『台風家族』は第二の『カメ止め』、今年の邦画ベスト1となった「3つ」の理由!
©2019「台風家族」フィルムパートナーズ
出演キャストを巡る事件により、一時はその公開が危ぶまれた映画『台風家族』。
この話題作が、今回キャスト変更による撮り直しや出演シーンをカットすることなく、本来の内容のままで3週間の期間限定ながら、遂に9月6日から劇場公開されることになった。
チラシやポスターからは、親の遺産を巡って繰り広げられる兄弟同士の骨肉の争いを描くブラックコメディとの印象を受ける本作だが、果たしてその内容と出来は、どのようなものだったのか?
ストーリー
台風が近づく2018年のある夏の日、鈴木小鉄(草彅剛)は妻の美代子(尾野真千子)と娘のユズキ(甲田まひる)を連れて、10年前に銀行強盗で世間を騒がせた両親の葬儀に参列するために、実家へと車を走らせていた。
葬儀屋を営んでいたが、事件以後はすっかり朽ち果てた鈴木家に、長男の小鉄、長女の麗奈(MEGUMI)、次男の京介が次々と到着する。
長年、音信不通だった兄弟が集まった理由、それは両親が残した財産分与のためでもあったが、末っ子の千尋(中村倫也)だけは葬儀が終了しても現れなかった。
そして、平行線を続ける財産分与の話し合いの最中、見知らぬ訪問者が現れたことで、兄弟たちが胸に抱えた不満や本音、秘密が炙り出されていく。その中で遂に明らかになる、10年前の事件の真実とは?
予告編
理由1:予想を超える展開が観客の心を掴む!
結論から先に言うと、これこそ今年の邦画ベスト1と呼ぶに相応しい作品!
各人が実家を出てから長年疎遠だった兄弟たちが、両親の遺産目当てで再び実家に集まるという設定だけで、これから起こる事件や騒動への期待を持たせる本作だが、劇場公開以来、多くの観客から高い評価を得ている理由は、そうした観客の予想や期待を遥かに超える素晴らしい展開が、その先に待っているからに他ならない。
ネタバレを避けるために詳しく書くことは避けるが、映画序盤の印象と鑑賞後では、文字通り登場人物や作品の内容に対する評価が180度違ってくる内容となっているのだ。
©2019「台風家族」フィルムパートナーズ
ただ、チラシやネットで紹介されているストーリー通りの展開を見せる序盤の30分が終わっても、延々と遺産の取り分について自分勝手な言い争いを繰り広げる兄弟の姿には、大いに笑わされながらも「この先、延々と彼らの本性とイヤな部分を見せられるのは正直キツイかも…」そう感じてしまったのも事実。
だが、この自己中心的に見えた兄弟と家族の関係性が徐々に明らかにされ、兄弟それぞれのイヤな部分やむき出しの欲望を観客が充分に理解したところから本当の物語が始まる展開は、その後の怒涛の展開や感動を実に見事に盛り上げてくれるのだ。
遺産相続を巡るブラックコメディから、予想外な展開の連続によって最終的に涙と感動の物語へと着地する、その練り込まれた脚本の凄さは、是非劇場でご確認を!
理由2:謎や伏線が見事に回収される脚本の素晴らしさ!
観客の予想を超える展開に加えて、散りばめられた数々の伏線が見事に回収される展開も、本作が高い評価を集める理由の一つとなっている。
登場人物の何気ない電話や、葬儀に来た住職に関する噂話など、その場ではスルーしたり、一見関係無いと思えていた描写が、後から見事に効いてくる展開は、よく練り込まれた脚本で作られると映画はここまで面白くなる! そんな基本的なことを我々観客に思い出させてくれるのだ。
更に、絶妙なポイントで重大な役割を果たす小道具の使い方は必見!
