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晩秋にふさわしい日本映画③ 『恋人たち』

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■「キネマニア共和国」

ふけゆく秋、じっくり見たい日本映画をいくつかご紹介。今回は……。

《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街 vol.63》

橋口亮輔監督、7年ぶりの長編映画となる『恋人たち』です。
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この映画の中の“恋人たち”とは?


通り魔殺人で妻を亡くして3年、そのショックから立ち直れないまま苦しみ続け、生活は困窮していくアツシ(篠原篤)。突如現れた男に心を乱されていく平凡な主婦・瞳子(成嶋瞳子)。親友への想いを胸に秘めた同性愛者で完璧主義者でもある弁護士・四ノ宮(池田良)。

これら3人の“恋人たち”が、もがき苦しみ、何かを失いながらも、何気ない日常のかけがえのなさに気づいていく様を描いた人間ドラマです。

主演の3人はオーディションで選ばれた新人俳優ばかりですが、選んだ監督の目に狂いはなく、リアリティある存在感をそれぞれ披露してくれています。

タイトルからもたらされるロマンティックな映画ではありません。

むしろ無慈悲な社会の現実をたたきつけられながらも、人は人と触れ合いながら生きていくしかないという厳しさと対峙していく作品です。

では“恋人たち”とは何か?

愛する妻を殺されたアツシの“恋人”とは、画面に姿を見せることのない彼女の亡霊なのでしょうか?

瞳子が心惹かれていく男は、実は詐欺師です。

四ノ宮が愛する親友には、既に妻子がいますし、しかもこの妻、何となく彼に対して何かを察知しているかのようです。
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映画を見続けていくうちに、少しずつタイトルの持つ意味が見えてきます。

この3人はもとより、すべての人間は性別も年の差も何もかも超えて“恋人たち”になれるのだと。

ドキュメンタリー・タッチで綴られていくドラマそのものは、決して登場人物たちに優しくはありません。

しかし、そういった絶望的な状況の中から、やがて一筋の光が差し込んでいきます。

その光が差し込むきっかけとなるのも、また人との交流であり、結局、人は人とどこかでつながっていなければ生きていけないことを本作は示唆しています。

『恋人たち』というタイトルは、鑑賞のヒントであり、やがてはこの映画を見ている私たち観客もまた“恋人たち”であり、皆がそう思えばすべての争い事はなくなるのに……とでもいったメッセージが聞こえてくるかのようです。

究極の絶望の中からのみ導かれる
究極の希望


これまで『ハッシュ!』(01)『ぐるりのこと』(08)、昨年発表した中編『ゼンタイ』(14)など、橋本監督作品には常に虐げられる弱者の痛みが描かれてきました。

もちろん本作もその韻を踏んでいますが、今回はこれまで以上の厳しさが感じてならなかったのは、現代社会の歪みが加速しているかのような日常に対して、監督自身が悲鳴を上げ、もがき苦しみながらも、それでも生きていくしかないという覚悟をもって演出にあたっているからではないかと勝手に想像してしまいます。
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国同士の対立、テロとその報復、ヘイト活動の横行といった国際的問題から、国の内部では強くなることばかりを念頭に、弱者を切り捨てたい意思を露にした政策の数々が布令され、学校や会社でのイジメは日常化、家庭内すらも今は修羅場と化しているところも多いのではないか。

もはや、生半可な希望や理想を建前にした人間関係など、この不条理な世界の中では意味がないのではないか。

しかし、「それでも人は……」といった橋口監督の想いは、希望も絶望も包括した覚悟のようなものなのかもしれません。

究極の絶望を見据える覚悟は、究極の希望へと導くカギとなる。

ここまで書いてきて、『恋人たち』とは究極のロマンティシズムに満ち溢れた作品であり、それを象徴するタイトルであることに、いまさらながらに気づかされました。

■「キネマニア共和国」の連載をもっと読みたい方は、こちら

(文:増當竜也)

映画『恋人たち』は2015年11月14日(土)より公開中!
公式サイト http://koibitotachi.com/

(C)松竹ブロードキャスティング/アーク・フィルムズ

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