいるかもしれませんが、まずはこのあたりを覚えておけば物語を楽しめるでしょう。

浅野家関係者

浅野家の関係者をざっと挙げておきます。

瑤泉院(ようぜんいん)
浅野内匠頭の奥方。「ようぜいいん」ではなく「ようぜんいん」です。出家前は阿久里(あぐり)と言いました。一節には吉良上野介に言い寄られたという話も。それを取り上げた映像もあります。

浅野長広
浅野内匠頭の弟。長広を立てて浅野家の再興を図るのはストーリーの肝の一つです。

大野九郎兵衛
浅野家の末席家老。早々に離脱し仇討ちには参加しませんでした。

奥野将監定良
浅野家の組頭。早々に離脱し仇討ちには参加しませんでした。

高田郡兵衛
吉良を討つぞ!と息巻いていたのに途中で抜けてしまった、赤穂藩側で情けない扱いを受ける一人。

萱野三平
吉良邸討ち入りメンバーでしたが家族からは士官を強く勧められ、悩みに悩んだ末に自殺してしまう悲運の人。

吉良家関係者

敵役の吉良上野介の周辺は数名覚えておけばよいでしょう。

清水一学
吉良家の中小姓。ドラマでは必ず剣の達人として登場し、討ち入った赤穂浪士を食い止める働きを見せます。

小林平八郎
吉良家家臣。赤穂浪士が吉良邸に討ち入った際にとても活躍した吉良側の剣客として描かれています。

上杉綱憲
米沢・上杉藩の第4代藩主です。実は吉良上野介の実子です。

色部安長
上杉家家老。吉良家からはたびたび庇護を求められるけれど政治的に立ち回ります。史実では討ち入りの際には江戸にいなかったかも、とも言われています。

江戸幕府

浅野内匠頭が事件を起こした際に即日切腹を申し渡したのは江戸幕府です。重要な二人を挙げておきましょう。

徳川綱吉
当時の将軍。江戸幕府の第5代将軍です。「犬公方」「生類憐れみの令」でも有名です。忠臣蔵では悪役に属します。

柳沢吉保(よしやす)
側用人(将軍と老中の間を取り持つ役割)として権勢を誇りました。忠臣蔵では悪役になります。

主なストーリー

ここからは、忠臣蔵の主要なストーリーを追って行きましょう。

シーン1「勅使饗応における浅野家と吉良家の確執」

天皇が出す使者(勅使)が江戸に来ることで、その饗応(接待)役として浅野家が抜擢されたことが物語の始まりです。江戸幕府としては大変重要な接待なのです。

饗応には様々なしきたりがあり、それを知らないと幕府が大恥をかいてしまう。そのしきたりに詳しいのが、儀式や典礼を司る役職の高家肝煎・吉良上野介でした。

浅野内匠頭は幕府から、作法に関しては吉良家を頼れ、と指示を受けていました。浅野家は伊予の伊達家とともに饗応役を任せられました。

そこで浅野家は吉良家に進物を送り、教えを請うことになります。その後、吉良上野介からの対応が少しずつ悪くなっていきます。

対応が悪くなる理由は、主に以下のような理由で書かれています。

・吉良家への進物が少なく吉良上野介の機嫌を損ねた
・阿久里(浅野内匠頭の妻)に吉良上野介が恋慕した
・浅野内匠頭は以前にも同様の勅使へ対する饗応役を経験していたが、その時とやり方が異なっていたためすれ違いが生じた
・吉良家の地元で取れる塩の精度が低く、上質な塩が取れる赤穂の製法を吉良が訪ねたが教えてもらえなかった

