秋の夜長、本を開くのもいい。
けれど今年は、映画とドラマで“文学の秋”を味わってみてはどうだろう。
今回の「金曜映画ナビ」で取り上げるのは、司馬遼太郎と池波正太郎。
『竜馬がゆく』『燃えよ剣』『峠』を生んだ司馬遼太郎。そして『鬼平犯科帳』『剣客商売』『仕掛人・藤枝梅安』を生んだ池波正太郎。
同じ歴史・時代小説の巨匠でありながら、二人が見つめた「人間」は驚くほど違う。
司馬が描くのは、歴史が大きく動く瞬間に、自分の意志で時代と格闘する人間たち。
池波が見つめるのは、表の社会から一歩外れた場所で、欲望や情、矛盾を抱えながら生きる人間たち。
幕末の英雄と、江戸の殺し屋。
表舞台と裏街道。
大義と日常。
この二人を映像作品で続けて観ると、日本の時代小説がなぜこれほど面白いのかが、鮮やかに浮かび上がってくる。
- 司馬遼太郎は「歴史が動く瞬間」に人間を置く
- 『峠 最後のサムライ』――戦いたくない男が、なぜ戦わなければならなかったのか
- 『燃えよ剣』――90分、モノクロ。なのに土方歳三がとてつもなく熱い
- 『竜馬がゆく』――約500分かけて観るからこそ、坂本竜馬が“人間”になる
- 池波正太郎は「歴史の裏側」に人間を置く
- 映画『必殺仕掛人』――藤枝梅安が“田宮二郎”だった劇場版第1作
- 『必殺仕掛人 梅安蟻地獄』――わずか3カ月後、梅安が緒形拳になる
- 『必殺仕掛人 春雪仕掛針』――“殺すべき相手”が、かつて愛した女だったら
- 『仕掛人 藤枝梅安』――2006年、岸谷五朗が演じた「人を救し、人を殺す男」
- 『狼よ落日を斬れ・風雲篇、激情篇、怒濤篇』――池波正太郎が“幕末”を描くと、こうなる
- 司馬遼太郎と池波正太郎――二人が描いたのは、結局「どう生きるか」だった
- “文学の秋”は、映画から始めてもいい
- 配信サービス一覧
司馬遼太郎は「歴史が動く瞬間」に人間を置く
司馬遼太郎の幕末ものには、強烈な主人公がいる。
河井継之助。
土方歳三。
坂本竜馬。
三人とも幕末を生きた。しかし、立っている場所はまるで違う。
河井は小藩の運命を背負い、土方は新選組という組織を背負い、竜馬は藩という枠そのものから飛び出していく。
面白いのは、司馬が同じ時代を一方向から描いていないことだ。
勝者だけでもない。敗者だけでもない。
「この男には、世界がどう見えていたのか」。
そこから歴史を描き直していく。
だから司馬作品は、歴史を知っていても面白い。
むしろ結末を知っているからこそ、その人物が“どう生きるか”に引き込まれる。
『峠 最後のサムライ』――戦いたくない男が、なぜ戦わなければならなかったのか

最初に観たいのが、小泉堯史監督、役所広司主演の『峠 最後のサムライ』だ。
司馬遼太郎の長編『峠』を初めて映画化した作品で、製作年2019年、劇場公開日は2022年6月17日、本編114分とされている。
監督・脚本は小泉堯史、音楽は加古隆。
役所広司のほか、松たか子、田中泯、佐々木蔵之介、吉岡秀隆、仲代達矢らが出演する。
主人公は越後長岡藩家老・河井継之助。
映画が強く打ち出すのは、継之助を単純な「勇猛な武士」にしないことだ。
戊辰戦争が始まり、日本が新政府側と旧幕府側へ分かれていくなか、継之助は長岡藩を守る道を探る。しかし小千谷談判は決裂し、長岡藩も戦火へ巻き込まれていく。