これらの小道具によって登場人物の意外な一面や、子供に対する親の深い愛情がセリフに頼ることなく観客に示されることで、ラストに向けての感動がより高まる効果を与えてくれるからだ。
©2019「台風家族」フィルムパートナーズ
加えて、画面の奥行きを最大限に生かした画づくりも、本作の面白さを支える重要な要素の一つと言える。
例えば葬儀のシーン一つとっても、画面の一番手前に小鉄を座らせ、その後ろで兄弟たちがそれぞれに会話を繰り広げながら、更に一番奥では美代子とユズキが"そうめん"を食べている、という風に、奥行きを生かした動きのある構図が用いられることで、観客を常に退屈させない点も実に上手いのだ。
もちろん、こうした脚本上の細かい部分だけでなく、登場人物たちが決して外見や言葉通りの人間ではないことが観客にも自然と理解できる、市井昌秀監督の演出も見逃せない。
例えば、映画序盤に登場する葬式のシーンでは、父親の一鉄(藤竜也)が頑固で厳しかったことへの不満を兄弟が口々に語るのだが、同時に彼らの表情が皆嬉しそうに笑っていることで、実はこの家族が心の底では深い愛情と絆で繋がっていると、ちゃんと観客には示されることになる。
それだけに、なぜ一鉄が家族を不幸に陥れてまで銀行強盗を行ったのか? そしてどこへ消えたのか? など、物語の核心となる謎への興味が俄然高まることになるのだ。
しかも単なる謎解きの意外性に終わらず、多くの人々の人生を狂わせた強盗事件に隠された感動の事実を描き出す本作は、着想から映画の完成まで実に12年の歳月をかけた、市井昌秀監督の最高傑作と言えるだろう。
©2019「台風家族」フィルムパートナーズ
既に多くの方がネットやSNSに投稿されている通り、劇場の大スクリーンで多くの観客とその感動を共有することで、更にその面白さが倍増する"体験型"の作品に仕上がっている本作。
もしも鑑賞を躊躇している方は、心配せずに是非劇場でご鑑賞頂ければと思う。
理由3:出演キャスト陣の演技と存在感が凄い!
前述した通り、序盤の30分は遺産を巡る兄弟間の骨肉の争いが笑いを交えて描かれる本作。
その後は物語が一旦落ち着くことで、どうしても進行がスピードダウンしたり、観客の意識が現実に引き戻されそうになったりするのだが、その度に家族とは関係の無い新たな人物が登場し、別の側面から事件の全容や一鉄の人柄が描かれることで、映画がまた推進力を得て観客の予想もしない方向へと走り出す展開は見事!
ただ、ネットのレビューでも散見できたように、所どころで荒唐無稽だったり、かなり突然に思える展開が含まれている点は、正直否定できない。
だが、出演キャスト陣の素晴らしい演技力や存在感が、そうしたハードルを観客に感じさせないようにしているのも、また事実なのだ。
特に主人公の小鉄を演じる草彅剛の演技は素晴らしく、序盤で見せる小鉄の、あまりに自分勝手な性格や行動には、観ていて思わず「こんなに酷い男が主人公で、果たして最後まで楽しんで観ていられるのか?」、そう心配になったほど。
だが後述する通り、細かな部分までその背景が設定されている本作の登場人物は、皆外見や言動だけでは単純に判断できない、複雑な内面を持つ存在として描かれており、そうした登場人物に"生きた人間"として命を吹き込むのは、やはり草彅剛の持つイメージと演技力に他ならない。
そう、彼という稀有な俳優の存在があればこそ、映画後半に向けてあれ程の多幸感と感動が生まれることになったのだ。
©2019「台風家族」フィルムパートナーズ
もちろん、他の出演キャストの演技も皆素晴らしく、「代役起用による撮り直しや再編集が行われずに済んで本当に良かった!」、鑑賞後にそう思われた方も多かったのではないだろうか。
中でも女性キャストの存在は今回とても重要であり、事件の核心に触れる部分や登場人物の真の姿を観客に理解させるなど、彼女たちが果たす役割は非常に大きいものがある。
特に、謎の女性を演じる長内映里香の自分を責め続けているかのような表情や、内面から溢れる真剣さは、下手に描くと荒唐無稽になりかねない事件の重要な部分に抜群の説得力を与えてくれていて、実に見事!
その他にも、小鉄の娘を演じる甲田まひるが父親を見つめる視線の変化や、少ないセリフながらその済んだ瞳で全てを語る、榊原るみの圧倒的な存在感や年齢を超えた可愛らしさなど、登場人物の背景を感じさせる彼女たちの演技により、まるで実在の人物のような存在感が登場人物に与えられる点も見逃せない。
©2019「台風家族」フィルムパートナーズ
実は本作の登場人物には、かなり細かい部分まで背景が設定されており、実際本作の公式ツイッターでも、細かい裏設定が登場人物ごとに投稿されていたのを、きっとご覧になった方も多いのでは?
