映画コラム

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2017年01月20日

『沈黙-サイレンス-』へのマーティン・スコセッシ監督の歩み

『沈黙-サイレンス-』へのマーティン・スコセッシ監督の歩み

ついにかなえた夢。『沈黙‐サイレンス-』


沈黙-サイレンス- 仮メイン


(c) 2016 FM Films, LLC. All Rights Reserved.


マーティン・スコセッシ監督渾身の最新作『沈黙-サイレンス-』がいよいよ日本でも公開されます。

アンドリュー・ガーフィールド、アダム・ドライバー、リーアム・ニーソンといったハリウッドの大物に交じって浅野忠信、窪塚洋介、イッセー尾形、そして『シン・ゴジラ』の演技も記憶に新しい映画監督塚本晋也も俳優として出演しています。他にも小松奈菜や加瀬亮も短い出番ながらも印象に残る演技をしています。

(監督としてすでに世界的に知られている塚本監督が役者としてオーディションの場に現れた時にはスコセッシ監督もたいそう驚いたそうです)

原作は遠藤周作の同題小説。今回の映画化という話題性もあって国内で200万部を突破したベストセラーであり、世界的にも非常に評価の高いキリスト教文学作品でもあります。

島原の乱を経て、さらに弾圧が厳しくなっていった長崎。高名な神父フェレイラが信仰を捨てたという知らせが届きます。
その一報をにわかに信じられないでいるフェレイラの弟子でもある若き神父ロドリゴとガスペは危険を覚悟のうえで日本に密入国をし、事の真相、日本の現状を知っていくようになります。

目の前で繰り返される隠れキリシタンへの拷問や処刑。殉教というにはあまりにも苛烈な情景を見ていくロドリゴの心の中にいるはずの神は“沈黙”したままで彼に道標を示してくれることはありません。

そして、目の前に転んだ(棄教した)かつての師フェレイラが現れます。

『沈黙-サイレンス-』へのマーティン・スコセッシへの歩み
『ギャング・オブ・ニューヨーク』




(C)2002 Miramax Film Corporation. All Rights Reserved Initial Entertainment Group.



映画監督マーティン・スコセッシ。


ニューヨークで生まれ育った彼は、ニューヨークを舞台にした『タクシードライバー』でカンヌを制し、一躍一線監督に躍り出ました。

その後、ハーベイ・カイテルそしてロバート・デニーロを自身の相棒としてキャリアを重ねていきました。(ティム・バートンとジョニー・デップのようなコンビと言っていいでしょう)

そして世紀を超えたころに新たなパートナーとしてコンビを組み始めたのがレオナルド・ディカプリオでした。

レオナルド・ディカプリオは天才少年子役としてハリウッドで注目を浴び、『ボーイズ・ライフ』ではロバート・デニーロとも共演、『ギルバート・グレイプ』で19歳にしてアカデミー賞にノミネートされました。その後、『太陽と月に背いて』『ロミオ&ジュリエット』で“刹那感”を漂わせる天才ぶりを発揮、そしてあの『タイタニック』に出演しました。

ご存知の通り『タイタニック』は世界中で記録的な大ヒットとなり、アカデミー賞11部門を制し映画史に燦然と輝くことになりました。この一作で文字通りディカプリオは世界的な名声を獲得しました。

しかし、その一方で主演でありながら『タイタニック』ではアカデミー主演男優賞ノミネートすらされず、さらにその後『タイタニック』に出演したことがキャリアの中であまりにも大きくなりすぎて悩まされることになっていきました。

この頃の(02年)のディカプリオはとにかくアイドル化された自身のキャリアの再構築を模索していました。

そんな中で自身が尊敬するマーティン・スコセッシとの映画製作の企画が出てきました。

それが自身も製作総指揮も兼ねた『ギャング・オブ・ニューヨーク』でした。

ギャングというと『パブリック・エネミー』のジョン・デリンジャーや『俺たちに明日はない』のボニーとクライドのみたいに列車強盗や銀行強盗をしている一団のイメージがありますね。

ただ、ここでいうギャングは19世紀中頃の存在の者たちのことで、この頃の新大陸アメリカでは入植順・入植人種ごとに軋轢が絶えず、それに対して各々が結成した自警団といった存在でした。

