30年以上も前の映画が今でも愛されるのはなぜか考えてみた



© 1982 UNIVERSAL CITY STUDIOS, INC. ALL RIGHTS RESERVED.



近年の映画界では、往年の名作を蘇らせた“リバイバル上映”が大きなトピックスになっている。例えば『2001年宇宙の旅』も70mmフィルムでの上映や、現在のIMAX上映で新旧ファンを喜ばせたばかり。そんな中、筆者が愛してやまない“ある作品”がスクリーンに蘇ると発表されたのは今年8月。世界中に多くの熱狂的ファンを持つその作品が日本で上映されるのは、なんと36年ぶりのことだ。10月19日から上映が始まり、もちろん筆者もすぐさま駆けつけたその作品。

『遊星からの物体X』っていうんですけどね。

まさか“SFホラーの金字塔”と呼ばれるこの作品をスクリーンで鑑賞できる日が来ようとは! 映画の神様は懐が実に深い! そこで今回は、現在デジタルリマスター版が公開されている『遊星からの物体X』の魅力について紹介……いや全力で語らせてほしい!

鬼才ジョン・カーペンターの演出がスゲェ!



筆者が『遊星からの物体X』を初めて鑑賞したのは、(何をどう間違えたのか)小学生の頃だった。まだ映画に目覚める前、「とんでもねぇものを観ちまった」感は幼心にも鮮烈に刻まれている。本作が『遊星よりの物体X』をリメイクした作品だと知ったのは後々のことで、映画に開眼してから再び向き合ったときには、ジョン・カーペンター監督の演出力に改めて度肝を抜かれることになった。

ストーリーは南極のごく限られた範囲が舞台で、1頭のハスキー犬がヘリコプターに追われてアメリカ調査隊基地に逃げ込む場面から始まる。犬を追っていたのはノルウェーの調査隊で、不審に思ったマクレディ(演じるのはカート・ラッセル)らがノルウェーの基地に向かうと、そこには自ら命を絶った隊員や“何か”を掘り出した氷塊が。さらにヒトらしき奇妙な死体を収容して持ち帰った矢先、保護していた犬が突如得体の知れないモンスターへと変貌を遂げる。さまざまな状況からノルウェー隊は10万年前に飛来したUFOと“それ”を発見したものの、ヒトに擬態する“それ”によって壊滅したと結論づける。



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要は“地球侵略”が南極という閉鎖空間で起きるわけだが、“それ”によるド派手な襲撃シーンを描きながら、ひたすら淡々と展開していくカーペンター監督の演出がやたら薄ら寒い。南極だけにってか、などとつまらないギャグを言うつもりは毛頭なく、とにかくやたら冷静な目で調査隊が“それ”に乗っ取られていく様を映していくのだ。

そもそもオープニングからしていきなり、走り続ける犬をヘリから狙撃するという問答無用の導入部になっている。何が起きているのか一切分からないまま物語はぐいぐいと進行していき、ノルウェー隊の基地に散りばめられた謎を見つけることになる。謎が提示されたと思いきや、次に犬の頭がぱかーんと割れてモンスターが飛び出してくるのだ(この場面に至るハスキー犬の演技もアカデミー賞レベル)。その様子はもはやクライマックスと言えるような大盤振る舞いの変態シーンにも関わらず、焼き払ったあとは冷静に“それ”はヒトに擬態し、既にメンバーの中にも紛れ込んでいるかもしれないという疑心暗鬼の状況へと突入する。



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その後もモンスターパニックとしてのインパクトを見せつつ、「いったい誰が“それ”なのか」という点が強調されていく展開に。脚本を担当したビル・ランカスターの手腕も見事で、言うなればミステリージャンルでいう“クローズドサークル”としての心理面を克明に浮かび上がらせている。本作に至るまで『ハロウィン』や『ニューヨーク1997』といった名作を手がけてきたカーペンター監督は、きっちりと“それ”の恐怖を(過剰なまでに)描くと同時に、閉鎖空間で追い詰められた人間の心理をも描き切る手腕を淡々と見せつけたのだ。筆者としては“それ”の侵略よりも「ジョン・カーペンター監督が一番怖いよ」と言いたい。

ロブ・ボッティンの造形がエゲつねぇ!



