見る者の人生観まで大きく変えること必至の 正月映画『独裁者と小さな孫』
12月に入り、いよいよ2015年度の正月映画が続々と公開され始めましたが、『007スペクター』や『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』などの超大作だけではなく、こういった珠玉の作品にもご注目していただきたく……。
《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街~vol.76》
モフセン・マフマルバル監督の『独裁者と小さな孫』です。
邦題に偽りなく、逃亡の旅を描いた
ロードムービーの傑作
イラン生まれのモフセン・マフマルバフ監督は、これまで『ワンス・アポン・ア・タイム、シネマ』(92)『ギャベ』(96)『パンと植木鉢』(96)『サイレンス』(98)『キシュ島の物語』(99)『カンダハール』(01)など数々の名作を世に送り出してきた名匠ですが、イラン政府により作品の上映を禁じられるなど厳しい検閲にかけられ、『セックスと哲学』(05)の脚本がイラン政府当局の許可を得られなかったことからタジキスタンでこれを撮影し、そのまま祖国には戻らず、アフガニスタン、パリ、ロンドンと亡命しながら、映画活動を続けています。
そんなマフマルバフ監督が久々の劇映画『独裁者と孫』の中で描いているのは、邦題に偽りなく、老いた独裁者とその孫の逃亡の旅、すなわちロード・ムービーです。
一体どこの国かはわかりませんが、そこは長らく独裁政権によって支配されてきた国です。
その国の大統領と家族らは、圧制で国民から搾り取った税金で贅沢の限りをつくしてきました。
しかし、その国にクーデターが起き、一気に政権は崩壊。
大統領の妻や家族はいち早く国外に脱出しますが、大統領と幼い孫だけは逃げ遅れてしまいました。
まもなくして大統領の首には賞金がかけられ、彼に憎しみを抱く民衆が彼の姿を追い求めていく中、彼らは海を目指し、必死の逃避行を始めていきます……。
自業自得といってしまえばそれまでの話ですが、それまで立派な軍服を着て威張り散らしていた大統領が、ただの哀れな老人と化し、民衆から逃れるべくみすぼらしく変装し、旅を続けていくさまからは、人生の諸行無常といった絶望の極みを痛感させられます。
しかし、一方で何の罪もない無邪気な幼い孫の無垢な可愛らしさから、どこかしら不思議な希望が感じられるのが、この作品の妙味でしょう。
痛烈なメッセージと
映画的醍醐味の巧みな共存
祖父と孫がたどるその旅は、現実的には地獄としか言いようのない凄惨さで、暴徒と化した兵や民衆による、略奪に凌辱、虐殺など眼を追わんばかりの光景を幾度も目撃しながら、大統領は自分が今まで犯してきた罪の深さにおののきつつ、それでも生への執着を固持し続けていきます。
ここでは“悪い奴ほどよく眠る”のではなく、“悪い奴でも必死に生きる”姿が寓話的に活写されており、それはどこか滑稽でユーモラスにも映え、さらには独特の映像センスや色使い、孫に女の子の格好をさせて旅をするといった設定などから、どこかしらファンタジックな情緒まで漂わせていきます。
マフマルバフ監督は、チェニジアやエジプト、リビアなどの独裁政権が一気に崩壊した“アラブの春”の後、それらの国でまた別の残虐行為が行われている現実などを背景に、たとえ独裁政権を暴力で倒しても、それはまた次の暴力を生んでしまう負の連鎖をどこかで断ち切らなければいけないといった強烈なメッセージ性と、独自のユーモアや情緒などをもって映画としての普遍的な面白さを見事に両立させています。
また、これまではシュールな演出を忍ばせる傾向があったマフマルバフ監督作品ですが、今回は意外にオーソドックスなタッチを貫いており、シネフィル好みの難解な映画を忌避しがちな方でも明快に楽しめる作品に仕上がっています。
こういった映画的面白さをもって見る者になにがしかの啓蒙を与える作品こそを、私はエンタテインメントだと信じています
老いた独裁者と純真な孫がたどる旅の果てには何が待ち構えているのか、その結末はぜひ劇場の銀幕で確認してみてください。
見終わってしばらくの間、衝撃と感動、絶望と希望が心の中で入り乱れて、席を立てないことでしょう。
「世の中を変えられないような映画なら、私が作る必要はない」とは、マフマルバフ監督の名言です。
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(文:増當竜也)
『独裁者と小さな孫』12/12(土)新宿武蔵野館・ヒューマントラストシネマ有楽町 ロードショー
公式サイト:http://dokusaisha.jp/
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