『虐殺器官』を観るべきたった3つの理由
(C)Project Itoh / GENOCIDAL ORGAN
2月3日に公開される『虐殺器官』は、34歳でこの世を去ったSF作家・伊藤計劃のデビュー作をアニメ映画化した作品です。本作がどういった作品であるのか、どのような魅力があるのか、以下に書き出していきます。大きなネタバレはありません。
1:度重なる公開延期を経てやっと完成!スタッフの妥協のなさを感じてほしい。
本作は元々2015年10月に公開予定でしたが、「表現方法の追求」を理由に同年11月に延期され、さらに制作会社のマングローブの倒産により無期限の公開延期が決まりました。当時は前売り券の返金が行われ、スタッフも散り散りになってしまうなど、プロジェクト自体が大混乱になっていたそうです。
しかも当時、村瀬修功監督はテレビアニメ「ギャングスタ」の監督も務めており、スタッフも重複していたためスケジュールは過密を極めていたのだとか。マングローブが倒産する時の『虐殺器官』の進行状況は、なんと2割ほどしかなかったのだそうです。
それでも山本幸治プロデューサーは同作の制作を続けるため、新スタジオの設立をすぐに決断します。それからわずか6週間で生まれた“ジェノスタジオ”の中でスタッフたちが尽力を続け、さらに1年以上をかけて作品が完成したのです。
それだけの時間をかけても、まだ制作状態はギリギリだったようです。何せ、筆者が公開1週間前の試写で観させていただいたのは、95%の完成度のバージョンだったのですから。村瀬監督はギリギリまでリテイクを重ね、満足がいく出来の『虐殺器官』を作り上げたのです。
制作の継続のために新スタジオを設立し、ここまでの延期がされ、公開直前までブラッシュアップがあるということは、監督およびスタッフが途方もないほどの努力を重ね、作品の完成度を高めていったことを示しています。その妥協のなさ、こだわりは、作品の中にもしっかり見ることができました。
2:戦闘シーンは“残虐”。だからでこそアニメにした意義があった!
本作を鑑賞して何より思ったことは“劇場用アニメにした意義があった”ということでした。その理由は“アニメでしかできない表現がある”ということと、“伊藤計劃の作品の魅力を分かりやすく伝えることができている”ということの2点に集約されます。
本作のアニメーションとしての出来栄え、特に戦闘シーンの迫力は筆舌に尽くしがたいものがあります。そして何より“残虐”です。戦場には死体が転がり、銃撃により肉が削げ落ち、子どもでさえも容赦なく四肢や頭部が欠損していきます。
本作はR15+指定がされていますが、世界にはびこる虐殺の醜さ、主人公の葛藤、何より導き出されるメッセージを浮き彫りにするためには、これらのグロテスクな描写は必要不可欠でした。
外国の戦場の再現も含め、『虐殺器官』を日本で実写映画することはできなかっただろう、アニメでしか有りえなかったんだな、作ってくれて本当にありがとう……まずは、そう感謝を告げたくなったのです。
また、中村悠一、三上哲、梶裕貴、石川界人、小林沙苗、大塚明夫と、豪華声優陣が勢ぞろいしていることも、アニメファンには見逃せません。個人的に特に印象に残ったのは、ターゲットであるジョン・ポールを演じた櫻井孝宏。そのしゃべり方はテレビアニメ「物語」シリーズの忍野メメというキャラにも似ており、その内面に狂気を忍ばせ、かつ少し憂いを帯びた感情をも匂わせる……“声優の本気”をまざまざと見せつけられました。
3:予備知識はほぼいらない!伊藤計劃という作家に触れる絶好の機会だ!
