『スリー・ビルボード』は“愛と執念の物語”と見せて、実はエンタメ要素満載の娯楽作!

(C)2017 Twentieth Century Fox

先日発表されたゴールデン・グローブ賞では、『シェイプ・オブ・ウォーター』を押えて見事最優秀作品賞を受賞!その他にも最優秀主演女優賞、最優秀助演男優賞、最優秀脚本賞に輝いた話題作『スリー・ビルボード』。本年度のアカデミー賞でも最有力候補とされる本作を、今回は公開初日の最終回で鑑賞して来た。タイトルからは具体的な内容がイメージしにくいためか、シネコンの一番小さなスクリーンでの上映だった本作。果たしてその出来はどうだったのか?

ストーリー

ミズーリ州の小さな田舎町。娘をある事件で殺されたミルドレッド(フランシス・マクドーマンド)は、事件発生から7ヶ月経っても犯人を逮捕出来ない警察に苛立ち、警察の捜査怠慢に対する挑戦的な言葉を、寂れ果てた道路脇の3枚の巨大な広告看板に掲げる行動に出る。警察署長やその部下、そして町の人々からの様々な妨害に会っても、決して広告を取り下げようとしない彼女。やがてこの看板の広告が、静かな町を予想もしない大事件に巻き込んで行くのだが・・・。

予告編

重いテーマを扱いながらも娯楽要素満載の本作は、全てが予測不可能!

ストーリーと予告編の内容から、「娘が殺された事件の真相を追及する母親と、腐敗した警察との争いで暴かれる陰謀!」そんな印象をお持ちの方も多いのではないだろうか?あるいは「何か暗くて重い映画みたいだからちょっと・・・」と劇場での鑑賞を躊躇されている方もおられると思う。

結論から言おう。確かに最優秀作品賞に選ばれるだけあって、実に素晴らしい作品だった!実は、自分も暗く重い内容の作品だと予想して観賞に臨んだのだが、予想外にエンタメ要素が満載で楽しめる内容だったのには驚いた。特に終盤のあるシーンなどは、完全に『ランボー』の一作目を思い出させる程!

(C)2017 Twentieth Century Fox

本作の魅力は数々あるのだが、何と言ってもその脚本の凄さと登場人物たちの深い描き方、そして登場人物に見事に命を吹き込んだ、キャスト陣の演技の素晴らしさが挙げられる。

特にディクソン巡査の母親役を演じた女優の演技を始め、脇を固めるキャスト陣の自然な演技は必見なので、お見逃し無く!

更に、ネットでも多くの方が触れている通り、正に予測不可能な展開が連続する脚本は、最後まで観客を決して飽きさせない。そして、登場人物たちの内面の深い描き込みは、今まで見てきたドラマや映画の登場人物が、まるで薄っぺらく思える程。確かに、本作の登場人物はスクリーンの中で息づいている!そうとしか思えない程に人間らしい登場人物だけに、彼らが取る型破りの行動も観客には実に納得出来るのだ。

しかも前述した様に、重い題材を扱いながら『ランボー』を思い出させる程、派手なスタントシーンが登場するなど、エンタメ要素もしっかり押さえて、決して暗く難しい退屈な映画にしていないのが、本作の素晴らしい所!

静かな人間ドラマがメインでありながら、実は意外とアクション映画ファンも楽しめてしまう本作。

もしも少しでも本作に興味があったり気になっているのなら、迷わず今すぐ見に行かれることをオススメします!

(C)2017 Twentieth Century Fox

敢えて孤独な戦いを挑んだ母親の、娘への強い想いとは?

主人公のミルドレッドが、何故これほどまで犯人逮捕に執着するのか?実はその理由は、既に映画の序盤で観客に明らかにされる。娘の死を止められなかったのは自分のせいだと、自身を責め続けるミルドレッド。事件がこのまま未解決に終わり、やがて人々の記憶からも忘れ去られてしまうことは、彼女にとって娘の存在を二度殺すことになる。だから彼女は、町全体と対立してまで事件の解決を要求するのだ。自身の過去の過ちの償いのため、そして娘の存在を消さないために。

そう、ミルドレッドが一番怒りを向けたいのは、実は警察では無く自分に対してなのだ。

(C)2017 Twentieth Century Fox

母親として犯した過ちを、今自分がやれることで償おうとするミルドレッドの姿。何かにすがらなければ、これからの人生に生きる意味さえ見出せない程、ミルドレッドが精神的に追い込まれて人格崩壊に向かっていることは、スリッパを印象的に使ったシーンでも明らかだ。

娘を失い夫婦・家族関係も崩壊した今、彼女にとって唯一持てる希望と生きるための理由が犯人の逮捕。そこにはミルドレッド自身が救われたいと願う気持ちと、娘のために全てを早く解決したいとの想いが含まれている。

看板の広告により捜査が再開・進展することで、彼女が一番欲しかった物、それは希望。
そう、たとえ犯人が捕まっても娘は生き返らないが、事件発生以来止まったままでいるミルドレッドの時間は、再び動き出すことが出来るからだ。
そんなミルドレッドが、映画のラストで初めて見せる笑顔の素晴らしさ!意識せず思わずこぼれたあの笑みこそが彼女の心の余裕であり、やっと希望と赦しを得た者の象徴なのだ。

魅力的な登場人物による群像劇、果たして本作が伝えようとした物とは?

