『わたしは、ダニエル・ブレイク』で世界を変わるのか|イギリス情勢を映し続けるケン・ローチ

■「〜幻影は映画に乗って旅をする〜」

昨年の第69回カンヌ国際映画祭、ジョージ・ミラー率いる審査員団が最高賞パルムドールに選んだ作品が、ようやく日本で公開される。3月18日から全国順次公開となる、『わたしは、ダニエル・ブレイク』だ。
一昨年公開された『ジミー、野を駆ける伝説』で、映画界からの引退を発表していたイギリスの巨匠ケン・ローチだったが、「どうしても撮りたい物語がある」と、引退を撤回して本作を作り上げたのだ。

<〜幻影は映画に乗って旅をする〜vol.21:イギリス情勢を映し続けるケン・ローチの『わたしは、ダニエル・ブレイク』で世界を変わるのか>

(C)Sixteen Tyne Limited, Why Not Productions, Wild Bunch, Les Films du Fleuve,British Broadcasting Corporation, France 2 Cinéma and The British Film Institute 2016

心臓の病によって失業中のダニエル・ブレイクは、国から支給される雇用支援手当の継続審査に辟易としていた。ところが審査の結果、手当の支給は中止されることになり憤慨する。しかも職業安定所の対応はあまりにも冷たく、途方に暮れていた彼は、わずかな遅刻で給付金を受け取れなかったシングルマザーのケイティと出会う。徐々に絆を深めていく二人だったが、辛辣な現実に直面していくのだった。

二人が出会う人々、たとえばスーパーの警備員だったり、フードバンクの職員はいずれも好意的に描かれ、対照的に行政の人間は実に冷酷に描かれていくあたり、ケン・ローチ特有の批判的な視点が非常にわかりやすく反映されている。社会派映画を得意とするローチでも、近作は非常に落ち着き払った風格のある作品を発表し続けていただけに、ここまで直接的に労働問題を扱ったのは正直意外なところだ。
それだけ、現代社会で〝貧困〟や〝格差〟の問題が大きく取りざたされていること、そしてイギリスがEUから離脱するという社会的な混乱も影響しているのだろう。いずれにしても、デビュー50年、80歳の巨匠が描き出す物語とは思えないほど、若々しい。

ローチと労働者の関係性は、初期の頃から一貫している。TV映画として監督デビュー作になった「キャシー•カム・ホーム」のように、戦後イギリスの貧困層を描き出した作品から変わらず、社会的に弱い立場にある労働者や移民、若者を常に見つめてきたのだ。このタイミングにして、ある種の原点回帰を果たしたというわけだ。それと同時に、数多くの作品を手掛け、名実ともにイギリスを代表する人物になった彼が、これまで世界に発信し続けたメッセージの集大成なのである。

今回の『わたしは、ダニエル・ブレイク』を観たときに、真っ先に思い出した彼の作品は、ちょうど筆者が初めてローチ作品と出会った『マイ・ネーム・イズ・ジョー』だ。

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親友たちとサッカーチームを作ったジョーはアルコール依存症を克服したばかりの失業中の男。セーラという女性に出会い恋仲になった矢先、彼の甥が多額の借金を抱えていることを知る。転落寸前の甥夫婦を助けるために、ジョーは麻薬の運搬の仕事を引き受けるのだが、それがセーラにバレてしまうのであった。

病を抱えて失業中の男、彼の人生に希望を与える女性との出会い、それをその時代のイギリス社会になぞって描き出される点は、今回の作品と共通している。『わたしは、ダニエル・ブレイク』でも、隣人の青年がスニーカーを輸入して安く売り捌くという場面が登場するが、生きていくための少々イリーガルな仕事を、ユーモラスに描かなくてはならないほど、背景にある社会情勢は悪化してきているということだろうか。

この『マイ・ネーム・イズ・ジョー』が作られたのは98年。ちょうどイギリス社会では労働党政権の誕生と、ベルファスト合意、ヨーロッパ全体では統一通貨導入の準備がされていた頃だ。思い返せば、それ以前に直球で労働問題を描き出した『まなざしと微笑み』は、サッチャリズムの真っ只中の映画だった。つまり彼は、弱者に厳しい時代になると必ず、辛辣な問題提起と共に立ち上がってきた作家なのである。
もうローチが、このような作品を作らなくてもいいと思えた時が来てこそ、世界が変わったという何よりの証明になるのだろうか。皮肉なことに、彼の諸作の中でもこういったテイストのほうがわかりやすく、優れた作品なのだというジレンマはあるのだけれど。

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(文:久保田和馬)

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