『シンク・オア・スイム』はおっさん版『凪のお暇』!観るべき「3つ」の理由!



©2018 -Tresor Films-Chi-Fou-Mi Productions-Cool industrie-Studiocanal-Tf1 Films Production-Artemis Productions



人生にも次第に陰りが見えてきた"おじさんたち"を主人公に、自身の存在価値を証明するため、再起を賭けて男子シンクロナイズド・スイミング世界選手権に挑む彼らの姿が描かれる!

このストーリーだけで既に面白そうな映画『シンク・オア・スイム イチかバチか俺たちの夢』が、7月12日から遂に劇場公開された。

同じ男子シンクロナイズド・スイミングを題材とした作品として、日本でも過去に『ウォーターボーイズ』が作られているだけに、男たちの群像劇や、オトナの成長物語の部分がフランスではどう描かれているか? 個人的にも非常に気になっていた本作。日本版のポスターからは、ほのぼのコメディといった印象が強かったのだが、果たしてその内容と出来は、どのようなものだったのか?

ストーリー


2年前からうつ病を患い、そのために会社を退職し現在も自宅療養中のベルトラン(マチュー・アマルリック)。外部との接触も無く引きこもりがちな毎日を送っていたある日、地元の公営プールで「男子シンクロナイズド・スイミング」のメンバー募集の張り紙を目にした彼は、衝動的に参加を希望する。
ところがチームのメンバーは、妻と母親に捨てられた怒りっぽいロラン(ギョーム・カネ)、事業に失敗し自己嫌悪に陥っているマルキュス(ブノワ・ポールヴールド)、内気で女性経験の無いティエリー(フィリップ・カトリーヌ)、ミュージシャンへの夢を捨てられないシモン(ジャン=ユーグ・アングラード)など、皆何かしらの問題と悩みを抱える「悩めるおっさん集団」だった!
元シンクロ選手の女性コーチ、デルフィーヌ(ヴィルジニー・エフィラ)の指導のもと、トラブルに見舞われながらもトレーニングに励む彼らは、あるきっかけから無謀にも世界選手権で金メダルを目指すことになるのだが…。


予告編


理由1:懐かしの80年代洋楽と、悩めるおっさんたちの魅力が満載!



高校生男子が主人公の『ウォーターボーイズ』とは違い、本作の主人公は中年を越えて初老の域に近づいた、見るからにサエないおじさんたち。

それぞれの理由により、公営プールのシンクロナイズド・スイミングチームに参加した彼らだったが、練習を通して協力する中で次第に仲間意識が芽生えることになる。

自身の仕事や将来への不安という現実問題から離れ、毎日プールで練習に精を出す彼らの姿は、ある一定の年齢を超えて自身の存在価値や人生の意味を考え始める世代の男性には、大いに共感できるものとなっているのだ。

しかも彼らを演じるのが実際に年齢を重ねたフランスの名優たちとくれば、本作が男子のシンクロという題材の面白さだけではない、深い人間ドラマであることがお分かり頂けると思う。

中でも『ベティ・ブルー/愛と激情の日々』や『ニキータ』で、多くの女性の心を掴んだ名優ジャン=ユーグ・アングラードの見事な老けっぷりには、ミュージシャンへの夢を捨てきれない役柄と併せて、男の年輪を感じずにはいられなかった。

更にもう一人、実は鑑賞後に気が付いたのだが、倒産寸前のプール・セールス会社を経営するマルキュスを実に軽快に演じていたのが、何とあのモキュメンタリー映画の傑作『ありふれた事件』で連続殺人鬼を演じていた、ブノワ・ポールヴールドだったとは!

こちらも当時の細身体型とは全く逆の中年体型にはなったが、その場しのぎの適当な嘘をつきながらも不思議と憎めない男を演じていて、実に見事なのだ。



©2018 -Tresor Films-Chi-Fou-Mi Productions-Cool industrie-Studiocanal-Tf1 Films Production-Artemis Productions



その他にも、チームで一番イケてない恋愛経験ゼロのティエリーを演じるフィリップ・カトリーヌが、実はフレンチ・ポップス界で長年活躍している有名アーティストであるなど、正に「男の顔は履歴書」の格言を体現したキャスティングの素晴らしさが光る本作。

確かに外見は年相応に老けたものの、中身はまだまだ若いつもりの彼ら。そんな成長できずに過去を引きずるおじさんたちを、観客が共感し受け入れやすくするために用意されたのが、彼らの青春時代へのオマージュとして映画の中で効果的に使われる、懐かしの80年代洋楽ヒットナンバーの数々だ。

映画のOPで流れる、ティアーズ・フォー・フィアーズの「ルール・ザ・ワールド」はもちろん、正に彼らの練習風景にピッタリなオリビア・ニュートン=ジョンの「フィジカル」など、一度は聞いたことのある名曲が彼らの心の声を代弁してくれるのは見事!

中でも、彼らにとって一世一代の晴れ舞台となる世界選手権でのBGMに選んだ曲は、そのイントロを聞いただけで「さすが、間違いない!」と思わせる名選曲となっているので、お見逃し無く。

映画の中で繰り広げられた議論を経て、最終的に彼らが演技のBGMに選んだ曲とは何だったのか? その意外な選曲は、是非劇場で!

理由2:観客が思わず共感する、彼らの境遇が泣ける!