30年近い構想を持っていたスコセッシはイタリアの名門撮影所チネチッタに大掛かりなセットを建築19世紀のニューヨークを完全に再現しました。宿敵ビル・ザ・ブッチャーを演じたダニエル・デイ=ルイスは当時俳優休業中でしたが、ディカプリオも説得に動き出演を実現させました。

さらにキャメロン・ディアス、リーアム・ニーソン(『沈黙‐サイレンス-』にも出演)ら豪華キャストが集結し、スコセッシとしても半年近い撮影期間、150億円もの巨額の製作費を投じた自身のキャリアの中でも最大級の大型企画となりました。

しかし、ニューヨークの悲劇。


しかし、ここで予期せぬ悲劇が起こります。01年のニューヨークを悲しみと混乱に陥れたアメリカ同時多発テロの発生です。

時代が違うとは言え、ニューヨークを舞台にした大掛かりな戦闘シーンがあるこの映画をスクリーンにすぐに映し出すことは難しくなりました。

結果として、一年間公開を延期、最後にはスコセッシの追悼メッセージを追加されました。

ディカプリオのネームバリューもあって、映画は世界中で大ヒット。受賞結果は伴わなかったもののアカデミー賞10部門にノミネートされました。

あまりにも存在感が強すぎたのでなぜかアカデミー賞主演男優部門にはダニエル・デイ=ルイスがノミネートされてしまいましたが、ディカプリオとしても“脱タイタニック”への大きな足掛かりとなりました。

そして何よりも、レオナルド・ディカプリオとマーティン・スコセッシという21世紀最強の映画コンビが生まれる映画となりました。

[この作品を見れる動画配信サイト](2017年1月20日現在配信中)
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コンビ熟成へ
『アビエイター』




(C)2004 IMF. All Rights Reserved


02年の『ギャング・オブ・ニューヨーク』で憧れのスコセッシ監督との出会いを果たしたディカプリオは続けざまにスコセッシとのコラボレーションを進めていきます。

05年には再びディカプリオが製作総指揮を買って出て、実在の大富豪ハワード・ヒューズの生涯を描く大作『アビエイター』の撮影が始まります。

『ギャング・オブ・ニューヨーク』では公開延期など多くの障害を乗り越えたスコセッシ&ディカプリオコンビの信頼関係は熟成され169分の長尺の大作を二人で紡ぎだしました。

ディカプリオは自身の“脱タイタニック”“脱アイドル”を進めていくうえで、欠かせないステップであり、スコセッシにとってみればディカプリオというある種“ヒットを見込める俳優”を得たことで、それまでに制約のあった作品の大型化に挑むことができるようになりました。

作品の規模・スケールはもちろん撮影期間や構想期間などにさらに力を注ぐことができるようになったことは結果として『沈黙‐サイレンス-』の製作実現に結び付いています。

本作もまた大ヒットを記録し、11部門でアカデミー賞にノミネートされ、スコセッシとディカプリオの受賞こそなかったものの6部門を制し、興行収入・批評両面で高い評価を獲得しました(この時にはちゃんとディカプリオは主演男優賞にノミネートされました)。

また、『ギャング・オブ・ニューヨーク』という大きなヤマを越えたディカプリオは『ギャング・オブ・ニューヨーク』では封印気味だった“笑顔”も出してくるようになりました。

もともと天才肌であり天才肌役(『ギャング・オブ・ニューヨーク』と同年の『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』などなど)がはまるディカプリオが終始眉間に皺を寄せ苦虫を噛み潰したような表情だけで押し切った『ギャング・オブ・ニューヨーク』では力みが感じられていました。

『アビエイター』を経てスコセッシは超大作路線へのシフトチェンジ、ディカプリオにとってはアイドル的なパブリックイメージをも自身の役どころに取り込む余裕を生む作品となり、文字通り大きな転機となりました。

その後の二人はある種の力みが抜け重厚なドラマから娯楽色の強い作品を作る余裕がでてきました。このコンビではスコセッシ念願のアカデミー賞監督賞受賞作品となった『ディパーテッド』、サスペンス映画『シャッターアイランド』、ディカプリオが陽性キャラを全開にした『ウルフ・オブ・ウォールストリート』と傑作が続きます。『ウルフ・オブ・ウォールストリート』はスコセッシ最大級のヒット作ともなりました。