このアニメ映画版は“伊藤計劃の作品の魅力をわかりやすく伝えることができている”という点でも特筆に値します。というのも、『虐殺器官』の原作小説は“論理的に何かを主張する”セリフが多く、作品全体がセリフで埋め尽くされていると言っても過言ではないため、少なからず“取っつきにくさ”を感じるところがあったのです。
アニメ映画版はその原作を大胆に刈り込んでいました。これは作品のテンポを良くして、映像作品としてのエンターテインメント性を高める上での英断と言えるでしょう。もちろんその分カットされてしまったシーンも多いのですが、作品においてもっとも重要な会話は残し、時には別の場面のセリフを早めに提示してメリハリをつけるなど、原作からの取捨選択と再構成が見事に行われているため、原作のファンも納得できるのではないでしょうか。
それでいて、村瀬監督は原作にセリフが多いことを踏まえ、伊藤計劃の文体やセリフ回しを可能な限り再現することに拘ったと明言しています。そのため原作そのままの論理的な会話劇の魅力は、このアニメ映画版でもいっさい失われていない、いや、むしろ映像として観ることができる上、豪華声優の熱演もあるのですから、さらにその面白さが際立っていると言ってもいいでしょう。
何より、自分で能動的に追っていかないといけない小説に対して、映画は良い意味で受動的で、映画館という場所に座っていれば楽しめる娯楽です。伊藤計劃作品にある奥深さ、(フィションであるのに)圧倒的なリアリティ、さまざまな知識に裏付けられた論理的思考の数々……そうした魅力を気軽に体験できるという点においても、本作を観て欲しいのです。
なお、本作はさまざまな論理的かつ哲学的な思考が込められている一方で、基本のプロットは「世界中で虐殺を起こしている謎の人物を追う」とシンプルなので、決して難解な内容ではありません。予備知識はほぼなくていい(カフカなどの文学や、世界情勢や歴史に詳しいとなお良し)ですし、伊藤計劃という作家のことを知らなくてもまったく問題はありません。むしろ何も知らない人こそ、「こんなにすごい作家がいたんだ」「こんなにすごいアニメがあるんだ」と、本作のインパクトは大きなものになるでしょう。
まとめ
個人的に『虐殺器官』は、アニメ映画→原作小説の順に触れることをおすすめしたいです。前述した通り小説よりも映像作品のほうが間口は広いですし、小説で映画の内容をさらに“掘り下げる”ことができるでしょうから。映画では省かれてしまったセリフや描写の数々にも、さらなる衝撃と深みを感じることができるはずです。
なお、本作は伊藤計劃作品をアニメ映画化する「Project Itoh」の1つであり、すでに『屍者の帝国』と『ハーモニー』という作品も劇場用アニメとして公開されています。
直接的な続編というわけではないですが、『ハーモニー』は『虐殺器官』よりも後の時系列に当たります。『ハーモニー』はフジテレビにて2月4日(土)26時20分、 関西テレビでは2月11日(土)25時45分より地上波でも放送されるので、『虐殺器官』の鑑賞後にこちらを観てみるのもいいでしょう。続けて観ることで、両者の作品における“管理された世界”に、より密接な繋がりを感じられるかもしれません。
映画『虐殺器官』は大人向けのアニメ、シリアスな作風の映画、ハードなSF作品を好むすべての方におすすめしたい作品です。セリフの多さ、残虐描写、ヒーロー的なカタルシスがほぼないという作風はやや観る人を選ぶところもありますが、それも含めて本作は類まれな魅力に溢れているのですから。
なお、『虐殺器官』は『オールド・ボーイ』のパク・チャヌク監督が実写映画化をすることが報じられています。わずか3作(うち1作は共作)の長編小説を残した伊藤計劃が、これからも多様な広がりを持って多くの人々に知られるようになる……そのことを、願ってやみません。
■このライターの記事をもっと読みたい方は、こちら
(文:ヒナタカ)
無料メールマガジン会員に登録すると、
続きをお読みいただけます。
無料のメールマガジン会員に登録すると、
すべての記事が制限なく閲覧でき、記事の保存機能などがご利用いただけます。