映画コラム

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2017年11月30日

お願いだから『クボ 二本の弦の秘密』を観て! 口コミで広がる人気の秘密とは?

お願いだから『クボ 二本の弦の秘密』を観て! 口コミで広がる人気の秘密とは?




©2016 TWO STRINGS, LLC. All Rights Reserved.



待ちに待った公開だった。ゴールデン・グローブ賞やアカデミー賞でその名を轟かせ、“日本へのリスペクトに満ちた作品”でありながら、なかなか日本での上映が決まらず。その結果多くの映画ファンをヤキモキさせたスタジオライカの新作『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』が、ついに日本でも公開された。

日本を舞台にしながらアメリカでの上映時にも絶賛評が上がっていた本作。その証拠が名だたる賞へのノミネートだったわけで、正直なところそんな評価を聞いていれば鑑賞前から不安要素はほとんどなかったとも言える。そして実際自分の目で確かめてみても、それはまごうことなき名作だったのだ。ということで、今回は『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』を紹介したい。


貴重な映画体験



などと冷静を装って書けるほど、本作が持つ魅力は単調なものではない。正直なところこれだけ日本の文化や精神性、日本の歴史を愛した作品をなぜすぐにでも公開しなかった! という思いもあるが、それに関しては公開まで漕ぎ着けた配給会社のGAGAには感謝しかない。

とにかく、国内で何百本と公開される映画の中には話題になることなくひっそりと上映が始まり、不入りのうちにひっそりと終わるなんてことはよくある話だ。けれど、そんな中にも珠玉の作品は当然のように混ざりこんでいることも見逃してはならない。筆者の経験でいうと『ヒックとドラゴン』がその筆頭だ。のちに大傑作と呼ばれながら、劇場で鑑賞しなかったことが悔やまれてしょうがない。

もちろん映画の公開というものにも莫大な費用が掛かり、宣伝に回せないこともある。その結果認知度が低くなり、集客に反映されてしまうという悪循環が生まれるが、前述のように、それは同時に「なぜ映画館で鑑賞しなかったのか」という禍根の種を撒いてしまうことにもなる。それは本作も同じで、いつしかツイッターでは鑑賞者がこぞって「#一生のお願いだからクボを観て」「#クボおススメ」といったタグを利用して、その種を摘もうという動きまで起きた。

まずもって公開規模が小さいため思うように足を運べないというハンデもあるのだが、そんなときこそ映画ファンの、観客の声で作品を拡げるというのも現代の映画宣伝・公開の在り方の一つになっているのではないだろうか(口コミで上映規模を拡大してヒットした『この世界の片隅に』のように)。


ライカの本気度! 底力!






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ライカといえば、これまでにも『コララインとボタンの魔女』や『パラノーマン ブライス・ホローの謎』といったストップモーション作品を世に送り出し、高い評価を受けてきた製作会社だ。そんなライカが新作の舞台に日本を選んだというのだから、それだけでも期待してしまうというもの。そんな期待に見事に応えただけでなく、本作がそれ以上に大切なものを観客の心に残してくれる作品だったとは誰が予想できただろう。

映画は、小さな舟に乗った女性が猛り狂う荒波に揉まれながら海原を突き進む場面から幕を開け、その荘厳な雰囲気で観客をすぐさま“和風ファンタジー”の世界へと誘うことになる。その後クボが登場し、三味線と折り紙を用いて村人に物語を聞かせる場面へと流れていくが、まるでCGアニメーションを見ているような表現力の豊かさと、その表現力の礎となるイマジネーションの豊かさに、きっとすぐに心を奪われるはずだ。

おそらく映画序盤のこの時点で、「すごい作品に出会ってしまった」という感覚が全身を覆うのではないだろうか。この点はライカのストップモーション技術だけでなく、音響にも力が注がれていることが大きい。CGアニメーションとは違い人形が用いられているとはいえ、実写としての質感を出すためにはクボたちが生み出す“音”もリアルに聞こえなければならない。その点は、全編を通して理想的なまでの音響が鳴り響くのでじっくりと耳を傾けてほしい。クボたちの足音や、折り紙を折る音。物と物がぶつかり合う音。繊細な音一つの表現をとってみても丁寧な音作りを堪能できるので、その点においてもやはり本作は音響設備の良い劇場でと、ますます薦めたくなる。


圧倒的な“和の物語”