『ギャング・オブ・ニューヨーク』『アビエイター』を成功させ、『ディパーテッド』でアカデミー賞を獲ったこともあり、スコッセシにはある種の呪縛のようなものから解放され、より自身の志向・嗜好に近い作品を撮ることができる環境が整いました。映画への愛情をたっぷりと込め、あっと驚く3D映画にチャレンジした『ヒューゴの不思議な発明』。

そして日本と日本映画への尊敬の念(黒澤明の『夢』に出演もしました)とキリスト教徒としての自身のアイデンティティを込めた渾身の企画で日本人作家遠藤周作代表作の『沈黙‐サイレンス‐』の映画化へとつながっていくことになります。

[この作品を見れる動画配信サイト](2017年1月20日現在配信中)
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そして『沈黙-サイレンス-』へ


マーティン・スコセッシと小説「沈黙」を語るときに欠かせないものが、彼の生い立ちです。

彼は生まれも育ちもニューヨーク。といっても今の観光都市のニューヨークではなく、犯罪の巣窟(それこそ『タクシー・ドライバー』に描かれたような)でした。

そこでは当たり前のように罪と罰・暴力と血が存在している世界でした。そんなものを見て育ったスコッセシ少年は心にそんな社会の闇を当たり前のものとして受けれいるかどうかということと、それを赦すことができるか否かという信仰というものが、大きな矛盾を抱えて行くようになりました。

そんな時に彼の前に現れたのが“映画”というものでした。本人も映画との出会いがなければ何者になっていたかわからないと語っています。

こうしてスコセッシは映画という手段を使って自分の中の(そしてそれを取り巻く社会の)矛盾を描き出し、咀嚼していくことになります。

もう一つの『沈黙-サイレンス-』から始まった信仰への思い、そして映画『沈黙-サイレンス-』の映画化実現への道

スコセッシが初めて小説「沈黙」に出会ったのは88年頃だったと言っています。偶然にもこの時はスコセッシが初めて“信仰”を全面で押し出した映画『最後の誘惑』の撮影時期でもありました。

イエス・キリストを悩める人間として描いた作品は激しい賛否を呼ぶものになりました。当の本人は『最後の誘惑』を撮ったことで“信じることとは何なのか?”ということを深く考える機会になったと語っています。

さらにこの時期彼は日本にやってくることになります。憧れの映画の国日本で憧れの監督黒澤明の『夢』に出演するためです。彼の映画愛は様々なところで語られていますが、まさに名作というようなものからカルト映画まで幅広く愛し、また彼がタイトルを上げたことで歴史に埋もれていた作品に光が当たったこともありました。

特に日本映画愛は強く、溝口、大島、今村、篠田、小津、黒沢といった名前が彼の口から語られています。
そんな『夢』の撮影中に「沈黙」と出会います。『最後の誘惑』で芽生えた信じるということへの思いにある種の答えを出してくれるのではと期待させられた運命の出会いでした。

しかし、原作・そして映画を見てみれば、そこにある答えが決して一つではないことが分かります。
信じること、教えること、救うこと、赦すこと、許されること、これらはその時々、その人々によって様々な姿かたちを見せます。そのため当時のスコセッシは映画化権を確保しながらも「沈黙」とはどのような物語なのかということ捉えきれずにいました。
(ちなみに、スコセッシは生前の遠藤周作に直接会えたことがあり、映画化についても直接申し込んだのだそうです)

気が付けば「沈黙」との出会いから28年もの歳月が流れていました。しかしスコセッシはその時間を振り返るときに、無駄に時間を浪費してしまったとは決して言いません。映画監督としてのテクニックもキャリアもたっぷりと積み、また私生活でも様々な体験と成長を得られたからです。

そして完成した映画『沈黙-サイレンス-』はとても静と動が交互に訪れ、見る者の感情を大きく揺さぶる、力と気持ちのこもった映画となりました。2時間半を超す上映時間の中で描かれる風景は時には目をそらしたくなるほど苛烈なものもあります。

しかし、それと同時にどうしても目を逸らせない悲しくも勇ましい人々の姿と心が焼き付けられています。
スコセッシは自身が「沈黙」を読んだときに感じたの同じように映画を見た人々にも様々な思いを抱かせる映画にしていて簡単には答えを示しません。

洋の東西、文化・習慣が異なる社会の中で人として生きることとは?最も大切なものとは?
マーティン・スコセッシ監督は映画『沈黙-サイレンス-』を通してそんな究極の選択を我々に問いかけてきます。

(文:村松健太郎)

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