例えば、小鉄と妻の出逢いや千尋がパソコンに詳しい理由、それに一鉄が家業を継ぐに至った経緯や妻・光子との出会い、更には麗奈の今カレとして強烈な印象を残す登志雄(若葉竜也)の過去や二人の出逢いのきっかけなど、こうした細かい設定からは、市井監督がこの作品にかける特別な想いが伝わってくるようだ。
このように"生きたキャラクター"が登場することで、多少荒唐無稽だったり唐突に思える展開も、「確かにこのキャラクターならこう行動するだろうな」と、観客が無理なく共感・納得できる効果を生むことになる本作。
特に、一見自分勝手で金の亡者に見えた小鉄の行動の真意が明らかにされる展開は、人間が決して外側から見える通りの単純な存在ではないということや、子供の幸せこそが親にとって何よりも大切なものであること、更に、大事なことは言葉にしなければ伝わらないなど、普遍的な真理を我々観客に教えてくれるものに他ならない。
©2019「台風家族」フィルムパートナーズ
遺産を巡って欲望を露わにするこの兄弟への印象が、映画の序盤とラストでは確実に変わってしまう、この『台風家族』。
3週間限定公開というハードルにめげず、時間を作って劇場に足を運ぶ価値のある傑作なので、全力でオススメします!
最後に
昨年話題となった『カメラを止めるな!』のヒットにあやかってか、"第二のカメ止め"の前評判と共に公開される邦画が増えたのだが、残念ながら期待通りの結果を得られなかった作品が存在したのも事実。
だがゾンビこそ登場しないものの、序盤と終盤の展開のギャップや、登場人物たちが力を合わせて同じ目的のために行動し、最終的に登場人物皆が成長し幸せになるという展開、更に鑑賞後に観客が得る多幸感と感動など、本作こそ正に"第二のカメ止め"と呼ぶに相応しい作品なのは間違いない。
©2019「台風家族」フィルムパートナーズ
実際、ネット上にアップされた感想やレビューも、軒並み高評価となっており、既に複数回観たというリピーターも登場しているほど、本作は観客の大きな支持を得ているのだ。
公開前に起きた事件が与えたイメージや先入観、更には3週間の限定公開という厳しい条件にも関わらず、本作がこれだけ多くの観客から愛され、高評価のレビューを得ているという事実。これこそ『台風家族』という作品の素晴らしさの証明に他ならない。
それでは、何故この作品が観た者の心をこれほど掴むのか?
それは、本作が"家族"という一番身近で普遍的な題材を描きながら、そこに現代が抱える様々な社会問題を巧みに取り入れ、しかも誰もが共感できて感動と希望を胸に劇場を後にできる作品だからではないだろうか。
劇中で繰り返し登場するセリフ「感情の話ではなく、法律の話をしている」を踏まえるなら、本作は正に家族や親子という"形式"にとらわれた話ではなく、切っても切れない親兄弟の絆という"感情"の話に他ならない。
©2019「台風家族」フィルムパートナーズ
父親の起こした事件によって人生を狂わされ、どん底の生き方が身についてしまったように見える小鉄。
だが、そんな彼も父親としての責任感によって成長していたことや、父の一鉄もまた小鉄と同じ想いであったことが判明する展開には、離れていても決して切れることのない、家族の絆の強さを感じずにはいられなかった。
その他にも、自分の人生をかけて取り組む価値のある、親子という関係性の素晴らしさや、家族や兄弟という近い存在でも、お互いの真意は言葉にしなければ伝わらない、だから衝突を恐れずに自分の思いは相手に伝えた方が良いなど、多くの人々の心に響くテーマが描かれる本作。
あおり運転やSNS上の発言など、人間の善き部分に対する信頼が揺らいでいる今だからこそ、一見自分勝手な言動や外見に隠されたこの家族の絆や思いやりに、多くの観客が共感・感動したことは間違いないだろう。
それだけに、再編集やキャスト変更による撮り直しを行うことなく、本来の内容のまま本作が無事に公開されたことは、最悪未公開に終わった可能性も高かったことを考えると、本当に感謝の気持ちしかない。
キャストの要望によりもう一度撮り直したというエンディングも素晴らしいのだが、映画の公開に先駆けて出版された原作小説には、更に後日談的エピローグが書かれているので、彼らのその後が知りたい方は是非そちらの方もチェックされてみては?
ちなみに劇場パンフレットの方にも、小鉄が出演した映画のタイトルや出演シーンのシナリオが掲載されているので、こちらもオススメです!
(文:滝口アキラ)
無料メールマガジン会員に登録すると、
続きをお読みいただけます。
無料のメールマガジン会員に登録すると、
すべての記事が制限なく閲覧でき、記事の保存機能などがご利用いただけます。