ここに司馬文学らしい皮肉がある。
時代の先を読もうとする合理主義者でありながら、最後には「長岡藩の家臣」という自らの立場から逃れられない。
新しい時代が見えているのに、古い時代への責任も捨てられない。
役所広司の継之助には、その矛盾がある。
大声で理想を叫ぶのではない。考え、迷い、それでも決断する。
だから『峠 最後のサムライ』は、幕末映画であると同時に、組織のトップに立つ人間の映画としても刺さる。
「正しい判断」と「守らなければならないもの」が一致しないとき、人はどうするのか。
その問いは、150年以上前の話とは思えないほど現代的だ。
『燃えよ剣』――90分、モノクロ。なのに土方歳三がとてつもなく熱い

続いては1966年の『燃えよ剣』。
市村泰一監督、栗塚旭主演。脚色は加藤泰、撮影は酒井忠、音楽は渡辺岳夫。
1966年11月12日公開、モノクロ90分の作品である。
※2021年公開の岡田准一主演版と間違えないでほしい。
今回観たいのは、栗塚旭が土方歳三を演じた1966年版だ。
ここでの土方は、最初から歴史上の「鬼の副長」ではない。
武州多摩で喧嘩剣法に明け暮れる若者が、近藤勇と出会い、新選組へ入り、やがて歴史の濁流へ呑み込まれていく。
映画は原作の巨大な物語を90分に凝縮し、土方と宿敵・七里研之助、そして佐絵との関係を前面に押し出す。
だからこそ、歴史教科書では見えない“若い土方”が浮かび上がる。
さらに面白い事実がある。
国立国会図書館の調査によれば、小説『燃えよ剣』は『週刊文春』1962年11月19日号から1964年3月9日号まで、全68回にわたって連載された。
一方、司馬は1962年に『竜馬がゆく』の連載も開始している。
つまり司馬は同じ時期に、倒幕側を駆ける坂本竜馬と、幕府側で戦う土方歳三という、幕末の“反対側”に立つ二人を書いていたことになる。

これを知ってから『燃えよ剣』と『竜馬がゆく』を続けて観ると、面白さが一段変わる。
司馬は「どちらが正しかったか」だけを書いていたのではない。
人間は、どの場所に立ち、何を信じ、どう生き切るのか。
土方歳三は、その問いに「組織とともに最後まで行く」という答えを突きつける。
『竜馬がゆく』――約500分かけて観るからこそ、坂本竜馬が“人間”になる

河井継之助、土方歳三と来たら、やはり坂本竜馬を外すわけにはいかない。
今回取り上げる『竜馬がゆく』は、市川染五郎(現・松本幸四郎)が竜馬を演じた2004年版。
テレビ東京開局40周年記念の新春ワイド時代劇として2004年1月2日に放送され、テレビ東京の記録では午後2時から午後11時55分まで。
本編498分のテレビドラマ。
脚本は長坂秀佳、監督は松原信吾と奥村正彦。
いまの配信時代に見ると、むしろ贅沢だ。
竜馬が土佐から飛び出し、勝海舟らと出会い、薩長を結びつけ、大政奉還へ向かっていく。
その人生を急いでダイジェストにせず、周囲の人間たちも含めてじっくり描ける。

市川染五郎の竜馬には、後世から見た「偉人」になる前の若さがある。
この男なら、身分も藩も思想も違う相手と話せるかもしれない。
そんな人間的な軽やかさが、長尺だからこそ少しずつ効いてくる。
『峠』の河井継之助は藩を背負う。
『燃えよ剣』の土方歳三は組織を背負う。
そして『竜馬がゆく』の坂本竜馬は、そうした枠から飛び出していく。
三作を並べると、司馬遼太郎が描いた「幕末」が一枚の巨大な地図のように見えてくる。
池波正太郎は「歴史の裏側」に人間を置く
一方、池波正太郎の世界へ入ると、空気が変わる。
政治の大転換や国家の未来ではない。
腹が減る。
酒を飲む。
女を愛する。
金が欲しい。
誰かを憎む。
そして、ときには人を殺す。
池波文学の人間たちは、英雄になる前にまず「生き物」だ。
その象徴ともいえる人物が、藤枝梅安である。
表では、人の身体を治す鍼医者。
裏では、金を受け取り、人を殺す仕掛人。
人を救う手と、人を殺す手が同じ男の身体についている。
この矛盾こそ、『仕掛人・藤枝梅安』最大の魅力だ。
映画『必殺仕掛人』――藤枝梅安が“田宮二郎”だった劇場版第1作

