秋は、しっとりとした時間に物語の世界へ没入するのが似合う季節だ。
先週の司馬遼太郎特集に続き、今週は“司馬と双璧”と称される歴史・時代小説の名匠 池波正太郎 に焦点を当てたい。
『鬼平犯科帳』『雲霧仁左衛門』『剣客商売』『仕掛人・藤枝梅安』……。
池波の筆は常に人間の業や欲望を見据えながらも、そこに義や矜持の匂いを滲ませる。
だからこそ、映像化された作品群も単なる勧善懲悪にとどまらず、時に暗黒街の呼吸までもスクリーンに焼き付けてきた。
今回は、池波文学を原作とした映画3作を取り上げる。
『雲霧仁左衛門』（1978年／監督：五社英雄）
(C)1978 松竹株式会社
まず紹介するのは、1978年公開の『雲霧仁左衛門』。
仲代達矢が大盗賊・雲霧仁左衛門を演じた。
原作は1970年代に発表された池波正太郎の人気小説で、「殺さず、犯さず、貧しきからは奪わず」という盗賊の三カ条を掲げる一味と、火付盗賊改方との丁々発止の攻防が描かれる。
(C)1978 松竹株式会社
監督は五社英雄。
血と肉を感じさせる豪快な殺陣、雨や炎を駆使した映像美で知られる彼の演出は、本作でも健在だ。
仁左衛門の知略、女賊お千代（岩下志麻）の妖艶さ、配下の男たちの矜持が、泥臭くも華やかな時代絵巻として織り上げられる。
クライマックスは尾張の豪商を狙った大仕掛け。
火盗改方との真っ向勝負に挑む仁左衛門の姿は、単なる盗賊を超えた“悪のヒーロー”そのものだ。
興行収入は6億円超のヒットを記録し、時代劇の一つの到達点として記憶される一本となった。
(C)1978 松竹株式会社
『闇の狩人』（1979年／監督：五社英雄）
(C)1979 松竹株式会社
続いて1979年公開の『闇の狩人』。
前年に続いて五社英雄が監督を務め、仲代達矢と原田芳雄がタッグを組んだ。
舞台は田沼意次の治世。
賄賂と腐敗が渦巻く江戸の裏面で、金で“仕掛け”を請け負う暗黒組織が暗躍する。
仲代が演じる五名清右衛門は冷徹な元締め。
彼の下で働くのが、記憶を失った浪人・谷川弥太郎＝原田芳雄だ。
剣の冴えと無垢な人柄を併せ持つ弥太郎は、裏稼業の駒として次第に深みに絡め取られていく。
(C)1979 松竹株式会社
五社演出の持ち味である暴力とエロスは健在。
闇の江戸を描く映像は濃密で、佐藤勝の低弦が響くスコアが緊張感を高める。
岸惠子、いしだあゆみ、藤田まこと、丹波哲郎、千葉真一ら豪華な共演陣も、濃い人間模様を縦横に織りなす。
池波の筆が生んだ「悪のヒーロー」が、スクリーンでは血と匂いを伴って迫ってくる。
『鬼平』の正義に対し、“裏の正義”を担うもう一つの池波世界を知るにふさわしい。
(C)1979 松竹株式会社
『鬼平犯科帳 劇場版』（1995年／監督：小野田嘉幹）
(C)1995 松竹株式会社／フジテレビジョン
最後に紹介するのは、1995年公開の『鬼平犯科帳 劇場版』。
池波の代表作であり、累計3000万部を突破した名作捕物帳の映画化だ。
主演は二代目・中村吉右衛門。
テレビシリーズで圧倒的支持を得た“鬼平”像を、そのまま大スクリーンへ持ち込んだ。
ストーリーは、かつて恋仲だった盗賊・狐火の勇五郎（世良公則）と再会した密偵・おまさ（梶芽衣子）、そして勇五郎の名を騙る弟・文吉（遠藤憲一）を巡る物語。
さらに大阪の大親分（藤田まこと）、江戸の女盗賊・荒神のお豊（岩下志麻）が絡み、鬼平＝長谷川平蔵は複雑な人間模様の中で決断を迫られる。
(C)1995 松竹株式会社／フジテレビジョン
「迷うな、ためらうな、一歩もひくな！」のキャッチコピーが示す通り、映画は勧善懲悪に収まらない“人の業”をあぶり出す。
平蔵の信念と密偵たちの矜持、盗賊たちの仁義がせめぎ合う物語は、まさに池波文学の真髄だ。
松竹創業100周年記念作品として製作され、鬼平ファンにとって記念碑的な映画となった。
(C)1995 松竹株式会社／フジテレビジョン
おわりに
三作に共通するのは、池波正太郎が描いた「表と裏の正義」の対比だ。
『鬼平犯科帳』が公権力と市井の情を軸にした“表の正義”なら、『雲霧仁左衛門』『闇の狩人』は盗賊や仕掛人の視点から描く“裏の正義”。
そのどちらも、単純な善悪ではなく、人間の欲望と掟の間で揺れる姿を描き出す。
文学の秋。
司馬遼太郎に続いて池波正太郎を映画で味わえば、江戸という時代がどれだけ豊饒で、人間臭さに満ちていたかが見えてくるだろう。
関連記事
秋は“司馬遼太郎”が似合う――映画が映す、幕末の矜持とタブー
配信サービス一覧
『雲霧仁左衛門』
・U-NEXT
・Hulu
・Lemino
・Amazon Prime Video
・RakutenTV
・AppleTV＋
『闇の狩人』
・U-NEXT
・Hulu
・Lemino
・Amazon Prime Video
・FOD
・AppleTV＋
『鬼平犯科帳 劇場版』
・FOD
