スペシャル対談:『花とアリス殺人事件』岩井俊二監督 <後編>

八雲ふみね



はじめましての方もそうでない方もこんにちは。

八雲ふみねの What a Fantastics! ~ 映画にまつわるアレコレ ~ Vol.11

今回は、岩井俊二さんとのスペシャル対談<後編>。

岩井監督が『花とアリス殺人事件』で追求したアニメーション表現について、アレコレ伺いました。

岩井俊二監督






花とアリス殺人事件



『花とアリス』はネット配信されたショートムービーとしてスタート。
その後、長編の実写劇場版となり、主役を務めた蒼井優さん、鈴木杏さんが大ブレイクするきっかけとなりました。
日本だけでなく世界中で愛される『花とアリス』の世界をアニメーションで描く魅力、そして本作を完成させるために行ったさまざまな試みとは?

アニメーションならではの表現方法にこだわり続ける


岩井俊二監督



八雲ふみね(以下、八雲):本作を拝見すると、アニメーションの動きが実写の動きのようになめらかで。それと同時に、アニメーションならではの軽やかも感じられて。きれいだな〜と見とれてしまうシーンがたくさんありました。

岩井俊二(以下、岩井):実写だと、ただ動いてるだけに見えるものも、アニメだとその動きだったり人物のプロポーションだったりが強調されて見えますよね。「絵」として印象づけることが出来るのが、実写とは違ったアニメーションの特徴ではないかと思います。例えば、実写をそのままなぞって人物のプロポーションを描いていくと、普通の漫画やアニメよりもTシャツの面積がダボッと大きく見えるんですよ。実写だと気にならないのに「絵」にしてみると大きく感じる。
それが3Dで仕上がってくると、今度はそれほど面積の大きさを感じなかったり。

花とアリス殺人事件



八雲:表現方法によって、見え方も受ける印象も変わってくるんですね。

岩井:アニメーションの動きについても、あまりにも動きがなめらかすぎて「絵」が動いてるように見えない時があるんです。実写とさほど変わらないような状況が発生してしまう。
それじゃ、わざわざアニメーションで制作する意味がない。

八雲:あくまでもアニメーションらしい動きを追求すると…。

岩井:なんとなく「絵」が動いてることがアニメーション、というわけではない。連続して動いている時間、止まっている瞬間。歌舞伎で言うところの「見得」のようなものなのかな。

八雲:なるほど。

岩井:アニメにもさり気なくあるんですよね。「ここを見せてます!」「この部分を強調してます!」みたいな瞬間が。人物を際立たせるための緩急については、こだわる部分が多かったですね。

八雲:私は仕事で劇場版アニメに接する機会が多いのですが、実写と見紛うほどの映像クオリティを追求しているものが多く、その完成度の高さには毎回驚かされるんです。
一方でこの映画は、子どもの頃から慣れ親しんだ、いわゆる「アニメらしさ」が感じられて。
同時に、実写っぽい味わいも混在していて、作品の体温が伝わってくるようでした。

岩井俊二監督



岩井:当初スタッフ側からすると、僕が実写の人間なので「実写については熟知しているだろう。逆にアニメについてはよく知らないだろう」という先入観があったんでしょうね。彼らは僕の実写作品に寄ったアプローチをしようとしたんですよ。ところが僕からしてみると、それでは実写とまったく変わらない。アニメを作る意味がないわけです。
アニメーションとはいえ、これはあくまでも「絵」なんだ。
「絵」のひとつひとつが動いているものであって、「絵」として成立してなければいけない。じゃあ、「絵」とは何か?というと、それは人が描いたものだと。デジタル技術を使用する部分はあっても、やはり人が描いたものに見えなければいけないわけで…。

八雲:根本的な部分では、やはり人による手作業が大切なんですね。

岩井:背景を描くときも、通常のアニメーションだと光がかく乱しているものが多いんですよ。
その光を人物にも反射させるのでグラデーションがかかっていて、細かくいろんな色を乗せていくんですが、基本的にデジタル加工作業なんです。なので、それはデジタル加工であって「絵」ではないのでやめましょうと。
本作に登場するキャラクターは、ベタ色一色で表現しています。
一色なんだけど、近くにハレーションがあると、そのハレーションを背負って見えるようにしてるんですよ。

八雲:それはプロのアニメーターからすると、違和感のあることなんですか?