1973年6月9日公開の映画『必殺仕掛人』は、本編87分。
監督・脚本は渡辺祐介、共同脚本は安倍徹郎、音楽は鏑木創。
テレビシリーズの人気を受けて製作された劇場版第1作である。
ここで藤枝梅安を演じるのは、緒形拳ではない。
田宮二郎だ。
テレビ版で緒形拳が演じた梅安を田宮二郎、西村左内を高橋幸治が演じる一方、元締・音羽屋半右衛門はテレビ版と同じ山村聰。
原作「おんなごろし」と短編「梅雨の湯豆腐」を組み合わせた物語になっている。
この“田宮梅安”が面白い。
田宮二郎の持つ知性と色気、そしてどこか近寄りがたい冷たさが、「医者であり殺し屋」という梅安の二重性によく似合う。
しかも劇場版はここから、驚くべき変化を見せる。
『必殺仕掛人 梅安蟻地獄』――わずか3カ月後、梅安が緒形拳になる

第1作から約3カ月後の1973年9月29日。
劇場版第2作『必殺仕掛人 梅安蟻地獄』が公開された。
監督は引き続き渡辺祐介。
本編91分。
そして藤枝梅安は、田宮二郎からテレビ版でおなじみの緒形拳へ交代する。
林与一も出演するが、ここではテレビ版の西村左内ではなく小杉十五郎を演じる。
つまり劇場版『必殺仕掛人』3作は、単純に同じキャストで続いていくシリーズではない。
田宮二郎の梅安を観た直後に緒形拳の梅安を観ると、同じ「藤枝梅安」という人物が俳優によってどれほど変わるのかがよくわかる。

田宮版には研ぎ澄まされた都会性がある。
緒形版には、もっと土の匂いがする。
愛嬌もある。
しかし、だからこそ殺しへ転じた瞬間が怖い。
一人のキャラクターを二人の名優で見比べられる。
いま一気見するなら、ここは絶対に見逃したくないポイントだ。
『必殺仕掛人 春雪仕掛針』――“殺すべき相手”が、かつて愛した女だったら

劇場版第3作『必殺仕掛人 春雪仕掛針』は1974年2月16日公開。
監督は貞永方久、脚本は安倍徹郎、音楽は鏑木創。
本編89分で、梅安を緒形拳、小杉十五郎を林与一、音羽屋半右衛門を山村聰が演じる。
さらに岩下志麻、夏八木勲、地井武男、高橋長英らが顔をそろえる。
本作が強烈なのは、仕掛けの標的と梅安の過去が交差することだ。
盗賊団の首領・お千代を演じるのは岩下志麻。
そして彼女は、かつて梅安が愛した女だった。
仕掛人は金を受け取って人を殺す。
そこに私情を入れてはいけない。
しかし、その相手に過去があったら?
愛情が残っていたら?

池波正太郎の世界では、善と悪がきれいに二つへ分かれない。
悪人を殺せば全部解決、ではない。
人間は善にも悪にもなり、その間を行き来する。
雪の白さと血の赤さ。
緒形拳と岩下志麻。
シリーズ3作目にして、『必殺仕掛人』は単なる“悪人退治”を越え、愛と殺しが同じ場所に存在する時代劇へ踏み込んでいく。
『仕掛人 藤枝梅安』――2006年、岸谷五朗が演じた「人を救し、人を殺す男」

時代は一気に2006年へ。
岸谷五朗主演の『仕掛人 藤枝梅安』は劇場映画ではなく、フジテレビと松竹によるテレビドラマ。
2006年11月4日に放送され、本編93分。
監督は林徹、脚本は田村惠で、岸谷五朗が梅安、小日向文世が彦次郎、原田龍二が小杉十五郎、高岡早紀がおもん、藤田まことが音羽の半右衛門を演じる。
原作としてクレジットされているのは「梅安蟻地獄」と「闇の大川橋」。
1970年代の『必殺仕掛人』を知っている人ほど、藤田まことが闇の元締として登場することにも反応してしまうはずだ。

