TOHOシネマズのチケット料金値上げに、映画ファンができることはあるのか

先月、日本のシネコンチェーン最大手のTOHOシネマズが鑑賞料金の値上げを発表しました。一般の基本鑑賞料金が1800円から1900円になるとのことで、消費税の増税も控える中での値上げ発表に驚いた方も多いでしょう。

基本鑑賞料金の改定は、1993年以来の26年ぶりとのことで、映画ファンにとっては頭の痛いニュースですね。

そもそも、現行の鑑賞料金の時点で日本の映画料金は高いと言われています。筆者も漠然と高いなと感じてはいるのですが、ふと考えると何と比較して高いと感じているのかなと自分で不思議に思うこともあります。そして、筆者的にはもっと不思議なのが、日本の映画料金は、名画座などを除いて、全国一律で同じ鑑賞料金であることです。

筆者は映画館に勤めていたこともあるのですが、この記事ではその経験も踏まえて、日本の鑑賞料金がどのようにして決まっているのか、本当に日本の映画館は高いのか、そして今後映画ファン、並びに日本の映画業界はどうすべきなのかを書いてみたいと思います。

米国の映画料金は地域差がすごい

日本の映画館は高いと感じるのですが、例えばアメリカと比較したらどうなのでしょうか。実はアメリカの場合、地域によっては日本とさほど変わりません。

例えば、ニューヨーク。オンラインチケット販売サイトのFandangoで確認してみると、大手シネコンチェーンのAMCでは、2D上映は16.49ドル(1836円)です(マンハッタンにあるAMC EMPIRE 25の値段)。日本とほとんど変わらない値段ですね。もっともAMCでは午前中の上映は割引料金が適用されるので、午前中の上映なら8.39ドル(940円)になります。まあ、割引料金は形を変えて日本にもありますからね。

しかし、これがワイオミング州のAMCのシネコンになると、なんと6.35ドル(711円)になります(AMC CLASSIC FRONTIER 9の値段)。アメリカの場合、地域の物価差を反映して、同じシネコンチェーンでも映画料金が全く異なるんです。フランスなどでも事情は同じで、パリの映画館ならそれなりの値段がしますが、地方ではパリの半額くらいのところもあるようです。

ニューヨークの平均年収は2017年の記事によると約670万(参照)、東京と大体同じくらいですから、ニューヨークと比較したら、東京の映画館の値段は決して高くないと言えるかもしれません。(もっと安いと嬉しいですが)

しかし、ニューヨーク州とワイオミング州の例で見たように、諸外国は大抵全国一律料金ではなく、地域差があります。ニューヨーク州とワイオミング州では最低賃金に3倍くらいの差があり、人件費もテナント代もかなりの差があるでしょうから、鑑賞料金に差がでるのは納得できます。しかし、日本だって東京と地方では人件費もテナント費も異なるはずです。

TOHOシネマズのある都道府県で最低賃金が最も安いのは高知県ですが、東京の985円に対し、高知県は762円。ニューヨーク州とワイオミング州ほどではありませんが、それなりの差あるのに、こうした差異にもかかわらずそれが鑑賞料金に反映されていないのが、日本の映画館の不思議な点です。

今回、TOHOシネマズは値上げの大きな要因の1つにアルバイトなどの人件費の高騰を挙げていますが(参照)、そのわりには人件費の差異による価格差がありません。物価や平均年収などを考慮すると、東京の100円と高知県の100円は、人々の生活にのしかかる重さは全く異なります。

日本の映画館の鑑賞料金にも、もっと地域差があっていいのではないでしょうか。

映画館の料金は映画館が(本当は)自由に決められる

じゃあ、「どうして日本の映画館は、どこもかしこも1800円なの?」という疑問が当然湧いてきます。映画館の料金ってどのように決まっているのでしょうか。

どこでも1800円で上映しているから、なにかその料金でないといけない法律や業界の取り決めでもあるのかと思われがちですが、実際には鑑賞料金は各映画館の裁量で決定することができます。法的には。

「法的には」と書きましたが、法的に自由なはずの鑑賞料金が同じ料金に収斂してしまうのが不思議ですよね。1800円で同じ商品を売るよりも1700円にして競争力をつけようとか考えないのかという疑問を持つ人もいるでしょう。

ここで映画という商品の収益構造の特殊さがかかわってきます。

映画ファンなら知っている人が多いでしょうが、映画の売上は、映画館と配給会社で分け合います。だいたい5:5か、6:4の割合で配給会社と映画館でチケット売上を配分します。これは作品をブッキングする際に個別に取り決めます。こういう契約を歩率契約と呼んでいます。

