映画コラム

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2016年12月13日

『海賊とよばれた男』が“イイ話”ではない理由

『海賊とよばれた男』が“イイ話”ではない理由

海賊とよばれた男 WEBメイン


(C)2016「海賊とよばれた男」製作委員会 (C)百田尚樹/講談社


『海賊とよばれた男』は出光興産をモデルに、石油に賭けた男たちを描いた歴史大作です。百田尚樹氏の原作小説から大きく構成が変化しており、2時間25分の映画に納めるための工夫も随所に凝らされてはいるのですが……少しその作風に“危うさ”をも感じてしまいました。その理由を、以下に書いていきます。大きなネタバレはありません。

1:“狂気の選択”を描いた作品である


主人公の国岡鐡造は、店員を家族同然に扱い、石油の商売ができない状況でも1人としてクビにしないと誓うなど、人格者のような面が十分にあります。利益は二の次で、日本の復興のために身を捧げようとする彼のことを、ヒロイックな“正しい”人物であると感じる方も多いでしょう。

しかし、鐡造は若い頃から“海賊”と呼ばれてしまうほどの無茶な行動もしていますし、終盤ではある“狂気の選択”に迫られてしまいます。その選択がいかに道義に反しており、また鐡造にとっても苦しいものであるかは、原作とは異なる時系列の入れ替えと、追加されたとある描写によりしっかりと提示されていました(これは映画ならではの上手い改変です)。

つまり、鐡造は人格者としての魅力と、狂気的な面を合わせ持っている人物なのです。主人公にそうしたアンビバレント(相反するものが共存している)な感情を抱いてしまうことが、『海賊とよばれた男』の大きな魅力の1つになっているのです。

そのため、鐡造を“いつも正しいことをするヒーロー”などとは思わないほうがいいでしょう。この主人公の狂気的な面を鑑みて、その内面を読むことも大切になってくるのですから。

海賊とよばれた男 005


(C)2016「海賊とよばれた男」製作委員会 (C)百田尚樹/講談社



2:戦争終結後すぐだからこその“怖さ”がある


序盤に、海軍燃料タンクの底に残った油を店員たちが回収しなければならなくなる、というシーンがあります。タンクの中は暗く、油は泥混じりで、ひどい臭いがするだけでなく呼吸も困難、油の量自体も膨大と、作業は困難極まりないものなのですが、鐡造はその作業を続けろと店員に命じていました。

その後、店員の1人が「戦争に比べたら、このくらい大したことはありません」と言いつつ作業に臨み、いつしか店員たちはその作業自体を楽しく感じるようになっていくのです。

美談のように思えるところかもしれませんが、自分は逆にゾッとしました。それは今の世の中のブラック企業を彷彿とさせるためです。“戦争に比べればマシ”という、当時にしかない価値観を痛感したシーンでした。

なお、原作小説では、鐡造がある残酷な事実を隠していたほか、変わりゆく戦後の価値観においても断固として商店の社是を突き通すことに店員の1人が恐怖を覚えている、という描写があったりします。これは、“戦争終結後すぐの時代であるからこそ、生死に関わる労働さえもせざるを得なくなる”という恐ろしいシーンでもあるわけです。

“まるでブラック企業だな”、“戦争で生き残ったから、こんな任務も良いと思えるのか”と怖くなってしまうシーンは、終盤にもあったりします。できれば、これらのエピソードを単なる美談と捉えるのではなく、当時の価値観が表れているということも読み取って欲しいのです。

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(C)2016「海賊とよばれた男」製作委員会 (C)百田尚樹/講談社



3:観客の気持ちを1点に絞ってしまう音楽に惑わされないで


『海賊とよばれた男』では、個人的にはっきり難点と思うことがあります。それは、音楽(伴奏)が“良いこと”、“感動”という方向に一辺倒であることです。

これまで書いたように、主人公の鐡造の選択や、店員たちの行動には、戦後すぐならではの恐ろしさが顔を見せています。そうした単なる美談だけにとどまらない各エピソードを、“イイ話”のように演出するこの音楽は個人的に歓迎できるものではありませんでした。

もちろん、感動へと観客の心を傾けるという音楽や演出そのものが悪いというわけではありません。それが効果的に働く場合もあるのですから。

『海賊とよばれた男』で描かれているのは、日本の復興という目的をただただ成し遂げようとする男たちのドラマです。そのためであったら、何かを犠牲にしたり、危険な“賭け”に出ることもある。それが単純なイイ話などにはならず、狂気をはらんでいることは必然と言ってでしょう。

本作にモヤっとした方は、狂気を意識し、劇中の音楽のことをいったん忘れ、登場人物の行動や気持ちを反芻してみることをおすすめします。そうすれば、新たに気づくこともあるかもしれません。

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(C)2016「海賊とよばれた男」製作委員会 (C)百田尚樹/講談社



おまけ:合わせて『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』や『白鯨との闘い』を観てみるのもいいかも?


本作『海賊とよばれた男』が気に入った方に(あるいは気に入らなくても)おすすめしたいのが、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』と『白鯨との闘い』です。

『海賊とよばれた男』と『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』は“石油屋”の物語ということとが共通していますが、そのアプローチの方向はまるで違います。前者は仲間を大切にする男たちの物語でしたが、後者はカネが第一でそのためならどんな手でも使おうとするゲスい男の話なのですから。その主人公の身勝手さ、宗教の伝道師の青年とのやりとりは、ほぼブラックコメディと言っていいほどに滑稽だったりもします。




『白鯨との闘い』は噂だけを頼りに、南米大陸から3700キロも離れた場所に鯨脂を採取しにいくという物語です。その航海の旅は『海賊とよばれた男』のタンク底の作業よりもさらに困難で、やはり狂気を孕んでいました。






『海賊とよばれた男』の劇中で提示されるとあるテロップの内容と、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』と『白鯨との闘い』の物語は合致するところもあります。続けて観ると、人々の生活を良くするための“燃料”に、これほどまでの多種多様なドラマがあったと、実感できるかもしれませんよ。

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(文:ヒナタカ)

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