などです。特に、阿久里に吉良上野介が恋慕したシーンが描かれる作品では、吉良上野介は助平なおじいさんのような描写をされて少し可哀想です。

シーン2「松の廊下」

忠臣蔵における前半のクライマックスです。様々な忠臣蔵の映像で、幅が畳何畳分もある廊下で、若武者が老人を短い刀で切りつけるシーンです。

「松の廊下」とは浅野内匠頭が吉良上野介に斬りかかった場所。斬りかかった旧暦1701年3月14日は、勅使が江戸に滞在し、将軍家が勅使に対して返答を行う、格式の高い行事の日。巳の下刻(正午少し前)に江戸城本丸の大廊下で浅野内匠頭が吉良上野介に斬りかかりました。

斬りかかった理由は上記の対応の悪さに加えて諸説あります。

・3月14日の儀式での礼服について嘘を教えられた
・儀式の時刻で嘘を教えられた
・出すべき料理について嘘を教えられた

などです。このうちのどれか、または複数の理由で浅野内匠頭が恨みを持つようなストーリーになっています。

なお浅野内匠頭は、脇差と呼ばれる短い刀で吉良上野介を襲いました。

人を殺すためにより確実な「刺す」という使い方をせず、斬りかかるという手段で吉良に襲いかかったためか、吉良は額と背中へ切り傷を負っただけで、浅野内匠頭は取り押さえられてしまいました。

刺しに行かなかったことで、浅野内匠頭を武道不心得と評する人もいるようです。

シーン3「即日切腹」

取り押さえられた浅野内匠頭に対し当日切腹と、赤穂浅野家の改易(取りつぶし)の沙汰が下りました。

当時の江戸時代は「けんか両成敗」の風習があり、吉良上野介にも何らかの処分があったとしても不思議はなかったが、吉良家には全くおとがめがなかったのです。また、浅野家への処分も早すぎました。この処分が後に、赤穂藩に大きな不満を抱かせます。

浅野内匠頭の辞世の句は
「風さそふ 花よりもなほ 我はまた 春の名残を いかにとやせん」
といわれています。

浅野内匠頭切腹の報は、江戸の家臣が馬や駕籠を乗り継いで赤穂まで届きます。疲労困憊の家臣を大石内蔵助が出迎える優しさもドラマの見所の一つです。

シーン4「赤穂城の明け渡しと解散」

改易が決まってしまった赤穂藩の城・赤穂城は幕府に引き渡しすることに。ここで赤穂藩の武士は職場を失い、赤穂の浪人=赤穂浪士が誕生してしまうのです。

赤穂浪士の動きは様々です。まず、城の明け渡しに関しても恭順派と抗戦派が出てきました。

大石内蔵助は吉良上野介への処分を幕府に求めつつ赤穂藩の再興を目指すことで抗戦派をなだめ、まとめるようになります。

ここから大石内蔵助は非常に長い時間をかけ、

・浅野家再興
・吉良上野介の処分

の両面から活動をはじめるのです。

シーン5「浅野家再興運動」

大石内蔵助は幕府に対して、まず浅野家再興の願いを届け出ることにしました。浅野内匠頭には弟の長広がいるため、その弟を据えようというものです。

浅野内匠頭に即日切腹を申しつけた江戸幕府のトップ、5代将軍・家綱とその側用人(将軍の側近で、将軍の命令を老中などの実務部隊のトップに伝える役割)・柳沢吉保の体制は変わって居らず、願いは聞き届けられませんでした。

浅野家再興がならず、弟・長広が浅野の本家に預けられました。もし赤穂浅野家が再興されていたら、吉良家討ち入りはなかったのかもしれませんね。

シーン6「吉良家討ち入り」

浅野家再興の夢が途絶え、方針を仇討ちに定めた大石内蔵助は江戸に本拠地を構えます。武器や討ち入りの道具をそろえ、意志の弱い旧藩士(赤穂浪士)を討ち入りの仲間から外し、吉良上野介を最も襲いやすい場所・タイミングを整えるのです。

その結果決まったのが

・討ち入りは1702年12月14日夜(12月15日未明)
・場所は吉良邸(14日の夜に吉良家で茶会があることを突き止める)