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クボが隻眼である理由は物語の幕開けからわりとすぐに判明することになるのだが、同時に本作が「月の住人」という思いのほか日本の古来からある幻想譚(例えば『竹取物語』といったファンタジー)をモチーフにしていることも分かる瞬間だ。もちろん世界にもそういった物語の端緒となるモチーフはいくらでもあるとは思うが、月という神秘的なモチーフが本作で用いられたとことは、いよいよもって日本の歴史への造詣の深さを感じさせる。

そのため、まるで昔から日本の物語として存在しているような懐かしさを感じさせ、クボたちのキャラクタービジュアルもあって子どもの頃から親しんだテレビの人形劇を観ているような懐かしさを感じられるはずだ。

本作は“物語を物語る”ことでストーリーが奥行きを増していき、魅力的なキャラクターが日本という空想の世界を舞台に活躍することで歴史絵巻にも似た感覚を覚える。クボの母親と、その姉妹であり刺客でもある闇の姉妹二人組。冒険をともにするサルとクワガタの存在。キャラクターの一人一人がその奥側、或いは内面に物語を宿しているので使い捨てのキャラクターがいない。誰もがクボにとって必要不可欠なバックボーンを抱えているので、ますます本作の深みが増していく。




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とりわけサルとクワガタについては、クボと旅をともにする以上の役割が与えられている。この部分は物語の核心に触れるところであるので詳細は書けないが、例えるなら『桃太郎』では犬やサル、キジがおともになって鬼退治へと向かったわけだが本作では「なぜサルとクワガタはクボと旅をともにするのか」という内面的な部分にも重要性を見出している。それこそ本作におけるテーマに繋がっていきクボの成長にその存在が不可欠であることが理解できるので、一度本作を鑑賞した人でも二回目の鑑賞時には新たな目線でクボとサル、クワガタが共有する運命の輪に驚かされるのではないだろうか。

本作には“子ども向け”というイメージを持たれるかもしれないが、ライカの技術においても物語においても大人子ども関係なく惹きつけられるはずだ。特に物語における死生観は日本人以上に日本の精神性を捉えた描かれていることに驚かされる。特に序盤で描かれる灯籠流しはその文化の意味とビジュアル的な美しさが本作の繊細な魂の象徴として胸に迫ると思うが、やはり終盤において限りなく重要な習慣としての役割を果たすことになるのでしっかりと向き合ってほしい。

ある意味、邦画界が生み出すべき作品を海外の才能溢れるクリエイターたちが生み出したことになるが、そこには日本という文化や歴史をリスペクトし、真正面からクボの物語を描いたことに感服してしまう。それだけではない。ラストでクボや村人たちが選択した道も、日本人というキャラクターだからこそその優しさの意味がじんわりと胸に広がるはずだ。その度量に対して、そして日本という国が持つ神秘性をあますことなく表現した本作については、やはり「日本人なら観るべき!」「日本に住んでいるのなら観るべき!」と声を出してしまいたくなる。

ちなみに主人公であるクボを映画として映し出すため、クボの人形だけで30体が用意され、表情の数は4,800万通りにものぼったそうだ。作品の総コマ数は133,096コマ、総制作期間は94週とのことで生半可な気持ちで作品に挑んだのではないことが、その途方もない労力からもうかがえる。そんな作品に今の時代において巡り会えたことに、ますます本作のクリエイター陣には頭が下がる思いでいっぱいだ。


日本が世界に誇れる和の音楽






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本作で音楽を務めているのは、2007年の『つぐない』でアカデミー賞&ゴールデン・グローブ賞の作曲賞部門ダブル受賞を果たしたベテラン作曲家のダリオ・マリアネッリだ。本編でクボが三味線を使っていることから劇伴でも三味線の音色を堪能することができるほか、和太鼓や尺八、琴といった和楽器もふんだんに楽曲には取り入れられている。

そのため本作では映像だけでなく、音楽からもしっかりとした和の雰囲気を感じられるのが大きな特徴だ。クボは三味線を弾くことで折り紙を折るなど不思議な能力を発揮するが、それらの音色がそのまま劇伴を担っているのが面白い。ただし、だからといって安直に三味線を鳴らしているわけではない。マリアネッリら三味線を一楽器として扱うのではなく音色一つ一つに意味を込めており、それはクボが持つ神聖な能力であったり、クボが見せる決意であったり、クボが大切にしていくものであったりと場面に応じてしっかりとその響きに変化を与えている。