前述した通り、登場人物それぞれが複雑な悩みや、厳しい現実の問題を抱えている本作。

数々登場するエピソードの中で一番観客の心を揺さぶるのは、工場長として仕事のキャリアでは一番成功しているのだが、いつも他人に対して厳しく攻撃的で、怒りっぽいロラン(ギョーム・カネ)の存在だろう。

これから鑑賞される方のために詳しくは書かないが、彼の攻撃的な行動の理由が観客に明らかにされた時、「ああ、それじゃ仕方が無いよな」、きっと多くの観客がそう思わずにはいられないはずだ。

もしも自分がロランと同じ状況で成長した時、果たして彼と同じ選択ができるのか? 映画鑑賞後、どうしても自問自答せずにはいられないその選択は、是非劇場でご確認頂ければと思う。

もう一つ印象的だったのが、今もミュージシャンへの夢を捨てきれず、トレーラーハウス暮らしで細々と音楽活動を続けているシモンが、世界選手権のBGM用に自身が作った曲を、ギター片手に皆の前で披露するシーンだった。

「なるほど、この見せ場のために彼の設定があったのか!」、そう思わせる展開の先は、是非劇場で観て頂きたいのだが、観客の予想をいい意味で裏切りながら、彼にとって大切だった音楽よりも更に大切なものに気付かせる展開は泣ける!



©2018 -Tresor Films-Chi-Fou-Mi Productions-Cool industrie-Studiocanal-Tf1 Films Production-Artemis Productions



その他にも、急にプールの施設管理がコンピューター制御になり、慣れないパソコン操作に戸惑いながら、ハイテク管理のお蔭で自身の存在価値を奪われてしまうティエリーなど、人生の後半を迎えながら未だに社会的な居場所を見つけられない男たちの姿が描かれる本作。

ただ、このパソコン管理の導入が、彼らに"シンクロナイズド・スイミング世界選手権"の存在を知らせ、遂には晴れ舞台への出場を決意させるのだから、本当に人生は何が幸いするか分からない。

性格的にまるで対照的な二人の女性コーチも含め、人生に対して何かしらの挫折や諦めを経験したメンバーたちが、共通の目的に向かって努力を続ける姿に勇気と感動をもらえる作品なので、全力でオススメします!

理由3:敢えて見せない演出が上手い!



元女子シンクロ選手だった二人のコーチから、厳しい練習と指導を受けるチームのメンバーたち。

だが意外にも、厳しい練習を通して彼らがどれだけ上達し成長したかは、実はラストの世界選手権までほとんど映画では描かれることがない。

例えば『ロッキー』の様に、最初は階段を駆け上がるのに息を切らしていた主人公が、試合直前の頃には全速力で階段を頂上まで駆け上がれるようになるとか、タイムが縮まる様子や演技の上達度を練習前と比較して描くなど、そうしたスポコン的盛り上がりを本作では意図的に排除しているのだ。

厳しい特訓の成果により、彼らがこれだけ上達した!

そういった描写がほとんど無いまま、チーム全員で世界選手権の会場まで車で向かうのだが、その道中でも精神安定剤をドラッグと誤解されて車の外に捨てられてしまうなど、前途多難な描写が続くことに…。

そのため、本当にラストの世界選手権までは「多分試合には負けたが、自分たちのベストを尽くしたから悔いはない! そんな結果に着地するのだろうな」、そんな予想で鑑賞していた本作。

果たして、この愛すべきフランス代表チームが、これだけの逆境の中でどの様な結末を迎えたのか?

その結果は是非劇場で観て頂くとして、ここで特筆すべきは彼らが演技のBGMに選んだ80年代洋楽の選曲の妙と、何より自分たちの実力を出し切って演技する彼らの姿が、ちゃんと観客にカッコよく見える演出の見事さだ。

そう、敢えてラスト近くまで、練習に苦労する彼らの無様な姿を見せ続けたからこそ、遂に披露される彼らの自信に満ちた演技がラストの展開に説得力を与え、観客に充分納得させる効果を生むことになるのだ。

外見ではなく、内面の成長によって自信を得た彼らが見せる演技の素晴らしさと、その結果をちゃんと観客に納得させる演出の冴えは必見です!

最後に



"ミッドエイジ・クライシス"を迎えた中年男たちによる、ほのぼのコメディの様な日本版ポスターのビジュアルから受ける印象とは違い、実はいい意味で観客の予想を裏切る感動作となっている本作。

うつ病で自宅引きこもり生活の者、常に周囲に対してイラついて否定的な言葉を吐く者、若い頃からの夢を忘れられないミュージシャン、倒産寸前の会社経営に直面できない者、そして周囲から奇異の目で見られバカにされてきた者。そこに過去の悲しい事故により、シンクロ王者の座から滑り落ちた女子ペアの二人が加わり、現在の自分を変え、周囲からの評価や偏見を覆すために行動を起こす展開は、正に感動の一言!

今までの自分を変えるための行動の大切さ、そして他者との新しい出会いによってのみ、人間は変化し成長できる! というテーマは、実は先日放送が始まったドラマ『凪のお暇』に通じるもの。

これから本格的な夏を迎える前に、自分もちょっと体を鍛えたり、昔の様に泳いでみようか? 観客をそんな気分にさせる本作こそ、正におっさん版『凪のお暇』と呼べる作品なので、女性の方にもオススメします!

(文:滝口アキラ)

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