とはいえ、やはり本作の大きな魅力としておぞましき“それ”の存在は絶対に外すことはできない。本作のクリーチャーを生み出したのは、カーペンター監督と『ザ・フォッグ』に続くタッグとなったロブ・ボッティン。その後『ロボコップ』や『トータル・リコール』などやたら映画ファンにウケの良い作品で造形や特殊メイクを手がけることになる才人だが、ボッティンが『遊星からの物体X』に参加したのが22歳の頃というのだからそれもまた恐ろしい。



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繰り返しになるが、本作がSFホラーの金字塔として輝いている理由のひとつに、見るもおぞましいクリーチャーの“独創性”が挙げられる。独創性といえば聞こえはいいが、とにかくそのデザインはかなりグロテスク。冒頭の犬が変異した“Dog Thing(ドッグ・シング)”は制作時間の都合でスタン・ウィンストンがクリエイトしているが、クリーチャー好きかつ動物好きの筆者でも「キモチワルっ!」と叫びたくなるようなデザインで、至る所から手足や触手が飛び出る姿はもはや愛犬家には失神レベルの造形だ。

さらにDog Thingはギリギリ犬の原型をとどめたデザインだったが、以降ボッティンが手掛けた“それ”たちは人知を超えたデザインと呼ぶに相応しい。特に本作はおろかクリーチャー史における有名なビジュアルが“Norris Monster(ノリス・モンスター)”だろう。ノリス・モンスターが登場(誕生?)するに至る仰天のエフェクトもさることながら、変態を続けるノリス・モンスターがクモのような足で天井へと張りつき鬼の形相で睨んでくる姿は、そんじゃそこらの悪夢よりも強烈。これだけでもSFXの神髄を見せられたようなものなのに、ノリス・モンスターから分裂しヒトの頭に足と目玉がバリリと生えた“Spider Head(スパイダー・ヘッド)”は、ちょろちょろと動き回る姿がもはや1周回って可愛く思えるくらいだ(いや見た目は容赦なく殺虫剤を噴きかけたい気持ち悪さだが)。

ラストに登場するモンスターも突き抜けたデザインとなっているので楽しみにしてほしいが、本作はデザインとともにクリーチャーエフェクトが評価された作品でもある。散々グロいだの何だのと書いたが、本作が制作された1982年という時代に注目してほしい。今でこそCGやVFXによって存在しない生き物を生み出すのは常套手段だが、当時そんな先端技術はない。つまり特殊効果マンたちが実際にセットの中でアニマトロニクスなどを操演することで、観客にその存在をリアルに見せてきた。ついおぞましいデザインに目が向けられがちだが、それが“生きている”ように見せる技術が詰め込まれているのも忘れてはいけない。


音楽、モリコーネだってよ



本作を語る上で映画ファンを驚かせるのが、音楽を担当したのが名匠エンニオ・モリコーネだという点だ。モリコーネの代表作である『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』や『ニュー・シネマ・パラダイス』よりも前の作品であり、“西部劇のモリコーネ”というイメージが強かったものの、それでも売れっ子作曲家であることには違いない。現在のフィルモグラフィーからも本作は異色的な位置にあるが、そもそもカーペンター監督自身が自作では音楽まで担当していることから見ても、他人に音楽担当を任せるという意味でもレアな作品となった。



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さすがに『ニュー・シネマ・パラダイス』の音楽を聴いてから『遊星からの物体X』を観るような物好きはいないと思うが、それでもやはり本作の音楽がいかに特別なものであるかはオープニングではっきりとしている。むしろモリコーネの不気味なテーマ曲があったからこそ、冒頭の犬が銃で狙われ続ける場面の不可解性が際立つ。つまり、冒頭から恐怖を感じるのであればその原因はモリコーネにあると言っても過言ではないのだ。モリコーネよ、なんということをしてくれたのですか、と。

もともとモリコーネといえば『荒野の用心棒』のテーマ「さすらいの口笛」でギターと口笛にメロディを委ねるなど、これまでの映画音楽の形にこだわることのないスタイルを見せてきた。本作でもバリトンのような太い音色のリズムに電子音楽が乗せられたフレーズが繰り返されるだけで、得体の知れない恐怖感を生み出すことに成功している。これは余談だが、本作はモリコーネが初のアカデミー作曲賞を獲得することになったクエンティン・タランティーノ監督の『ヘイトフル・エイト』と共通する点がいくつもある。その共通点を探しながら(あるいは聴き比べながら)、『遊星からの物体X』を観てみるのも楽しみ方のひとつかもしれない。


まとめ



デジタルリマスター版として、36年ぶりの公開となった今回のリバイバル上映。丸の内ピカデリーをはじめ10月19日から上映がスタートしているほか、12月にかけて各地で公開される。いやはやこんなとんでもない作品をまだ幼い筆者に見せてしまう親も親だが、こうしてスクリーンに蘇り、よもや記事にしてしまおうというのも不思議な縁を感じてしまう。確かにえげつない描写は多いものの、実は思ったほど血しぶき描写に溢れているわけではない本作。むしろそれ以上に作り手たちのぶっ飛んだ熱意が、小学生時分の筆者にも伝わる(しかも後々モンスターのフィギュアを買うに至る)ような作品なのだから、思い切ってリバイバル上映を機にご覧になってはいかがだろう?

(文:葦見川和哉)

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