映画コラム

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2016年07月22日

『バケモノの子』から紐解く細田守と宮崎駿を結ぶもの

『バケモノの子』から紐解く細田守と宮崎駿を結ぶもの

■「映画音楽の世界」

みなさん、こんにちは。

今回の『映画音楽の世界』は、2015年に劇場公開されたスタジオ地図制作の『バケモノの子』をご紹介します。

バケモノの子 メインビジュアル

©2015 B.B.F.P


監督は東映アニメーションから独立後、本作が4作品目となった細田守。『時をかける少女』(興収2.6億円)、『サマーウォーズ』(16.5億円)、『おおかみこどもの雨と雪』(42.2億円)と着実に自身の興収成績を塗り替えながら、そして『バケモノの子』はオリジナルアニメ作品としては異例の58.5億円という結果を残し、2015年年間興収ランキングでも第4位となった作品です。

あらすじ


本作の主人公は、両親が離婚、そして母親を亡くし行き場をなくした少年、蓮。彼は渋谷のガード下で遭遇した獣人、熊徹を追って異世界「渋天街」へとたどり着き、弟子を求めていた熊徹に引き取られます。蓮は熊徹から「九太」の名を授けられ、武術を学びながら渋天街という異界での暮らしに馴染んでいくものの、ことごとく性格が合わず衝突を繰り返す九太。

それでも、多々良や百秋坊ら周囲の助言や、熊徹と本音でぶつかり合うことでやがてお互いに通じる部分、成長する要素を見つけ出していき、いつしか二人は師弟から親子のような関係を築いていきます。

そんな九太と熊徹それぞれの成長を軸に、青年となった九太は人間界で楓という少女と出会い、熊徹は宗師の位を巡ってライバル猪王山と決闘を展開。しかし、蓮という人間が渋天街に潜り込んだこと、そして猪王山が抱える「ある秘密」が、やがて渋天街を、そして人間界をも巻き込む大きな衝突を生むことになります。

バケモノの子

©2015 B.B.F.P


本作も今までの細田作品同様、魅力的なキャラクターが多く登場します。また、声の出演に役所広司、宮崎あおい、染谷翔太、大泉洋、リリー・フランキーら多くの有名俳優が名を連ねたことも公開前から話題となっていました。

夏の映画に相応しい冒険映画。剣術による対決や渋谷が大混乱に陥る描写などリアルも追及した作品で、大ヒットも納得の一本です。

そんな本作を見終えて、筆者が感じたこと。それは映画の感想や良し悪しではなく、「熊徹というキャラクターは、もしかすると細田監督にとっての宮崎駿監督なのではないか」、という思いでした。

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©2015 B.B.F.P



引退した宮崎駿監督への返答的作品


「熊徹=宮崎駿」と意識して本作を見直してみると、宮崎駿作品に通じる場面が多いように思えてきます。そもそも、作家性が目立っていた細田作品の中でも、本作が振り切ったようにエンターテインメントとしての要素が強くなっていた点。少年の成長を軸に、冒険あり、活劇あり、スペクタクルありと、『サマーウォーズ』をゆうに超える物語の展開が盛り込まれていました。

例えば、渋天街は日本であって日本でないような雰囲気で、これは『千と千尋の神隠し』の舞台である温泉街の異国情緒のようなものと同じ効果がありました。また、熊徹と神の位を巡り対立する猪王山との関係性も、お互い無意識に認め合っているにも関わらず反目し決闘すら繰り広げる状況は『紅の豚』のポルコ・ロッソとドナルド・カーチスに似ています。

他にも、九太が苦手な卵かけごはんを食べたときに体のラインが波打つようなぞわぞわ感の表現や天空の城を思わせる異世界の海上の島のデザインなどのビジュアル面、他のどの作品よりもキャラクターの吹き替えに俳優を多く起用している点など、気にすれば気にするほど、『バケモノの子』と宮崎駿作品の類似点が浮かび上がってきます。しかし細田守監督ほどの「作家」が宮崎駿作品を真似る理由がありません。

けれど、そこには「長編アニメ映画からの引退」を宣言した宮崎駿監督への、細田監督からの贐(はなむけ)の意味が込められていたのではないでしょうか。

 

日本映画界を牽引し多くのクリエイターに影響を与え続けてきた名匠の引退(この際‟引退するする詐欺“といった野暮な批判は置いておき)は映画界にとってあまりにも大きすぎる損失であり、宮崎監督本人にとっても苦渋の決断だったと思われます。