というもの。

清水一学・木村平八郎という吉良側の武士の抵抗、炭小屋もしくは台所の奥に隠れる吉良上野介が見どころです。

吉良上野介が見つかるシーンは諸説あり、多いものは炭小屋に女着物で隠れている吉良上野介が引きずり出され、大石内蔵助に殺されるというものです。
近頃では台所奥に隠れていたところを槍で刺されたという説もあり、今後の映像はこちらの描写が多くなるかもしれませんね。

勝鬨を挙げた赤穂浪士は12月15日早朝に、浅野内匠頭のお墓がある泉岳寺に向けて歩を進めます。現代の東京に例えるなら、JRの両国駅のあたりから、JRの田町駅のあたりまで凱旋しました。およそ15キロより少し短い距離でしょう。

最終的には赤穂浪士は大石内蔵助を含めて47人。寺坂吉右衛門は生き証人として襲撃後に戦列を離れ、処分を受けたのは46人です。

シーン7「義士の切腹と吉良の処分」

武士が死を賜る際、自分で腹を切るか、単に打ち首(首切り人に首を切られる)となるかでは死の扱いが全く異なります。

赤穂浪士は幕府の裁定に背く仇討ちを行ったわけですが、世論では「義挙」と評価されていました。

47人は戦闘の作法に乗っ取って、彼らなりに筋を通して吉良邸に討ち入りました。命を助けられることは無かったものの、赤穂義士は切腹を幕府から賜ることになるのです。首を来られる「処刑」ではありませんでした。

1703年2月4日、大石内蔵助を含めた赤穂義士46人(途中で戦列を離れた寺坂吉右衛門を除く)は全員、切腹。

なお、吉良上野介の養子で吉良家を継ぐ吉良義周(よしちか)は静岡の領地を没収され、長野へ配流されることとなりました。その後若くして亡くなりました。

以上が、忠臣蔵の大きな流れです。

忠臣蔵は人々に語られるように

赤穂浪士は「義挙」として江戸の町民に評価されました。主君の死から2年もかけた仇討ちが感動を呼ばないはずがありません。

とはいえ、江戸時代は幕府に逆らった者たちなので、庶民もおおっぴらにヒーロー視するわけにはいきませんでした。

江戸時代、討ち入り後には歌舞伎などで「仮名手本忠臣蔵」が上演されたが、その主人公の名前は大星由良之助といいます。これは大石内蔵助をもじったものだが、「忠臣が敵討ちをする」というストーリーで大石内蔵助の名前を出すことははばかられたのです。

明治維新後、江戸幕府に対する気遣いが不要になってから、大石内蔵助の名前が出回るようになった、といわれています。

まとめ 勧善懲悪を楽しみつつ大石内蔵助の器量に惚れる

忠臣蔵は、よくある勧善懲悪ドラマとして楽しめる作品でもあります。しかし、意識の高いメンバーを選抜して困難な事業に取り組む、というプロジェクトリーダー・大石内蔵助として見ると、その器量はとても魅力的に映ります。

その他の登場人物も魅力あふれる人が多く、時代劇だから、何となく古臭そうだから、という理由で見なかった方にもぜひ一度見ていただきたい壮大なドラマが忠臣蔵です。ぜひぜひ数多く作品化されている忠臣蔵をお楽しみ下さい!

(文:奥野大児)

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    ライタープロフィール

    奥野 大児

    奥野 大児

    現代ものやSFなどの映画はあまりわからないけれど、時代劇と海外ドラマはなぜか見ている1971年生まれのフリーライター・ブロガー。とりわけ必殺シリーズおよび「鬼平犯科帳」「御家人斬九郎」の ・悪人が悪人を裁く ・良い人も悪いことをすることがある ・松平家の御紋が通用しない といった設定が大好き。 映画の時代劇の映像の暗さを楽しむために、部屋を真っ暗にして堪能している。

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