そして岸谷五朗の梅安は、緒形拳とも田宮二郎とも違う。
小日向文世演じる彦次郎との間には、長く裏稼業を生きてきた男たちの静かな親密さがある。
一方、高岡早紀演じるおもんといる時間には、「殺し屋」でも「名医」でもない梅安の顔が見える。
人を殺す男にも、帰りたい場所がある。
その日常があるからこそ、仕掛けの闇が濃くなる。
2006年版は、梅安というキャラクターが時代を超えて何度も映像化される理由を知るのに格好の一本だ。
『狼よ落日を斬れ・風雲篇、激情篇、怒濤篇』――池波正太郎が“幕末”を描くと、こうなる

そして今回、司馬遼太郎と池波正太郎をつなぐうえで最も重要な一本がある。
1974年9月21日公開、三隅研次監督の『狼よ落日を斬れ・風雲篇、激情篇、怒濤篇』だ。
タイトルを見ると3本の映画のようにも思えるが、松竹の作品データベースでは上映時間159分の一本の映画として登録されている。
主演は高橋英樹。緒形拳、近藤正臣、西郷輝彦、田村高廣、松坂慶子、太地喜和子らが出演し、音楽は伊福部昭。

主人公・杉虎之助を中心に、中村半次郎、伊庭八郎、沖田総司ら幕末の剣客たちが交錯する。
ここが面白い。
同じ幕末でも、司馬遼太郎作品とは手触りがまるで違う。
司馬作品では、人物の思想や時代を見る目が物語を動かしていく。
対して池波世界では、剣を持った人間同士が出会い、惚れ、友情を結び、敵味方へ分かれ、それでも斬らなければならない。
思想より先に身体がある。
理屈より先に、生と死がある。
そこへ『座頭市』や『子連れ狼』などで知られる三隅研次の演出が加わる。
159分という長尺で描かれるのは、単なる幕末オールスター映画ではない。
時代が変われば、それまで「強さ」だったものが、突然、時代遅れになる。
剣に生きた男たちは、新しい時代の入口で何を失うのか。
司馬作品と並べて観ることで、この映画はさらに面白くなる。

司馬遼太郎と池波正太郎――二人が描いたのは、結局「どう生きるか」だった
司馬遼太郎と池波正太郎。
二人の作品を8本続けて観ると、決定的な違いと、不思議な共通点が見えてくる。
司馬の主人公たちは、歴史の大きな流れを見ようとする。
河井継之助は藩をどう残すかを考え、土方歳三は新選組という組織を生き抜き、坂本竜馬は日本そのものの形を変えようとする。
池波の主人公たちは、もっと人間の近くにいる。
腹を空かせ、酒を飲み、女に惚れ、金を受け取り、殺しをする。
正義だけでは生きられない。
しかし悪だけにもなり切れない。
その曖昧な場所で、人間は自分なりの掟を持つ。
一方は「歴史」を通して人間を見る。
もう一方は「人間」を通して時代を見る。
だから、どちらも古びない。
“文学の秋”は、映画から始めてもいい
歴史小説は長い。
名作と言われれば言われるほど、「いつか読もう」と思ったまま本棚で眠ってしまうこともある。
だったら今年の秋は、映画から入ってみよう。
役所広司の河井継之助を見る。
栗塚旭の土方歳三を見る。
市川染五郎の坂本竜馬を見る。
田宮二郎と緒形拳、そして岸谷五朗の藤枝梅安を見比べる。
高橋英樹、緒形拳、近藤正臣、西郷輝彦が幕末を駆ける『狼よ落日を斬れ』に身を委ねる。
そこから原作を開けば、文字の向こうから俳優たちの声が聞こえてくるかもしれない。
司馬遼太郎と池波正太郎。
二人の巨匠が描いた世界は違う。
けれど最後に残る問いは、案外同じだ。
時代が変わる。
正義も変わる。
昨日までの常識が、明日には通用しなくなる。
それでも、人はどう生きるのか。
2026年の秋に、この8作を観る理由はそこにある。
文学の秋。
今年は「読む」前に、「観る」ことから始めてみてはいかがだろう。
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