『ヒメアノ~ル』感想&「10」の魅力


(C)2016「ヒメアノ〜ル」製作委員会


上映中の映画『ヒメアノ〜ル』が大傑作すぎて興奮がおさまりません!
R15+指定ということで観るのを躊躇している方もいると思うのですが……、それでも、多くの方にこの衝撃を体感してほしいのです。

本作は『行け!稲中卓球部』『ヒミズ』などで知られる古谷実氏の同名のコミックを原作としています。原作も大好きな作品だったのですが、この映画版で特筆すべきは“映画ならでは”の改変がこのうえなく効果的に働いていることでしょう。

物語がタイトに引き締まっただけでなく、さらには映画ならではの演出や、原作にない伏線の回収などがあり、完璧と言えるほど巧みに構築されていることに、感服いたしました。

以下に、原作コミックからいかにブラッシュアップされた作品であったのかを挙げてみます。
なお、1ページには大きなネタバレはありませんが、2ページには十分にネタバレと言える中盤の“凶悪な演出”に触れていますのでご注意ください。

1.原作にはないコメディシーンにゲラゲラ笑う!


前半のダメ人間たちによる言葉のやりとりがおかしくってしかたがありません!
とくに劇場が笑いに包まれたのは、主人公のひとりの岡田くん(濱田岳)が愛しの彼女のユカちゃん(佐津川愛美)に告白された後のやりとり。この“事件”自体は原作にもありますが、その後の岡田くんのとあるヘタレ発言は、原作にはないのです。

そのほかにも、原作にあったコミカルなシーンのほとんどに“味付け”がなされています。そのやりとりはもはや演技にはみえないほどに、人間らしい自然な“マヌケっぷり”でした。

本作の監督・脚本は、『さんかく』や『麦子さんと』の吉田恵輔氏。
過去の作品でも、ダメ人間のダメダメすぎるところを、ときにおかしく、ときに強烈に“イタく”描くことに定評のある方で、本作でもその手腕がいかんなく発揮されていました。

また、岡田くんの“童貞くささ”も、原作よりもかなりパワーアップしています(笑)。童貞はこういうものである、童貞はこうありたいという理想形を観た気がしました。

2.“日常が恐怖に変わる瞬間”がすごすぎる!


予告編などでもわかりますが、本作は楽しいラブコメディ描写が続いた後に……恐ろしい殺人鬼・森田(森田剛)が凶行に走ることになります。

序盤から森田は“じわじわ”と恐怖の片鱗をみせていくのですが……とある“映画でしかできない演出”により、ガラリと “日常が恐怖に変わる瞬間”を見せるのです!

この演出には心底ゾッとしましたし、“これからが本番ですよ”ということを否応なしに実感させてくれました。

3.殺人鬼の“得体の知れなさ”がより強烈に!


原作の森田は殺人の動機にまつわる哲学を淡々と語っていたのですが、映画ではその言葉数がかなり減っています。
その“殺人哲学”の代わりに……映画では森田の“理解できない”発言や行動が強調されています。

原作でも森田がカフェに通い詰めていることをしらばっくれるシーンがあるのですが、映画の森田は飲み屋でさらに“どう考えても理屈に合わない、さっきとの発言との食い違い”を岡田くんに話すのです。

映画では、その後に森田が語った“人生哲学”で、森田という人間がいかに“壊れているか”を実感できるでしょう。

4.とにかく怖い、そしてエグい!


本作は、その殺人鬼の森田がとにかく恐ろしく、ホラー映画の様相を呈していきます。
その行動で個人的にもっとも恐ろしかったのは、“カレーライスを食べるシーン”(これも原作にはない)! なぜカレーを食べるだけで怖いのか……それは、映画を観ればわかるはずです。

しかも殺傷シーンのほとんどは“隠す”ことなんかせず、かなり直接的に描かれています。
殺人鬼を演じている森田剛さんの演技がすさまじすぎることもあいまって、それは一生のトラウマになってもおかしくないレベル。相当に“覚悟”をして観ることをオススメします。

5.キモい先輩が大活躍(?)


