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©2019映画「愛がなんだ」製作委員会
現在、映画『愛がなんだ』が公開中です。初めに結論を申し上げれば、本作は「恋愛について“非リア充”であることを自覚している人に絶対に観て欲しい」作品でした! キラキラした中高生向け胸キュン映画のような「好きな人と付き合えて幸せ〜!」な感じには1ミリたりともならない、登場人物それぞれが抱えたリアルすぎるダメさに「わかる〜!」と共感しっぱなし、時には切なさいっぱいのシーンに泣きながら(その滑稽さにも)笑ってしまうという、新たな恋愛映画の傑作だったのです。その魅力を以下にお伝えします!
1:ダメダメな人たちのダメダメな恋愛映画だった!
本作のヒロインを客観的にみれば、“ダメな男に依存しすぎているダメな女”です。金曜日に連絡してくることが多い男に合わせて、携帯が鳴るまで会社で時間を潰しており、心ここにあらずの彼女の勤務態度はボロボロ。いざ電話をしてきた男が「熱が出た」と言うともちろん家に飛んで行き、甲斐甲斐しく手料理を作ってお風呂場も掃除してあげるのですが……深夜にも関わらず男に「そろそろ帰ってくれるかな」と言われてしまうのです。しかも、友達に「悪いこと言わないからそんな“俺様男”やめときな」と助言されても、全く聞き耳を持ちません。
他のキャラクターも、そのヒロインとはまた別の面でダメダメなところを見せていきます。男はちゃんと仕事をしているようで「俺33歳になったら仕事を辞めて野球選手になるんだ〜」などと言って(冗談?)いますし、そもそも前述した通り好きでいてくれるヒロインにあまりに冷たかったり、または恋心そのものを理解しようとしません。
さらには、ヒロインの友達も“都合のいい年下の男”を家に気ままに呼び寄せているという不誠実さがありますし、その年下の男も主体性のない“流されっぱなし”な性格のようだし、中盤から登場する強烈なキャラの女性はもう……(実際に観て欲しいので具体的な言動は伏せておきます)みんながリアルなダメさを見せてくれるので胸がズキズキと痛んでくるほどでした(もちろん良い意味で)。
特筆すべきは、彼女ら全員がほぼほぼ“まだ付き合っていない”、“恋人同士ともはっきりとは呼べない”という状況であることでしょう。キスをしたり、それぞれの家に上がり込んでいたりもしているのに、なぜか“付き合う”という当たり前の段階を踏んでいなかったり、はぐらかしたりしているのです。その理由と経緯、そして“それ以上”に踏み込めない彼らの姿は……ああ!もう!観ているだけでしんどい(もちろん良い意味で)!
また、ここまで彼女らがダメだダメだと書きましたが、だからこそ人間的な魅力を持っており、「この世のどこかに本当にいるかもしれない」と思わせるほどの実在感もある、ということもお伝えしておきます。それぞれが恋愛における別種の“イタい”ところを持っていて、それは決して特殊ではなく、誰もが経験してもおかしくないことでした。そのため、観客それぞれが“自分に似ている”キャラクターに自己を投影し、感情移入ができることでしょう。
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©2019映画「愛がなんだ」製作委員会
2:ご飯を食べているシーンが全て面白かった!
本作のもう1つの大きな特徴は、ご飯を食べながら会話をしているシーンがとても多いということ。全体の3割は何か食べているんじゃないかと思うほどで、しかもその食事シーン全てが観ているだけで面白く、時には一触触発のハラハラするサスペンス(?)が展開したりもするのです。
なぜご飯を食べながら会話をしているだけで面白いかと言えば、その“食べるもの”や“食べ方”にキャラそれぞれの人となりや感情が示されているからでしょう。特に中盤の“湯葉”を食べるシーンの(原作からさらに誇張されている)セリフには大笑いしてしまうほどの滑稽さがありましたし、「それはフランクな食事の場であっても言い過ぎだ!」な言動も良い意味で不安にさせてくれますし、終盤のある食事シーンは序盤の出来事と“対”になっていたりもするのです。食事シーンをただ映しているというだけでなく、物語上で重要になるように綿密な計算がされていると言っていいでしょう。
また、食べるという行為は言うまでもなく人間が生きるための日常的な行いです。その“当たり前の日常”である食事シーンを面白く見せている、それにより彼らの日常および実在感をリアルに思わせてくれるということにも、感動を覚えるのです。
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©2019映画「愛がなんだ」製作委員会
–{今泉力哉監督と原作小説の相性が最高!}–
3:今泉力哉監督と原作小説の相性が最高! 映画化に際しての工夫もたくさんあった!