筆者は厚木の小さい映画館で支配人をやった経験があります。概ねどこの配給会社ともこの配分で取引していました。

こういう商取引の場合、チケット代が1800円なら、配給会社の取り分は900円ということになります。しかし1700円でチケットを売った場合、850円になり利益率が当然下がりますから、鑑賞料金を下げることについて渋る配給会社があるわけです。というか大抵の配給会社は渋ります。

それに加えて、これは個人の体感で、全ての劇場に当てはまるかわかりませんが、配給会社は「あっちでは安い値段で上映しているのはなぜだ」と別の劇場から言われることを恐れているふしもありました。同じ映画なのに価格差が生じると、摩擦が起きて配給会社は板挟みになってしまうんでしょうね。

なので、安い鑑賞料金で上映したい場合は、上映期間を遅らせることになります。他劇場の上映が終わったタイミングなら安い鑑賞料金で出してもバッティングはないので、配給会社もオーケーしてくれるわけです。

逆に言うと、映画の封切り初日から安い金額で上映することはできないので、上映ラインナップの幅は狭くなります。映画館の商品は配給会社から提供してもらうしかない以上、魅力的なラインナップを封切りで上映したければ、どうしても1800円という、他劇場と同じ値段にしないと交渉が成立しないのです。

なので、法的には自由だけど、実際に映画館を運営してみると自由に決められるものでもないという感じでした。厚木では一般1400円の料金設定で上映から一定の期間経った作品を上映する形を採りました(運営会社の変わった現在では異なります)。

ちなみに、映画のチケット代を映画館と配給会社で分配するのが基本、と先に書きましたが、固定の上映料を前払いで配給会社に支払う契約形態もあります。業界ではフラット契約などと呼びますが、予め上映期間も固定で決めて、固定の上映料を払うというやり方です。

名画座などで、全く配給会社の異なる作品を2本立てで上映していることがありますが、こういう上映は基本的にフラット契約を結んでいます。名画座が安い値段で上映できるのは、こういう契約形態を採用しているからでもあります。

新作封切りでこの契約をする配給会社は、僕は聞いたことがありませんが、この契約なら鑑賞料金の設定が作品調達時の交渉に影響することはありません。企画力に自信があり、映画館自体に集客力があるなら、この契約形態はガンガン儲けることができるでしょうね。むしろ、この契約形態は一般的な商品の流通に近いので、このやり方のほうが映画館同士の公正な競争が促されるのでは、と思いますが、映画という商品は売上予測が極めて難しいので、売上も痛みも分かち合う歩率契約の方が安全なのだというのは、理屈としてはよくわかります。実際、厚木の映画館時代に、フラット契約での上映もやったことがありますが、チケット収入が配給会社に支払った額を下回ってしまったこともあります。

なので、法的には自由に価格競争が可能であるにもかかわらず、なかなかそうならないのは、映画業界独特の商習慣による結果と言えると思います。値段で競合を出し抜きにくいんですよね。どこも同じ配給会社と交渉しないといけないので。

東北・北海道のイオンシネマの謎

日本の映画館には価格の地域差がないと先に書きましたが、例外もあって、東北・北海道地方のイオンシネマに関しては一般鑑賞料金1700円のところが多いです。イオンシネマ弘前なんて一般1500円ですが、それでも新作を普通に上映しています。ここは前身のワーナー・マイカル・シネマズ時代からこの価格設定ですが、なぜここだけが安い価格を提供できているのか、作品調達の際に何も言われないのだろうかと不思議に思っています。

東北地方のイオンシネマはいろいろ不思議で、イオンシネマじゃないけどイオングループの映画館「イオンファミリーシアター能代」も一般1600円です。この映画館は今どき公式サイトもなく、イオン能代店の公式サイトすらろくに案内を掲載していない謎の存在なのですが、とにかく一般1600円で新作を上映しているようです。ですので、映画館の料金に差をつけることは、実際にやっている劇場があるので、できないことではないはずなんですよね。

映画館の値上げの歴史は動員減少の歴史

鑑賞料金が1800円になったのは1993年ですが、90年代は日本の映画館の年間動員数が最低を記録した時代です。今はシネコン化によるスクリーンの増加で少し持ち直している状況ですが、最低の動員数の時代に一番価格が高くなったわけです。

映画館の値上げの歴史は、動員数の減少の歴史と重なります。日本の映画館は、観客動員の減少の穴埋めと値上げすることによってカバーしてきました。

故・斉藤守彦氏の『映画館の入場料金はなぜ1800円なのか』でこのあたりの推移が詳しく解説されていますが、日本映画の黄金時代から、テレビの普及などの影響で年間観客動員数は最低記録を更新し続けているのに、70年代後半あたりまで年間興行収入は過去最高を更新し続けるという、奇妙な現象が起こり続けていました。(同著P63)

80年代なかばぐらいまでは、それでもなんとかやれていたのですが、それも90年代に入るとさすがに厳しくなったようで、96年には動員数も興行収入も歴代最低を記録することになります。