岩井:そうですね。「肌の色は一色で、光のグラデーションやハレーションは一切つけないでほしい」と伝えてはいましたが、上がってきたデータを見ると全編にかけて影が入ってました。なので、すべて外してマットな状態にしていきました。

八雲:なんとも、孤独な作業ですね…。

花とアリス殺人事件



岩井:普通、アニメは日なたの色をベースにするんです。キャラクターの顔に直射日光が当たって陰影がついてるっていうのが、アニメの基本スタイル。でもそれは、実写をやってきた立場からすると意外な方法で。実写の場合、人物の顔に直射日光を当てることは避けるわけですよ。顔に強い陰影が出てしまって、表情が分かりにくくなってしまうから。人物に直射日光を当てないのがスタンダードなスタイル。でもアニメでは、実写でのタブーがスタンダードなんですよね。

八雲:アプローチ方法が真逆なんですね。

岩井:「アニメーション表現に実写のスタンダードを持ち込んだらどうなるだろう」というのは今回の実験のひとつに掲げていて、影となる肌色だけを使って表現する手法を取りました。そうすることで、実写でライティングして撮影しているものと体感が似てくるんですね。
一見すると同じ肌色のように見えるんですけど、太陽の光からきている肌色ではなく影となっている部分の肌色なので、周りの景色もすべて影となった時の色味を採用しています。そうすると、背景と人物が分離しない。

八雲:だから背景との馴染みが良くて、景色が綺麗に見えるんですね。アニメーションでこの手法を使ったのは、岩井監督が初めてなんですか?

岩井:これまでにやっていた人もいるだろうし、海外のアニメーションを観ていると同じ手法を使っているものもありますね。結果、前作の実写版の風合いに近いだけでなく、アニメーションならでの色合いが強く表現されたものに仕上がった気がします。

「花とアリス」は、いつも僕のそばに居続けている


岩井俊二監督



八雲:ショートフィルムから始まって、長い期間「花とアリス」という作品と向き合ってらっしゃいます。岩井監督にとって『花とアリス』とはどんな位置づけの作品ですか?

岩井:そうですね…。多分、自分にとって「スライス・オブ・ライフ」な作品なんだろうなと。始まりもなければ終わりもない。花とアリスという二人の少女から見えている世界を、平常心で眺めている感覚ですね。ほかの作品のようにエキサイティングだったりアドレナリンが上がったりという局面は少ないんですけど、その分、何かこう、自分のそばに居続けた作品というような気がして…。作り始めたときから現在に至るまで、自分の中ではもっとも特殊じゃない作品として、自分と等身大なところに居続けているんじゃないかな。
そして今後、自分が作品を作り続けるうえで、良くも悪くも壁になってくるんだろうと…。

八雲:壁、ですか?

岩井:もちろん、過去に作った作品というのは、必ず自分の前に壁として立ちはだかってくるわけですけど。愛すべき作品たちであると同時に、そういう面もありますよね。
でも他の作品はそこまで感じないんだけど、この「花とアリス」だけは、何かを自分に突きつけてくる感じがするんですよ。ドラマチックにやりすぎようとすると、この二人に見られてるような気がしたり(笑)。

八雲:(笑)

岩井:そうすると、だんだん白けてくるです。「なにアツくなってんだろう、俺」って(笑)。
それだけ自分自身にとって大きな代表作なんだろうな、世間の評価に関わらず。だから二作品も出来たんでしょうね。

岩井俊二監督






初日舞台挨拶では、本作が観客の手に届いたことを「娘をお嫁に出すような気持ち」と語っていた、岩井俊二監督。
お話させていただく度に、岩井監督は才能あるアーティストであると同時に、研究者であり求道者であり、哲学者であるように感じます。
そんな岩井監督にとって、満を持しての新作公開となった『花とアリス殺人事件』。
是非、映画館でその完成度の高さを体感して下さい!

・スペシャル対談:『花とアリス殺人事件』岩井俊二監督・前編はコチラ




岩井俊二


岩井俊二監督


1963 年、宮城県仙台市生まれ。『Love Letter』(1995年)で映画監督としてのキャリアをスタート後、数々の作品を発表。
代表作に『スワロウテイル』(1996年)、『リリイ・シュシュのすべ て』(2001年)、『花とアリス』(2004年)、『New York, I Love You』(2010年)、『ヴァンパイア』(2012年)など多数。
同年、NHK『明日へ』復興支援ソング「花は咲く」の作詞を手がけ「岩谷時子賞特別賞」を受賞。
2013 年、音楽ユニット「ヘクとパスカル」(メンバー:岩井俊二 / 桑原まこ / 椎名琴音)を結成。
2014年1月クールのテレビ東京ドラマ24『なぞの転校生』では脚本・プロデュースとして連続ドラマに初挑戦。
その独特な映像は「岩井美学」と称され、注目を浴びている。

花とアリス殺人事件


花とアリス殺人事件


監督・原作・脚本・製作・企画・プロデュース・音楽:岩井俊二
声の出演:蒼井優、鈴木杏、勝地涼、黒木華、木村多江、平泉成、相田翔子、鈴木蘭々、郭智博、キムラ緑子
©花とアリス殺人事件製作委員会

・『花とアリス殺人事件』公式サイト

八雲ふみね fumine yakumo


八雲ふみね

大阪市出身。映画コメンテーター・エッセイスト。
映画に特化した番組を中心に、レギュラーパーソナリティ経験多数。
機転の利いたテンポあるトークが好評で、映画関連イベントを中心に司会者としてもおなじみ。
「シネマズ by 松竹」では、ティーチイン試写会シリーズのナビゲーターも務めている。

八雲ふみね公式サイト yakumox.com

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