本作の原作となるのは、『八日目の蝉』や『紙の月』など多くの映像化作品を世に送り出している人気作家の角田光代が2003年に発表した同名小説です。この小説と、本作の監督である今泉力哉との“相性”が抜群という言葉では足りない、これ以上の人選はないのでは?と思うほどでした。
今泉監督の作品では、その多くで“それぞれの想いがすれ違う”であったり、 良い意味での“ダラダラとした関係が続いていく”であったり、やはり良い意味での“ダメ恋愛”を描いていました。また、淡々とゆっくりとした会話劇が主に展開するのにも関わらず、俳優の魅力や演出の上手さのおかげもあって全く退屈することがないというのも大きな魅力。極めて狭い範囲の物語であるからこそ、登場人物の関係性の変化がダイレクトに感じられ、その空気はちょっと痛々しくもあるのにずっと観続けたくなる心地良さも同居している……ということもほぼほぼ一貫していました。
筆者は映画の後に『愛がなんだ』の原作小説を読んでみたのですが、今泉監督作品のそのような印象が、小説の文体とほぼほぼ一致していることに驚きました。小説から映画へとメディアを変えても“雰囲気の違いがほとんどない”というのは、今泉監督と角田光代の作家性がたまたま一致したというだけでなく、原作を大切した真摯なつくりになっているからでしょう。
プロデューサーである前原美野里によると、『愛がなんだ』の企画が本格的に動き出す前にこっそり作ってあった企画書の段階で「今泉力哉監督×角田光代のコラボ!」という文字があったのだとか。さらに前原プロデューサーは「今泉監督は恋愛を考察する者としての独特の作家性を持っていらっしゃる。角田さんとの小説との相性は絶対にいいだろうなと漠然と思っていた」そうで、実際に原作を読んだ今泉監督が内容に惚れ込んでいて、彼自身にも人間的な魅力をも感じたことから、「今泉さんしかいない」と確信したのだとか。その采配と決定が、もう100点満点です!
また、原作小説の基本的な物語の流れは映画でもほぼほぼ踏襲されているものの、映像作品としてさらに盛り上がるように工夫が随所にあります。例えば、ヒロインの高校や大学時代への言及をほぼほぼカットして“現在”の物語に焦点を当てていたり、終盤のある一点でヒロインがやっと感情を爆発させるようになっていたり(原作では中盤にもヒロインはあることに怒っている)、原作での3人だけの旅行が1人増えて4人になっていることがさらなるドラマを生んでいたりもするのです。
辛い恋愛だけを一辺倒に描いているだけでなく、時々クスクスと笑えるという観やすいバランスになっているのも、「イタくて全く共感できないというのは避けたかったので、なるべくポップに見せるようにする」という前原プロデューサーの意向が上手く働いたからでしょう。スペイン映画の『トーク・トゥ・ハー』をイメージしたという終盤の“キャラクターの名前を文字で出す”演出にも重要な意味がありましたし、映画オリジナルのクライマックスとラストシーンには「その手があったか!」とアイデアそのものにも感動させられました。脚本家の澤井香織と今泉監督が共同で手がけた脚本が1年がかりでやっと完成したということも納得、映画としての巧みな構成にも唸らされる内容にもなっているのです。
余談ですが、今泉力哉監督は過去にも“原作もの”の映画を手がけています。それは、お色気ギャグマンガを原作した『鬼灯さん家のアネキ』。原作はどちらかと言えばカラッと明るい雰囲気であったのですが、映画ではやはり良い意味での“ダメダメな恋愛”をじっとりねっとりと描くという今泉監督の作家性が生かされた内容になっていました。終盤では伏線を生かした原作とは違うサプライズも用意されていて、誰もが「良い話じゃないか!」と感動できる素敵な映画に仕上がっていましたよ。
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–{豪華若手俳優がみんな超ハマり役!}–
4:豪華若手俳優がみんな超ハマり役! 成田凌のアドリブは必見!