しかし、その憂いを細田監督は本作を通して宮崎監督に、「あなたが去った後の邦画界、アニメーション界は私が引っ張って行きます」、そう宣言しているように思えてなりません。

細田監督がジブリ入社を熱望し、それを宮崎監督自身が「ジブリに入ることでその個性を埋没させるわけにはいかない」と断ったことは有名な話。細田監督の願いは叶わずとも、細田監督が見つめ続けた宮崎監督の背中を表現したカットが、熊徹が刀の鞘を肩に掛け、青空に浮かぶ大きな入道雲を見つめる熊徹の後ろ姿とその背中であり、その意志を九太が胸に手を当て熊徹の存在を確かめるラストカットに込められていたように思えてなりません。
熊徹と九太の絆が、そのまま細田守監督と宮崎駿監督のつなぐものとして置き換えられるような気がします。

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©2015 B.B.F.P



音楽から『バケモノの子』と宮崎駿作品のつながりを見る


本作の音楽を担当したのは、『おおかみこどもの雨と雪』に引き続いて細田守作品への登板となった高木正勝さん。細田監督が同一作曲家を連続して起用したのはこれが初めてのケースです。
高木正勝さんは映画音楽の作曲家としてはまだ『たまたま』『おおかみこどもの雨と雪』『夢と狂気の王国』と本作しかありませんが、ニューエイジアーティスト、ピアニストとして名前を知っている人もいるかも知れません。

実は音楽についても、「宮崎駿作品のような」雰囲気を感じる点の一つでした(『夢と狂気の王国』がスタジオジブリに潜入するドキュメンタリー映画という、偶然の一致)。

映像作家でもある高木正勝さんのメロディは『おおかみこどもの雨と雪』のようにどの作品においてもピアノの旋律が美しく、ピアノと電子楽器を基調に紡がれ、世界を旅し映像に収めながらその視点がそのまま音楽、音色へと反映されます。それが高木正勝さんの持ち味でもあるので、そういった意味では異界の活劇譚という本作にうってつけの作曲家ではありますが、製作開始当初、監督から「ピアノ禁止令」が出され、「全編パーカッションだけの音楽」も想定されていたそうです。

この時点でもう「いつもの高木正勝サウンドではない」ことは確定していて、結果、ピアノも使いつつもメインはオーケストラを使用した劇伴となり、情感に寄り添うような音楽だった前作よりも、映画本編の映像、展開に則した言わば「映画音楽らしい音楽」に仕上がっています。

高木正勝さんの今までのアルバムやサウンドトラックと本作の音楽を聴き比べると、いかに本作が「高木正勝らしい音楽」よりも「映画音楽としての音楽」を意識して作られているかが解ります。もちろん、細田監督から「ジブリ作品のような音楽で」とオーダーがあったなどとは思えませんが、自然とジブリ作品、もっと絞れば宮崎駿作品常連の久石譲サウンドを彷彿とさせる躍動感、ダイナミズムを聴きながら思い浮かべてしまいます。

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©2015 B.B.F.P



高木正勝が奏でる冒険活劇映画としての音楽


さて。だからといって、高木正勝さんの個性が埋没しているかといえばそんなことはありません。繊細で優しげなピアノのフレーズは健在で、予告編でも使用された[祝祭]、[バケモノ交響曲]はタップを取り入れながら渋天街での熊徹、猪王山の対決を「神事」と捉えた感性でシーンを盛り上げています。(こちらの宣伝動画でその音楽を聴くことが出来ます)



音楽は全体的に蓮=九太の冒険と成長を意識したトーンになっていて、世界中を旅しながら音楽を作り上げる高木正勝という作曲家は結局は『おおかみこどもの雨と雪』とはまた違う方向性からぴったりの人選なのです。

バケモノの子 サブビジュアル

©2015 B.B.F.P



まとめ


細田監督はすでに次作の制作をスタートさせているようで、高木正勝さんも概要を細田監督から伝えられたとのこと。果たして新作でも細田守×高木正勝のコンビが結成されるのか期待が高まります。

一方の高木正勝さんはコンサート活動も行い、その中では『おおかみこどもの雨と雪』、『バケモノの子』の楽曲も披露されています。譜面ではなく感性でピアノを演奏するそのエネルギーに圧倒されながら細田作品の世界観にも思いを馳せることができます。細田監督が立ち上げたスタジオ地図のプロデューサー、齋藤優一郎さんにたまたまコンサートでお話を伺えたとき、「高木さんの映画音楽コンサートも行えたら」と希望されていて、細田ファン、高木正勝ファンとしてはぜひとも実現させてほしいところです。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

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(文:葦見川和哉)

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