映画コラム

REGULAR

2016年12月18日

先の読めないミステリー!ベストセラー小説の映画化『ガール・オン・ザ・トレイン』の謎を探る。

先の読めないミステリー!ベストセラー小説の映画化『ガール・オン・ザ・トレイン』の謎を探る。

■「映画音楽の世界」

ガール・オン・ザ・トレイン ポスター


(C)Universal Pictures


みなさん、こんにちは。世界中でベストセラーとなったポーラ・ホーキンズの同名小説を映画化した『ガール・オン・ザ・トレイン』が11月18日より公開されています。
監督は『ヘルプ 心がつなぐストーリー』が高い評価を受けたテイト・テイラー。主演には『オール・ユー・ニード・イズ・キル』で女性戦士として活躍を見せたエミリー・ブラントを迎え、共演にはレベッカ・ファーガソン、ルーク・エヴァンス、エドガー・ラミレスらが顔を揃えています。

今回の「映画音楽の世界」では、謎が謎を呼ぶ至極のミステリー映画『ガール・オン・ザ・トレイン』をご紹介したいと思います。


真犯人は、誰だ。──深まる謎


物語はエミリー・ブラント演じるレイチェルの視点から始まりますが、はっきり言って、主人公であるレイチェルからしてきな臭いのが本作の意表を突くところ。毎日同じ時間、同じ列車の同じ座席に腰掛け、過ぎ行く車窓を見詰めるレイチェルの視線の先には、以前暮らしていたマイホーム。

そして、数軒隣にある家に住む見ず知らずの夫婦に「自分が叶えることが出来なかった」理想の夫婦像を重ね合わせる毎日。レイチェルはアルコール依存症という設定で、これが元でジャスティン・セロー演じるトムと離婚。そして「記憶を無くすほどの酒に対する依存度が高い」ことがのちのち大きなカギを握ることになります。

事件は、理想の夫婦──ルーク・エヴァンス演じるスコットの妻、メーガン(演じるのはヘイリー・ベネットで、醸し出される色香が見事)が行方不明になったことで動き出します。

注意しなければならないのは、メーガンが行方不明になるまでに、序盤から視点と時系列がバラバラに語られるところ。この部分、多少追い掛けるのに大変ではありますが事件を紐解く上で重要な流れになっているので、どの人物の視点なのか、どういった状況なのかを正確に把握したいところ。

そして主人公であるはずのレイチェルが観客にも予測不可能な動きを見せることも事件の輪郭を攪乱してしまうポイントになっています。理想の夫婦だったはずのメーガンが起こした行動から、メーガンが行方不明となるまさに直前に彼女を罵倒したレイチェルは直後何者かの襲撃を受け意識を失います。普通のミステリーならば事件に巻き込まれたヒロインとなる立ち位置を、レイチェルは被害者なのか加害者かこの時点までに実に曖昧に描いています。

自分からトムを奪ったアナ(ファーガソン)を当然のごとく敵視し、アルコール依存のきっかけとなった理由からトムとアナの子を誘拐に近い形で抱き上げるレイチェル。警察やスコットに対する証言も二転三転するなど度重なる情緒不安定な行動に、観客は主観視点を担うレイチェルを信じるべきか、疑うべきか、メーガン事件の犯人像を推理する前に選択を迫られる形となります。

ではここでそんなレイチェルを「アルコール依存症の女性」という目線だけで見ていると、テイラー監督の術中に嵌ってしまったことになる、と敢えて明言しましょう。ミステリーには「ミスリード」という手法があり、事実を意図的に隠したり、誤った情報で観客(小説で言うなら読者)の心象操作をすることで間違った方向へと目と心を向けさせます。

アルコール依存による症状一つとってみてもそれは観客が事件を推理する上で大事な要素であり、事件はおろか物語そのものに大きく関与する可能性もあるのです。

登場人物はそれほど多くはありませんが、レイチェルを筆頭に主要キャラ全員が一筋縄ではいかないところもミステリーとしての本作の見どころ。アルコールに溺れたレイチェルを見放した元夫のトム。レイチェルからトムと住処を奪い、子まで授かったアナ。優しげな表情の裏でメーガンを支配しようとしていた夫のスコット。

そしてメーガンと医師と患者以上の関係性を持ったドクター・カマル(ラミレス)。時間が進むにつれそれぞれの人物の行動と心情が明るみになっていき、事件は思いもよらない展開へと突き進んでいきます。謎解きだけでなくキャラクターの心情を掘り下げた先に見える暗部も実にサスペンスフル。いよいよ本当の姿を見せた真犯人の行動と動機には厭(いや)なくらいの人間性の闇に、筆者は正直なところ吐き気すら覚えたほどでした。

それぞれが迎える結末は、まさに多くの乗客を乗せ様々な車窓をみせながら走る列車を縮図とした印象的なもので、まるで車輪の生み出す走行音のような余韻を残します。

ガール・オン・ザ・トレイン


(C)Universal Pictures



観客を深い霧の中へと誘う不穏な音楽


本作の音楽を担当したのはハリウッドの人気コンポーザー、ダニー・エルフマン。ティム・バートン監督作品や明快なアメコミサウンドが耳に残りやすい印象ですが、今回の音楽はシンセプログラミングをメインとした不穏な音楽に終始。序盤から敢えて解りやすいメロディーは避け、レイチェルの混沌とした精神を現したような不規則なサウンドになっています。

物語の進展、事件の新たな局面ごとに重々しさを増していくサウンドコントロールはさすが名匠といった職人ぶりで、あくまでも現実的にひしひしと音で登場人物はおろか観客をも追い詰めていくエルフマンの思惑にも、物語と同じく薄ら寒さを覚えるほど。

エルフマンの、重々しさとサスペンス性を備えた音楽といえば例えば『スリーピー・ホロウ』や『キングダム 見えざる敵』などもありますが、本作はより現実的でソリッドなトーンで観客の聴覚に迫ってきます。それは真犯人が振りかざした凶器と狂気を具現化したような音楽で、特に結末を迎えてなお居心地の悪さをあざ笑うかのようなエンドロール曲には、自分の中に残る僅かな正常な精神をも蝕まれていくような不気味さがありました。サウンドトラックはそんなエルフマンの多彩な音楽性の一面を見ることの出来る一枚になっているのではないでしょうか。

[amazonjs asin="B01KXUCF2C" locale="JP" title="Ost: the Girl on the Train"]

まとめ


公開からひと月が経ち、上映回数も減ってしまってはいますが、『ガール・オン・ザ・トレイン』は最近のミステリー映画としては『ゴーン・ガール』に続く良作で、真相当てとしても、人間の業の深さを見ることが出来るサスペンス映画としても、十分堪能することが出来る作品となっています。

繰り返しになりますが本作は視点や時系列が細目に入り組むため、なかなか一度では捉えきれない部分もあるかとは思います。「それほど言うなら犯人を言い当ててやろうじゃないか」と少しでも興味を持たれた方、ぜひ劇場へ。物語と事件の輪郭をもう一度しっかりと確認したい方も、ぜひ劇場へ。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

■「映画音楽の世界」の連載をもっと読みたい方は、こちら


(文:葦見川和哉)

無料メールマガジン会員に登録すると、
続きをお読みいただけます。

無料のメールマガジン会員に登録すると、
すべての記事が制限なく閲覧でき、記事の保存機能などがご利用いただけます。

RANKING

SPONSORD

PICK UP!