本作を語るにおいては若手俳優たちの魅力は外せません。まず何よりも訴えておきたいのは、“ダメなほうの成田凌の魅力”が大爆発しているということ! 劇中の成田凌はリアルにダメだけど、ちょっと愛おしくてキュートで、でもやっぱりちょいクズで時々イラっともするけど、でもどこか憎めなくて母性本能をくすぐられ、でも「お前はやっぱりダメだわ!」とマジメに怒りたくもなるっていう……ええい!もう!これは言語化不可能だよ!成田凌のファンという方は明日地球が終わろうとも劇場に駆けつけてください!そのタイプの最高の成田凌をずっと眺められるから! 詳しくは観て欲しいのですが、“追いケチャップ”のシーンの衝撃も半端ないよ!しかもこの追いケチャップは脚本にない成田凌のアドリブだったのだとか。なんだよ!モテる男が自然とやるやつじゃないか!ちくしょう(嫉妬)!
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そしてヒロインを演じる岸井ゆきのは始終「なにこの可愛い生き物」と頭の中で尊さを叫ばなくてはならなくなります(本当に声を出すと周りのお客さんの迷惑になるのでやめましょう)。そして人懐っこさを通り越して“粘着質”な若干の危うさを感じさせるキャラにもハマりまくりで、なんと劇中では“ラップ”も披露! 2017年末に公開され各界から絶賛された『勝手にふるえてろ』の松岡茉優に通じる、「本当にイタイんだけど応援したくなる」最高のヒロインでしたよ!
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さらに『葛城事件』で鮮烈な印象を残していた若葉竜也が、これまたリアルなダメな青年にハマりまくりです。原作から活躍を膨らませた“決して悪いヤツじゃない”キャラは、誰でも感情移入がしやすいのではないでしょうか。
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深川麻衣は『パンとバスと2度目のハツコイ』でも今泉監督とタッグを組んでいましたが、そちらでの恋愛に自信がなかったキャラや、本人のパブリックイメージとは大きく異なる“自由奔放で我が道を行く”キャラクターになっています。彼女の役もまた別ベクトルでダメな人なのに、やはり人間的な魅力にも溢れているのです。
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©2019映画「愛がなんだ」製作委員会
そして強烈なキャラを演じる江口のりこは、もう何かを喋るだけで笑えてきます。初登場時のインパクトもさることながら、“意外と正論も言っている”飄々とした性格になっていて、トンデモさと「こういう人いるいる!」というリアルさを両立させた、「彼女以外には演じられないのでは?」と思うほどの好演をみせていました。
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©2019映画「愛がなんだ」製作委員会
さらに筒井真理子、片岡礼子、穂志もえか、中島歩も脇を固めています。登場人物がごく最小限で、それぞれのキャラが群像劇の中で生き生きとしているというのも今泉監督らしさ。実力派若手俳優の魅力を再発見したいという方にとっても、『愛がなんだ』は必見作なのです。
5:「恋愛ってめんどくさいなあ」と思っている方にこそ必要な映画だ!
総じて『愛がなんだ』は、リアルでイタい恋愛の「あるある」の数々に共感しやすく、演出や脚本や実力派若手俳優の演技に到るまで完璧と言える出来栄え、幅広い方に掛け値なしでオススメできる映画に仕上がっていました。言うまでもなく、今泉監督の作品を観たことがないという方や、原作小説を読んだことがないという方も大いに楽しめるでしょう。
なお、最初に「恋愛について“非リア充”であることを自覚している人に絶対に観て欲しい」と掲げましたが、今泉監督自身が「この作品に限らず、僕の映画は恋愛が順調でリア充な人には必要ないんです」とコメントしたりもしています。それは今泉監督が劇中のような“めんどくさい恋愛”が決して悪いことではないと考えている、むしろそのめんどくささこそに愛情を注いで描く作家だからなのでしょう。逆に言えば、『愛がなんだ』および今泉監督の作品は「恋愛ってめんどくさいなあ」と思っている、やはり恋愛について非リア充の人にこそ“必要”な映画であると思うのです。
最後に、原作にはない“象の飼育員”の描写(原作にもあった動物園に行くシーンを少しだけ膨らませている)が重要な意味を持っている、ということをお伝えしておきます。これは今泉監督によると「群盲象を評す」というインドの寓話から発想を得たそうで、その意味は「物事や人物の一部、または一面だけを理解して、全てを理解したと錯覚してしまう」ということ。劇中のヒロインの“視野の狭さ”は、その寓話とリンクしているのです。そんなヒロインがどのように成長し、どのような視野を新たに持つようになるのか……映画を観終わると、感慨深いものがあるはずですよ。
(文:ヒナタカ)