この時期から、映画業界も危機感を覚えたのか、料金に関しては一般料金の値下げではなく、割引サービスの多様化という「事実上の値下げ」で、観客動員のテコ入れをはかろうとしました。通産省(今の経産省)が1995年に各映画館運営者に「入場料金弾力化」の要望がだされたことを受け、レディースデーや障害者割引など、今でもお馴染みの割引サービスが登場することになります。映画サービスデーも定着し、その成果もあって年間興行収入、年間動員数ともに下げ止まり、2000年代はシネコンの増加ともに微増を続け、現在では年間動員数1億6000万から7000万人、年間興行収入は2200億円前後で横ばいとなっています。

東宝の決算資料を見てみる

日本の映画館の値上げの歴史は観客動員の減少の歴史とイコールだ、と先に書きましたが、近年は売上が横ばいにもかかわらず、TOHOシネマズはなぜ値上げを発表したのでしょうか。

業界全体では横ばいなのですが、TOHOシネマズに限って言えば、むしろここ数年、利益は上がっています。近年TOHOシネマズは大型の新規出店が続いており、4月12日に発表された通期決算資料とFACTBOOKを見ると、営業利益はここ数年右肩上がりで、6年前と比べると営業利益が倍以上になっています(FACTBOOKのP5を参照)。

面白いのは、今期の興行部門の前年対比で営業収入は11%増で、営業利益がそれを超える29.6%であることです(P3を参照)。値上げの理由は運営コストの上昇とリリースに書かれていましたが、この数字を見ると、むしろ運営コストの合理化に成功して、営業収入以上に実際の利益が高い成長率を示していることになります。

決算資料を見ると、2018年の映画事業は、興行部門以外が減益となっていて、そのせいで映画事業全体も減益なのですが、興行だけは大きく増益している状況です。「人件費や設備投資が利益を圧迫」というのは映画館ではなく、別の事業部のことなのでしょうか、それともこれから映画館のスタッフのお給料を上げるのでしょうか。

2018年4月に発表された東宝の中期経営戦略「TOHO VISION 2021」によると、「TOHOシネマズチェーンの一層の強化のため、都市部の戦略エリアにさらなるシネコン出店候補地を探求する(P14)」とあり、まだまだ出店するつもりのようです。今年は熊本、2020年には池袋にもオープンしますね。

この中期経営戦略には、「TOHOシネマズの高機能・高付加価値化(P11)」という文言も出てきます。もしかしたら、高機能・高付加価値を追求するので、価格を上げるということなのかもしれません。値上げした分、消費者の満足度が高くなるなら、それはそれで有りですね。

一律料金が崩れる今こそ他社にはチャンス

さて、今回のTOHOシネマズの値上げは、映画ファンにとっても痛いところですが、他のシネコンはそれに追随するのかはわかりません。

筆者は、一時的にせよ、一律の鑑賞料金が崩れることは、映画館同士の公正な競争を促すチャンスかもしれないと考えています。少なくとも都心部では、同じ商圏にシネコンが複数あるのは珍しくないですし、消費者にとっては、設備や立地に加えて、価格という面でも選択の余地が広がったことにもなるからです。

もし、TOHOシネマズの値上げ後に、誤差の範囲ではなく、有意なデータとして読み取れるほどに、競合のシネコンとの間に動員の差がつけば、TOHOシネマズも料金体系を見直さざるを得なくなるかもしれません。

料金差がつく6月以降は、他社にとってはチャンスですし、観客も映画館を選ぶようになってほしいと筆者は思います。

もし、安い料金のほうが観客を動員できるとなれば、配給会社も動員力の強い映画館を無視できなくなります。そうなれば、今よりももっと健全な形で競争原理が生まれ、市場の原理による映画鑑賞料金の「適正化」が果たされることでしょう。

筆者がよく行くシネコンは海老名の2館(TOHOシネマズ海老名&イオンシネマ海老名)ですが、まさに今回の値上げによる価格差の影響が強いと思われる地域です。なにせ、2つのシネコンが徒歩5分圏内にありますから。

逆にこれで動員の動向に全然動きがなければ、他社も追随して1900円になるでしょう。筆者は一人の消費者としてそうなってほしくないので(とはいえ消費税が10%になった時はどうなるのか…)、なるべく行動で示そうと思っています。

他社はTOHOシネマズから客を奪うんだという気概を是非見せてほしいと思います。そしてそういう姿勢を示してくれた映画館には、1人の消費者として筆者も積極的に足を運びたいと思います。

(文:杉本穂高)

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    杉本穂高

    杉本穂高

    プロフィール文: 映画ライター。神奈川県厚木市のミニシアター「アミューあつぎ映画.comシネマ」の元支配人。ブログ:「Film Goes With Net」書いてます。

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