映画コラム
『皆さま、ごきげんよう』、喜劇王ピエール・エテックス最後の勇姿
『皆さま、ごきげんよう』、喜劇王ピエール・エテックス最後の勇姿
12月17日から東京・神保町の岩波ホールを皮切りに全国順次ロードショーとなる、オタール・イオセリアーニ監督の最新作『皆さま、ごきげんよう』。ユーモラスなキャラクターたちが織り成す、この少し風変わりな群像劇は、まるでイオセリアーニ作品の集大成かのような出来栄えだ。
(C)Pastorale Productions- Studio 99
あらゆるヒューマンコメディの諸作へのオマージュを感じさせるショットの数々に、イオセリアーニ作品常連のアミラン・アミラナシュヴィリとフランスの名優リュファスの共演。そこに中堅マチュー・アマルリックをはじめ、『ガッジョ・ディーロ』などで知られるアルジェリア出身の映画監督トニー・ガトリフら、異色とも個性派ともとれるキャストが脇を固める。
そして何と言っても、ピエール・エテックスのただならぬ存在感だろう。
<〜幻影は映画に乗って旅をする〜vol.11:『皆さま、ごきげんよう』、喜劇王ピエール・エテックス最後の勇姿>
本作の劇中で、〝伯爵〟と呼ばれる浮浪者の男。街頭でバッジを売っていたり、アコーディオンを弾いている。この男こそ、かのジャック・タチの弟子にあたるピエール・エテックスだ。
『ぼくの伯父さん』でタチに師事し、彼の作品のとても印象深いポスターを手がけたり、助監督を務めたエテックスは、後々ジャン=クロード・カリエールと共に脚本を手がけ、監督デビューを果たす。短編長編を含め、13本の監督作があるが、そのほとんどの作品は権利関係の問題からお蔵入りとされ、長年に渡り日の目を見ることはなかった。
彼を再評価しようという動きが加速した最近になって、ようやくその封印が解かれ、2012年にはフランスで彼の諸作のDVDが発売。昨年開催された第16回東京フィルメックスで、代表作である『大恋愛』と『ヨーヨー』が上映されたことも記憶に新しいだろう。
芸術的な分野で多彩な才能を見せつけるエテックスの肩書きは数え切れない。俳優であり、映画監督であり、絵描きでもあり、そして道化師でもある。イタリアの巨匠フェデリコ・フェリーニが1970年に手がけた『フェリーニの道化師』における、エテックスの姿がとても印象的だ。
フェリーニの映画といえば、絢爛豪華なサーカスの描写を思い浮かべる人も少なくないだろう。彼の想像力の原点となったのは、紛れもなく、幼少期に見たサーカスだったのである。その不思議な世界に魅せられたフェリーニが、自らの幼少期を回想し、世界中にいる道化(クラウン)を訪ねて歩き、そして壮大なクライマックスへと辿り着く、セミドキュメンタリーの様相を呈した逸品。もともとはテレビ用のドキュメンタリーフィルムとして作られた作品だが、日本をはじめ多くの国で劇場公開された。
出番こそ少ないが、フェリーニら一行がエテックスの部屋を訪ねる場面が登場する。タバコを吸いながら8ミリの映写機を回すエテックス。後ろには『ヨーヨー』のポスターが掲げられていて、フェリーニらが部屋に置いてあった小道具を手に取る場面である。この小道具は効果音に用いられるもので、まさにトーキー時代の喜劇映画に面白みを与えるために使ったものであるわけだ。
当時40代前半のエテックスは、本作の前後も数多くの映画でその存在感を露わにしていった。ブレッソンの『スリ』や、大島渚の『マックス、モン・アムール』。80年代を最後に俳優業と監督業から退いたが、そんな彼を映画界に引き戻したのが、オタール・イオセリアーニだったのである。
残念なことに、この『皆さま、ごきげんよう』の日本公開を目前にした10月、ピエール・エテックスはこの世を去った。
キートンやロイドといったサイレント時代の喜劇王に敬意を込めた作品を作り出した彼から、その意志を継いだのはイオセリアーニに他ならない。社会に対する批判精神を込めながらも、決して重たい物語には落とし込まず、万遍ないユーモアで作品世界を包み込む。
先日来日してインタビューに応じたイオセリアーニは、偉大なる作家であり友人であったエテックスについての思い出を語っていた。彼が映し出した、喜劇王エテックスの最後の勇姿を、もう一度劇場で観直したいところだ。
■「〜幻影は映画に乗って旅をする〜」の連載をもっと読みたい方は、こちら
(文:久保田和馬)
無料メールマガジン会員に登録すると、
続きをお読みいただけます。
無料のメールマガジン会員に登録すると、
すべての記事が制限なく閲覧でき、記事の保存機能などがご利用いただけます。