「怒りは怒りを来す(きたす)」との本編中のセリフにもある通り、主人公ミルドレッドが町の警察に投げかけたある問いかけを発端に、終わりの無い不毛な争いがこの小さな町に次第に燃え広がって行く。

ここで重要な存在となるのが、看板に名指しで質問を書かれた警察署長ウィロビー(ウッディ・ハレルソン)と、部下のディクソン巡査(サム・ロックウェル)の二人だ。ある問題を抱えながらも、家庭では良き夫であり町の人々に慕われているウィロビー署長と、人種差別主義者で暴力的なディクソン巡査。映画の中盤までは、この二人とミルドレッドとの対立が中心に描かれて行く。

(C)2017 Twentieth Century Fox

ミルドレッドの広告が引き金となって始まった諍いが、町中巻き込んでの衝突にエスカレートしようとしていた時、ウィロビー署長が取ったある行動。そして、署長の本心に触れたディクソン巡査が、自分の身の危険を顧みず取った咄嗟の行動。その行動が更にミルドレッドの凍り付いた心までも溶かす!という、この展開の素晴らしさ!

更には、自分が酷い目にあっても他者への優しさを忘れなかった青年のある行動が、全ての怒りと憎しみの連鎖を止める重要なカギとなる展開も見事!
そう、他者への無関心こそが全ての事件や諍いの原因であり、過ちを犯した者への寛大な赦しの心こそが、怒りと憎しみの連鎖を止めることが出来る!と示される終盤の展開に、我々観客は今までのミステリー要素や対立のサスペンスが、実は壮大な前フリだったことに気付かされる。

(C)2017 Twentieth Century Fox

看板の広告を巡って、激しく対立していたミルドレッドとディクソン巡査の二人だが、実は二人にはある共通点がある。
母親として、そして警官として不適格と思われた二人が突然その役割を奪われることで、初めて贖罪のために正しい行動を起こすというその皮肉さ。

周囲に対して攻撃的で差別主義だったディクソン巡査が、自らの危険を省みず持ちだそうとした、ある物。実はそれこそが、彼の中で他者への無関心が破られた証拠なのだ。そしてその物を見たミルドレッドの心にも、今まで敵としてしか認識していなかった他者への関心という、大きな変化が生まれることになる。

善か悪か、正論か言い訳か、二者択一で綺麗に割り切ることなど出来ないのが、人間という複雑な存在。でも、完璧で無い存在だからこそ、過ちを犯してもまた人生を再生出来る、という本作のメッセージ。但し、その人生の再生に要求される苦しみの想像を越える重さも、本作ではちゃんと描いているから素晴らしいのだ。

それを象徴するかの様な本作のラストは、悲しみに沈む全ての人々に希望と勇気を与えるものであり、観客それぞれが様々な解釈と、その後の展開を考えられる見事な物に仕上がっている。

果たしてこの登場人物たちの希望の先に、あなたはどんな将来を予想されるだろうか?

最後に

道路脇に長い間放置され、朽ち果てたままその存在すら忘れ去られていた三枚の巨大な看板。それは娘が殺された時点で人生の時計が止まったままの、主人公の心や日常そのものだった。そこに掲げられた問いかけの言葉が、一見平穏に見えていたある田舎町の日常を狂わせて行く。

愛する娘への償いのため、過激とも思える行動に出た母親。だが、被害者側と同様に捜査する側の警察にも個人の生活と秘密があり、そこに踏み込まれた時に遂に大きな衝突が生まれることになる。

(C)2017 Twentieth Century Fox

ネットやSNS上の仮想空間では無くリアルな生身の人間同士だけに、お互いに大きな犠牲を払うまでこの衝突は終わることがないのでは?と思わせるのだが・・・。

自分自身の重大な問題で精一杯であるはずのウィロビー署長が、それでも部下と町の人々への思いやりを決して忘れなかったことで、部下のディクソン巡査に自尊心を与え、更にはミルドレッドに希望を与えるという、この善意の連鎖。それこそが終わりの無い怒りの連鎖を食い止めて、最終的に人々に希望を与えるという本作のテーマは、国や世代、宗教・文化の壁を越えて、全ての人々の心に深く届く物となっている。

電車の中のマナーやコンビニのレジでのトラブルなど、我々の周りにも本作で描かれた様な、他者への無関心による争いは後を絶たない。自分がもしもこの人の立場になったら?そう思うだけの想像力があれば、もしかしたら争いは避けられるのかも知れない。ただ、その想像力もあくまでも自身の心に余裕があってこそ生まれる物なのだ。

本作を観賞して何か心に感じる物があった方は、是非とも昨年のアカデミー賞候補にもなった映画『マンチェスター・バイ・ザ・シー』を観ることをオススメする。愛する者の死に責任があると悩み苦しむ人々の、正にどん底からの魂の再生を描く内容は、きっと「スリー・ビルボード」を読み説くヒントを与えてくれるはず。
見ればきっと、女子力ならぬ映画力がアップすることは確実なこの二本。まとめて全力でオススメします!

(文:滝口アキラ)

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    ライタープロフィール

    滝口アキラ

    滝口アキラ

    滝口アキラ 映画ライターにしてブルース・リー研究家。主な著書に、「ブルースリー超全集」「俺たちのジャッキーチェン」「俺たちの007」などがある。映画のコミカライズや、日本オリジナル映画主題歌などの、「失われた映画カルチャー」にも造詣が深く、TBSラジオ「ウイークエンドシャッフル」へのゲスト出演、今関あきよし監督作品への声優出演、更には「実際に映画に出演する映画ライター」として、現在「毎月1本必ず映画に出る」をノルマに活動中。その抜群の企画力と、交友関係の広さには定評がある。

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