バイト先のキモい先輩の安藤さん(ムロツヨシ)は、原作ではじつは森田とほとんど接触することのなかった、“安全圏”にいた人物でした。

ところが映画では……いや、これは言うのはよしておきましょう。原作でもそのダメ人間っぷりが愛おしかった安藤さんですが、映画では彼のことがより大好きになりました(というか、泣いた)。

なお原作では、映画で省かれた安藤さんの恋愛事情がたっぷり描かれています。映画の安藤さんしか知らない方は、ぜひ読んでみてほしいです。

6.原作のセリフを、伏線として最高の形で回収している


原作でも映画でも、岡田くんがユカちゃんの悪い友だちに「器が小さそうだよね」と不遜なことを言われるシーンがあります。

この岡田くんの“器が小さいという評価”は、映画ではとても重要な意味を持つようになります。
その器の小ささがどのようにあらわれていたか、そして彼がどのようにその弱点を克服するのか(または、できないのか)……それを楽しみにしてみることをおすすめします。

ヒントをひとつだけ挙げるのであれば、“電話”です。このアイテムで、彼の心変わりがわかるようになっていました。

7.誰しもが、ちょっと壊れている


殺人鬼の森田は、理解のできない、異形の化け物のような描かれかたをしています。

しかし……意地が悪いことに、この映画の登場人物たちは、森田と同じく“どこか壊れている部分がある”ことをみせています。

たとえば安藤さんは、愛しのユカちゃんを飲みに誘うときに、森田と同じのような “さっきとつじつまの合わない言動”を口にしています。
さらに、安藤さんが岡田くんに“チェンソーでバラバラにされたくないよね?”と言うコメディシーンがあるのですが……これは森田のような“短絡的な殺意”と同等と言ってもいいのかもしれません。

主人公の岡田くんはヘタレなだけでなく、過去にと“ある秘密”を持っていました(これも原作にはありません)。

可愛いユカちゃんも、一見まともなようでいて、“あるとき”を境にして、岡田くんにショックな事実を伝えてしまうようになります(これも原作にはありません)。

ちなみに、タイトルの『ヒメアノ〜ル』とはヒメトカゲ(小型のトカゲ)のことで、それは“強者の餌食になる弱者”のたとえです。
振り返ってみると、本作の登場人物はみんながみんな、捕食される弱者、ヒメアノ〜ルそのものに思えてきます。それは、殺人鬼の森田でさえも……。

8.原作とは違うラストに、号泣。


本作は原作とは違うラストが用意されている、という触れ込みがなされていますが、本当に“まったく違います”。

その詳細はもちろん書けませんが……自分はこの結末に、号泣してしました。
それの涙は、悲しい、怖い、うれしい、といった単純な感情では表せないものでした。

本作は日常のコメディシーン、非日常の恐怖シーンの両方を描くことで、両極端の、さまざまな感情を“体験”させてくれる映画でした。

そしてラストシーンでは、もっとも複雑な感情を呼び起こしてくれたのです。これはこの映画でしか、なし得ないことだったでしょう。

9.R15+指定だけど、多くの方に観てほしい。


本作はその暴力および性描写によりR15+指定をされています。
普通は、こうした作品は人におすすめすることをちょっと躊躇してしますのですが……この『ヒメアノ〜ル』は違いました。
エグい描写ばかりなのに、ぜひ多くの人に観てほしいと、切実に思ったのですから。

なぜなら、この映画は凄惨な殺人を描いている一方で、“日常の幸せ”を訴えているから。
日常とはすべての人に普遍的に与えられているようで、“何かが壊れると”維持できなくなってしまうものです。
その日常を過ごせることが、いかにありがたいことか……それを実感させてくれるのですから。

本作の描写の数々は、18禁になってもおかしくないほどに強烈です。
スクリーンから目を背けてしまう人もいるでしょう。
これほど酷い描写をしなくてもいいと思う方もいるでしょう。
それでも……これらの描写も、作品にとても大切なものであると……観ればきっとわかるはずです。

次ページでは中盤の“凶悪な演出”に触れています。
物語の核心に迫るネタバレではありませんが、人によっては十分にネタバレと言えるうえ、かなり猟奇的な内容を書いています。映画を観ていない方、また15歳未満の方はご注意ください。

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