金曜映画ナビ〈戦後80年 終戦記念特集〉第1週 9 時間31 分に刻まれた“戦争と良心”──小林正樹『人間の條件』を観る夏

金曜映画ナビ

80 年前の8月、日本は敗戦を迎えた。
そのわずか14年後――圧倒的な熱量で戦争と向き合った映画が誕生した。
総上映時間9時間31分、六章三部作。

私たちはこの作品と、もう一度対峙してみたい。


■ イントロダクション

1959〜61年にかけて公開された小林正樹監督の『人間の條件』は、五味川純平の同名ベストセラーを映画3本・全6部に分けて映像化した大河反戦巨篇だ。

(C)1959 松竹株式会社

第1・2部は第21回ヴェネチア国際映画祭でサン・ジョルジョ賞とパジネッティ批評家賞をダブル受賞し、世界にその名を轟かせた。

今年――終戦から80年という節目の夏、本作を「通し」で観る価値を改めてかみしめたい。


1 物語の奔流:6部を駆け抜ける梶泰明という“良心”

第一・二部〈純愛篇/激怒篇〉――理想の“首切り”

(C)1959 松竹株式会社

1943年、満州。青年・梶泰明(仲代達矢)は新妻・美千子(新珠三千代)を伴い捕虜労務管理士に赴任する。

「人間らしい労働環境」を掲げる梶だが、賄賂と拷問が支配する鉱山で理想は木っ端みじんに砕ける。

捕虜7人の公開斬首――剣が振り落ちるごとに、梶の瞳と観客の心臓が同時に凍る。

(C)1959 松竹株式会社

第三・四部〈望郷篇/戦雲篇〉――“国家”が潰す友情

徴兵された梶は北満の歩兵訓練隊へ。

(C)1959 松竹株式会社

苛烈ないじめが続き、仲間・小原は自ら命を絶つ。

やがてソ連戦車隊が夜陰を裂いて突撃――暗闇に唸るキャタピラの振動が劇場の床を揺らす。

生き残った梶は数人の兵と雪原を彷徨し、「国のため」というスローガンがいかに個人を轢き潰すかを骨身で悟る。

(C)1959 松竹株式会社

第五・六部〈死の脱出/曠野の彷徨〉――雪原にこぼれる最期の息

部隊壊滅後、梶は負傷兵と避難民を率いて南進するが、飢餓と私刑が人心を蝕む。

(C)1961 松竹株式会社

たどり着いたソ連捕虜収容所では、親友・寺田が理不尽に撲殺される。

怒りに飲み込まれた梶は復讐を遂げ、鉄条網を超えて雪原へ――「美千子、帰るよ」とつぶやきながら、白い闇に倒れる。

(C)1961 松竹株式会社

ラストカットの雪は、純白ではなく“灰色”に見える。
そこにあるのは浄化か、虚無か。

観客は自分の色彩感覚ごと試される。


2 “9時間半”の密度――見逃せない4つのポイント

POINT見どころ効果
① 北海道サロベツ原野ロケ国交のなかった満州の代替として極寒の荒野を選択。陸上自衛隊が実銃と戦車を貸与モノクロ画面に吹きすさぶ風が、観客の頬をも刺すリアリズム
② 仲代達矢、覚醒初主演。当時30歳の肉体が“思想”から“生々しい肉”へ変質していく観客は俳優の演技を超えて“現場”を体感
③ ヴェネチア2冠第1・2部が銀賞&批評家賞。冷戦下、西側メディアが熱く迎えた反戦の声日本映画が世界の“良心”の代弁者となった瞬間
④ 3夜連続でこそ味わえる物語構造1夜=理想崩壊→2夜=国家暴走→3夜=人間の漂流章ごとに精神の“気圧”が変わり、通し見でしか味わえない高低差を生む

3 80年目の現在地――この映画が“いま”突きつけるもの

  • 個と組織の軋み――労働現場のハラスメント、SNS炎上、AI兵器の倫理…。
  • 難民と国境――逃げ場を失った民間人の流浪は、ニュースから絶えない。
  • 理想の行方――「正しいことをしたい」と叫ぶ声が、巨大な仕組みに呑み込まれる瞬間。

梶の足跡は過去ではなく、スクリーンから私たちの現実に歩み寄ってくる。

(C)1959 1961 松竹株式会社


4 “観る”準備――3ステップで挑む『人間の條件』

  1. 時間を確保する
    配信派でも“1章ごとに区切りを入れない”鑑賞が理想。半日を空ける覚悟が、作品と自分の距離を縮める。
  2. メモ帳を用意
    言葉より“沈黙”が多い映画。自分が震えた無音のタイミングを書き留めておくと、終映後に“戦争と自分”の地図が浮かび上がる。
  3. 最後の雪を味わう
    白いはずの雪が灰色や銀色に見えたら、その理由を考えてみてほしい――それが作品から手渡された宿題だ。

5 来週の予告

次回・第2週(8月8日配信)は『西住戦車長傳』『駆逐艦雪風』『野火』。
陸・海・地上――3つの戦場を行き交う主人公たちの視点から、「個と戦争」の距離をさらに掘り下げる。


エンディングノート

戦争映画を観ることは、歴史を追体験することではない。
それは――“いまをどう生きるか”を再考する行為だ。

9時間31分の旅を終えた先に、あなたはどんな“人間の條件”を選ぶだろう。

(C)1961 松竹株式会社

配信サービス一覧

『人間の條件 第1部 純愛篇/第2部 激怒篇/第3部 望郷篇/第4部 戦雲篇/第5部 死の脱出/第6部 曠野の彷徨』
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