映画コラム

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2017年02月12日

シチュエーションコメディの天才・矢口史靖が送り出す『サバイバルファミリー』と過去作の共通点

シチュエーションコメディの天才・矢口史靖が送り出す『サバイバルファミリー』と過去作の共通点

■「〜幻影は映画に乗って旅をする〜」




(C)2017フジテレビジョン 東宝 電通 アルタミラピクチャーズ


突然ライフラインがすべて止まったら、便利なものに頼りきりで生きる現代人はどうなるのか。11日から公開された矢口史靖監督の最新作『サバイバルファミリー』は、その実直なシチュエーションと、現代社会への素朴な疑問を提示する、痛快なコメディ映画だ。

〜幻影は映画に乗って旅をする〜vol.18:シチュエーションコメディの天才・矢口史靖が送り出す『サバイバルファミリー』と過去作の共通点>

東京に暮らす平凡な4人家族の鈴木家が、ある朝目覚めると家中の電気がストップしていた。目覚まし時計がならないために会社に遅刻しそうな父と、冷蔵庫が止まってから実家から届いた魚を捨てる母。大学生の息子も、高校生の娘も携帯電話が使えずに、急に不自由な生活になってしまう。ただの停電かと思いきや、一向に復旧する目処が立たない。それまでバラバラだった家族は、思い切って鹿児島にある母の実家を目指す旅に出るのだった。



(C)2017フジテレビジョン 東宝 電通 アルタミラピクチャーズ


矢口史靖監督といえば、男子高校生がシンクロを始める『ウォーターボーイズ』、女子高生がスウィングジャズに挑む『スウィングガールズ』で一世を風靡した、日本映画界きっての喜劇作家だ。今回は前作『WOOD JOB!(ウッジョブ)〜神去なあなあ日常〜』につづいて、不便な場所に投げ出される現代人の生活のアンバランスさを笑いに変えた。

90年代、PFF(ぴあフィルムフェスティバル)に応募した学生映画『雨女』でグランプリを獲得した矢口監督は、PFFスカラシップで『裸足のピクニック』を制作。奇妙な共同生活を送る二人の女の破天荒な日常を失踪感たっぷりに描き出した『雨女』は、ドキュメンタリーと劇映画を織り交ぜ、箱根の遊技場の従業員の女性に突然「あなたが私のお母さんですよね?」と詰め寄る場面が滑稽であった。続く『裸足のピクニック』も、キセル乗車をした女子高生が次から次へと不幸に見舞われていくという階層的な笑いを作り出し、その後の作品で要となる〝シチュエーション〟の構築を重ねていったのだ。

そして、その後の2作品で、一気にこの〝シチュエーションコメディ〟が確立する。どちらもテーマになるのは〝大金〟だ。

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「趣味はなんですか?」「お金を数えることです」。このやりとりだけで、主人公の猛烈なお金への執着心をうかがわせる97年の傑作『ひみつの花園』。西田尚美演じる銀行員の咲子は、ある日銀行強盗に巻き込まれるが、拉致された途中で事故が発生。なんとか助かった咲子だったが、銀行から奪われた5億円の入ったスーツケースが富士の樹海にあることを知った彼女は、それを手に入れるために奔走するのだ。

主演の西田尚美の天真爛漫なキャラクター性と、破天荒なスラップスティックギャグの連続。わずか83分しかない短い上映時間の中を、一気に駆け抜ける爽快感は実にたまらない。さらに、その2年後に制作した『アドレナリン・ドライブ』でも、今度は大金を獲得した男女の逃避行を描く。

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平凡な青年・悟は、ヤクザの車と追突して事務所に連れて行かれてしまう。そこで突然大きな爆発事故が発生。奇跡的に生き残った彼は、たまたま近くに居合わせた看護師の静子とともに、2億円の大金を奪うことに成功する。ところが、一命を取り留めたヤクザの黒岩が、6人組のチンピラとともに彼らに迫ってくることを契機に、二人は逃走劇を開始するのだ。

いまでは『孤独のグルメ』のイメージが定着した松重豊が、不死身のヤクザ・黒岩を熱演し、チンピラ6人組は当時大流行したお笑いグループ「ジョビジョバ」の面々。ラストでルイ・マルの『恋人たち』へのオマージュを捧げるあたりもなかなか映画的ではあるが、男女二人が〝見渡す限りの田園地帯〟までとにかく逃げ続けるロードムービーというのは、日本映画ではあまり見られないバケーションムービーの匂いも感じらせ、ワクワクする。

この2作と、今回の『サバイバルファミリー』で大きく違うことは、〝大金〟は何の意味も無いものなのだ、という逆の発想を持つことに他ならない。序盤こそ、街頭で売られる水の値段がどんどんと高くなっていく場面によって金銭の重要さを窺わせるが、その直後に米屋で物々交換を要求する女将が、ロレックスや高級車を突き返し、人間が価値を決めた紙切れは生きるための最重要アイテムではないと断定させられるわけだ。

もちろん、主人公が「鈴木」というシンプルな苗字に設定されることを含め、これまでの矢口映画にお馴染みの光景が随所に見られ、ファンならずとも安心感に包まれることだろう。取り分け、したたかに天然キャラを披露する深津絵里演じる母親の姿は、『ひみつの花園』の西田尚美、『ウォーターボーイズ』の眞鍋かをり、『スウィングガールズ』の上野樹里、『ハッピーフライト』の綾瀬はるかと、これまでの矢口映画のヒロイン像をきちんと継承している。

また、真面目に働くことだけが幸せに繋がると考える父親・小日向文世の姿が、危機的な状況の中で役に立たなくなるという点も、矢口映画の優柔不断で頼りない主人公のテンプレートに従っている。それと同時に、旅の道中で出会う、時任三郎らのアウトドアファミリーのように柔軟な発想で受け止め生きることが大事であるというメッセージ性も秘められているのだ。

そして、矢口映画ファンなら絶対に押さえておきたい「伊丹弥生」だが、筆者は初見時に見つけることができなかったので、もし見つけた人がいたら教えてほしい。前作に続いて登場しなかったのだろうか……。

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(文:久保田和馬)

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