マリアネッリは映像がもたらす以上にその意味を理解しており、演奏を託されたケヴィン・マサヤ・メッツと一川響がつま弾く弦に“魂”として注ぎ込んだ結果、三味線の音色は物語において重要な意味を帯び、楽器としての役割を超えた“ストーリーテラー”としての存在価値も担う形となった。それこそ、クボと同じように三味線の三本の弦の意味づけを、マリアネッリは深く意識していたに違いない。

また、そんな三味線の音が決して一人歩きしないよう周りを固めた楽器やメロディラインにも細心の注意を払って曲作りが成されており、実に繊細で、時に音楽の視野を広げるほど大胆な調和を見せている。ベテランらしい調和と安定感で、音楽から伝わってくる“和の魅力”が本作からは溢れ出ることになり、海外アーティストが日本を題材にしてくれた喜びとともに「日本にはこれだけ世界に誇れる音楽文化がある」と自信を持つこともできたのではないだろうか。

そもそもが、マリアネッリという才気あふれる作曲家が丁寧かつ真摯に向き合っていることからも、日本のトラディショナルな音色は胸を張って世界に向けて誇れる音楽文化そのものなのではないだろうか。

なお、本作の主題歌にはビートルズの名曲をカバーした「WHILE MY GUITAR GENTLY WEEPS」が使われている。ジョージ・ハリスンが生み出した楽曲を、マリアネッリのプロデュースのもとケヴィン・マサヤ・メッツが三味線の演奏を担当し、レジーナ・スペクターが歌い上げている。

また矢島晶子や田中敦子らベテラン勢に加えてピエール瀧や川栄李奈がボイスキャストを務めている日本語吹き替え版では、三味線デュオ奏者の吉田兄弟が華麗なテクニックで「WHILE MY GUITAR GENTLY WEEPS」を奏でている。同曲は国内盤サウンドトラックのみのボーナストラックとして、もしくは配信版にも収録されており、レジーナ・スペクター版とはまた違う、音色の太さと力強さを感じさせる三味線を堪能することができるので、その差を聴き比べてみるのも良いかもしれない。


監督の次回作は人気キャラクターのスピンオフ!



ストップモーションという技法を用いて、なによりも日本人の情感に訴えかける作品となった本作。ライカの創設者であり本作で鮮烈な監督デビューを飾ったトラビス・ナイトの最新作が、「トランスフォーマー」シリーズ初のスピンオフ作品となる『Bumblebee』というのだから期待が高まる。

実写映画初挑戦となるが(しかも有名大作シリーズから初となるスピンオフ作品)、そこはプロデューサーにスティーヴン・スピルバーグとマイケル・ベイが名前を連ねているので、まさに盤石の態勢。ある意味映画界でこれ以上にないお膳立てと言えるが、ナイト監督ならそんな2人のもとで映画作りに挑んでも必ずやその個性や作家性を打ち出してくれるはずだ。また、ストップモーションや折り紙の表現で培われた“形を変えていく”スタイルや技術が、必ずトランスフォームシーンで活かされるだろうし、“日本出身”のコンテンツとして再び日本愛を炸裂させてくれるに違いない。


マリアネッリ、賞レース参戦なるか?



マリアネッリの新作も紹介しておこう。マリアネッリは、『プライドと偏見』や『つぐない』、『アンナ・カレーニナ』など多くの作品でタッグを組む盟友ジョー・ライト監督の最新作『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』が公開を控えており、こちらの作品では“もう一つのダンケルク”としてゲイリー・オールドマンが特殊メイクを施してチャーチル英首相に扮している。前評判が高くアカデミー賞ノミネートも有力視されている同作の音楽は既に配信が始まっており、ピアノを多用した正統的で荘厳なオーケストラサウンドを聴くことができる。

さらにそんな重厚な雰囲気とは打って変わって、日本でもヒットした大人気キャラクターの続編映画『パディントン2』の日本公開も2018年1月19日に迫っているのでそちらも楽しみに待ちたい。


まとめ



最後に。本作は一部劇場で既に上映回数が減りつつあるので、もしもお近くの劇場で公開されているならば見逃さないようにしていただきたい。また多少足を伸ばしたとしても十分にその価値がある。公開が終わり、ソフトがリリースされてから「劇場で観ておけばよかった」と後悔しないよう、豊穣な和の心が紡ぐイマジネーションの力を映画館で目の当たりにしてほしい。

(文:葦見川和哉)

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