俳優・映画人コラム

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2016年05月01日

「な?」と微笑んだときの偉大なる映画スター三船敏郎の人間的魅力

「な?」と微笑んだときの偉大なる映画スター三船敏郎の人間的魅力


三船敏郎を
愛してやまない人々


後日、この話を、当時私が「キネマ旬報」で連載を担当させていただいていた映画音楽作曲家の巨匠・佐藤勝さんにしたところ、「そりゃお前さん、からかわれたんだよ。三船ちゃんは若い奴をからかうのが昔から大好きなんだ(笑)」と大爆笑されました。

佐藤さんは三船さん主演の黒澤映画や岡本喜八監督作品はもとより、三船プロ作品も含む数多くの音楽を担当し、個人的にも深い結びつきがありました。

青柳信雄監督『ならず者』(56)では佐藤さん作曲の主題歌「山の男の歌」を三船さんが歌い、レコード化もされています。

「ところが、それを知った黒澤さんが激怒してね。役者が歌うたいの真似なんかするんじゃねえ!って。だからそれ以降、三船さんは一度も公の場で歌ってない」

やがて話は、なぜ『赤ひげ』(65)の後、黒澤映画に三船さんが出演しなくなったのかといった話になりました。

「僕が『影武者』(80)の音楽の解釈をめぐって黒澤さんと決裂した、みたいな明確な理由はあのふたりには全然ないし、そもそも黒澤さんのことを昔も今も一番心配しているのは三船さんだよ。でも、映画界にはダニがいるんだ。才能のある人間に群がってぼろ儲けしようとするあまり、仲の良い連中まで疑心暗鬼にさせながら引き離そうとする、そんなダニのような連中がね」

そのときは佐藤さん特有の辛辣な“ダニ”という言い回しの意味が今ひとつ理解しきれないところもありましたが、年を経た今となると実によくわかるような気もしています。
(しかもそれは必ずしも人とは限らず、時間の流れであったり、ちょっとした運命のいたずらであったり……)

時が経ち、1997年12月24日、三船さんは多臓器不全のため、77歳でこの世を去りました。

そのときマスコミは一斉に、晩年の彼が認知症に侵されていたことなどを面白おかしく書き立てました。

私にはそれが許せませんでした。

だからこそ「キネマ旬報」での三船敏郎追悼特集では、あくまでも偉大なる映画人として敬意を表する姿勢を貫き、それ以外のスキャンダラスなことを書いた原稿をオミットし、その2か月後、私はキネマ旬報社を退職しました。

しばらくして、日頃親しくさせていただいている沢島忠監督に招かれて赤坂の品の良い料亭の暖簾をくぐったところ、そこには沢島監督と、何と当時の東映会長・岡田茂さんが同席されていました。

またまた緊張マックス状態に陥りつつ、それでも酒が入って次第に口が滑り始めていった私は、いつのまにかお二方に追悼特集の件を話していました。

すると沢島監督が「三船の名誉を守ってくれてありがとう!」と、こちらの手を握りしめながら号泣されたのです。

60年代半ば、時代劇路線がやくざ映画路線になったことから東映京都を辞めて東京へ赴いたものの、その後なかなか時代劇映画を手掛ける機会に恵まれなかった沢島監督に『新選組』(69)の演出を任せた三船さんへの恩を、沢島監督は一時たりと忘れたことはありません。

またそのとき、沢島監督の横で無言でうなづかれた岡田さんが、どこかしら『連合艦隊司令長官・山本五十六』(68)の三船さんのように見えたのが不思議でした。
(なぜか『日本の首領・野望篇』77や『制覇』82といった東映やくざ大作映画のイメージではありませんでした)

みんな三船敏郎のことを愛しているのだ。

そう思えてなりませんでした。

自分がやったことにミスこそあったにせよ、決して間違ってはいなかったと、そのとき確信しました。

さらに時が経ち、とある場所で三船史郎さんをお見かけしました。

思い切ってお声がけして、かつて三船プロにうかがった当時のお礼(お詫び?)などを告げると、すぐに私のことを思い出していただけて、こう告げられました。

「あのとき、親父すごく喜んでましたよ。『久しぶりに若い奴をからかってやった!』って(笑)」

やはり私はからかわれていたのです!

ようやくその確証を得ることができて、長年のわだかまりが解けたかのように、思わず心浮き上がってしまいました。

今も時折、「な?」とこちらを覗きこむ三船さんの無邪気な笑顔が、脳裏をよぎることがあります。

あの素敵な笑顔を、いつまでも忘れることはないでしょう。

三船敏郎がなぜ偉大なる映画スターなのか、その本質を身をもって知ることのできた私は、真の果報者だと思っています。

※「東京スポーツ」「中京スポーツ」「大阪スポーツ」は毎週月曜、「九州スポーツ」は毎週火曜発行紙面で、「生誕100年 写真家・早田雄二が撮った銀幕の名女優」を好評連載中。

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(文:増當竜也

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