『十年』が描く、香港返還から現在までと、この先10年

2015年の暮れ、世界中が『スターウォーズ/フォースの覚醒』で沸いていた頃、香港では一本の低予算インディーズ映画が席巻していた。

(C)Photographed by Andy Wong, provided by Ten Years Studio Limited

わずか750万円で制作され、1館のみで公開されたオムニバス映画『十年』は、口コミで話題が広がり、連日超満員が続いた。2016年の年間興収を賑わす大ヒット作になった同作は、雨傘運動や香港独立の機運が高まる中でもっともタイムリーな作品として大きな注目を集めた。香港内では公開終了後も上映会や本作に対する話題が尽きず、一方中国では本作の存在自体を封印しようとする動きまで現れたのだ。

そして昨年4月、香港のアカデミー賞である「金像奨」で、最優秀作品賞を受賞。作品賞以外の他の部門には一切ノミネートされずに、2015年の香港映画界を代表する1本として、『イップ・マン/継承』や『踏血尋梅(原題)』らの強豪を押しのけたのだ。

そんな話題作が、22日からついに日本でも上映される。香港での初公開時同様に、日本でも東京・新宿のK’s cinema1館のみ。その後全国に順次公開となることが決まっているが、日本でも旋風を巻起こすことができるのだろうか。

<〜幻影は映画に乗って旅をする〜vol.40:香港で映画史を塗り替えた『十年』が描く、返還から現在までの20年と、この先の10年>

(C)Photographed by Andy Wong, provided by Ten Years Studio Limited

5つのオムニバスから構成された本作。それぞれのエピソードは20分前後と、比較的シンプルにまとめられており、ひとつの作品に軸となるひとつのテーマを据える構成だ。現代と何ら変わらない見た目の近未来を舞台にし、香港の街に生きる人々の漠然とした不安を描き出す。闇社会でしか生きられないインド系移民の男、普通話政策に慣れない生粋の香港育ちの中年男性、中央政府に疑問を抱く若者たち。

近年の香港情勢は、ニュースなどで報じられるものの、多くの日本人にとっては関係のないことだろう。しかし、映画にはいつでも政治的な背景や、そういった難しい話が付きまとう。むしろ、ハイバジェットの単純娯楽映画以外にとって、そういった各国が抱える背景を映画にして世界に発信するということがひとつの至上命題であるのだ。だからこそ、本作を通して香港の真実を観る必要がある。

ちょうど香港が返還された当時、香港映画界は今以上に輝いていた。新しい時代に夢を見ながら、変わることへの不安を抱えて生きる若者たちの物語が、世界のどんな映画よりもみずみずしく、美しかったからだ。その中でも、フルーツ・チャンは「香港返還三部作」と銘打って、3つの青春映画を作った。そのうちの一本を紹介したい。

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香港返還を目前にした97年。低所得者用アパートに暮らす青年・チャウは、弟分のロンと共に借金の取り立てに訪れた家で、ペンと出会う。ある時、ロンは自殺を図った少女を目撃し、2通の遺書を拾う。ペンを連れて、その遺書を宛先まで届けにいく彼らだが、その道中でペンが重い腎臓病に冒されていることを知るチャウ。彼は手術費用を稼ぐために、裏社会の仕事に手を染めていくのであった。

変わりゆく社会の中で、取り残されていく不安、そして自分が変わっていくこと。この20年前の青春劇にも、今回の『十年』にも見ることができよう。常に変わり続ける国だからこそ起こりうる、普遍的なテーマなのだ。

劇中で直接提示されなくとも、本作を観ていると少し先の未来について様々な考えを巡らせてしまうはずだ。しかも、それは香港という複雑な地域だけでなく、日本をはじめ世界中のどの国にも共通していることではないだろうか。

同じく「香港返還三部作」の『花火降る夏』と『リトル・チュン』、メイベル・チャンの『玻璃の城』など、当時の香港映画のリアルが今でもしっかりと記録されているように、今回の『十年』も香港を生きる人々の歴史と、世界の映画史に確実に刻みこまれていく。

(文:久保田和馬)

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