映画コラム
ノーラン作品は音楽にも仕掛けが! ノーラン×ジマー映画界最強コンビが仕掛けるサントラトリビア
ノーラン作品は音楽にも仕掛けが! ノーラン×ジマー映画界最強コンビが仕掛けるサントラトリビア
※ダンケルクでの撮影風景 (C)2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED.
■「映画音楽の世界」
以前にも紹介しましたが、映画監督やプロデューサーの中には“お抱え”の作曲家がいます。スピルバーグとジョン・ウィリアムズという相思相愛タイプから、タランティーノがエンニオ・モリコーネの音楽を使用しまくるような熱烈アプローチタイプのものまでさまざま。
今夏公開されて大ヒットし、先ごろ早くもソフトリリース情報が発表された『パイレーツ・オブ・カリビアン/最後の海賊』でもお馴染みのテーマ曲を作り出したハンス・ジマーも、プロデュースを務めるジェリー・ブラッカイマーのお気に入りの作曲家。トニー・スコット監督の『デイズ・オブ・サンダー』でハンス・ジマーを起用して以降、ほとんどの映画作品をジマー&ジマーの門下生に依頼しています。
現在そのハンス・ジマーと“名コンビ”ぶりを発揮しているのが、クリストファー・ノーラン監督。前回の記事でも『ダンケルク』の音楽を紹介して、いかに2人が綿密かつ緻密な連携プレーを果たしているかを紹介しましたが、実はこのコンビ、映画界においてこれまでになく音楽やサウンドトラックに“仕掛け”を施してくるトリックメーカーだったのです。
そこで今回の「映画音楽の世界」では、クリストファー・ノーランとハンス・ジマーが仕掛けていた“サウンドトラック・トリビア”を紹介したいと思います。
『バットマン ビギンズ』
ノーランとジマーの記念すべきタッグ1作目。ジマーが同じ作曲家で友人のジェームズ・ニュートン・ハワードと共に映画音楽を作れないか、と模索していたところにノーランから話が舞い込み、共同作曲が実現した作品です(ジマーとハワードはこれより以前、ジョニー・デップ主演の『シークレット・ウィンドウ』を手掛ける予定だったが実現しなかった)。
そんな訳でノーランとジマーが初めて手を組んだ作品となりましたが、なんとこのコンビ、この1作目からあるトリックを仕掛けてきています。ここで、発売されたサウンドトラックのトラックタイトル全12曲を見てみましょう。
- Vespertillio
- Eptesicus
- Myotis
- Barbastella
- Artibeus
- Tadarida
- Marcrotus
- Antrozous
- Nycteris
- Molossus
- Corynorhinus
- Lasiurus
なんとも難しそうな曲名が並んでいますが、これらは全てコウモリの名前。バットマンらしいタイトルではありますが、もちろんこれがトリックという訳ではありません。注目してほしいのは4曲目から9曲目のタイトル。その頭文字を拾い上げると「B」「A」「T」「M」「A」「N」となり、“BATMAN”の文字が出来上がるのです。一体なにを思ってサントラに暗号を忍ばせたのか理由は定かではありませんが、それが“クリストファー・ノーラン&ハンス・ジマー”というコンビの遊び心なのです。
『ダークナイト』
ノーランの地位を確固たるものにした、アメコミ映画史に残る作品。ジョーカー役で文字通り狂気的な演技を見せたヒース・レジャーがアカデミー助演男優賞を死後受賞したことも大きな話題となりました。そのため、本作での存在感はとりわけジョーカーが占める部分が多く、ジョーカーが映画全体を支配するポジションに。
そんなこともあり、ジマーとハワードはサントラにも「Why so serious?」や「Aggressive expansion」「Like a dog chasing cars」「Agent of chaos」などジョーカーのセリフを引用したトラックタイトルを多く採用しています。
本作は、アカデミー賞においてノミネートが確実視されていた主要部門でスルーされてしまい、多くの批判が寄せられたのちに作品賞ノミネート本数が10本に増加される契機となったとされています。実はこれよりさらに前、作曲賞ではノミネート候補選定の段階から「『ダークナイト』はノミネート資格なし」の判定を受けたことが問題視されていました。実際、本作は音楽の評価も高くジマーとハワードはグラミー賞を受賞していますが、アカデミー賞では「作曲家が多すぎる」(アカデミーに提出したキューシートにエンジニアらも含め計5人がクレジットされていたため)という理由から失格扱いに。
最終的にキューシートを訂正することで資格取り消しの処分は撤回されましたが、結局ノミネートにまでは至らず、当時“最多ノミネート”を狙っていた本作のアカデミー賞での扱いは遺恨を残す形となりました。
『ダークナイト ライジング』
ノーラン版バットマンを締めくくるシリーズ最終作にして、三部作で唯一ジマーが単独で担当することになった作品。ここまで来ると音楽に対して「最後に来てさすがにもうネタはないだろう」という思いと、「最後だからこそ何かやってくれそう」という期待感がありましたが、もちろんジマー先生はやってくれています!
本編の中で、物語において重要な意味を果たす「DESI DESI BASARA BASARA」(「壁を登れ」という意味のアラビア語)という男たちの雄叫びがあり、「ベイン・チャント」とも呼ばれるこのコーラスのためにジマーは世界中からネットを通じて「声」を募集。ジマーによれば音痴でも、どんな声でも、途中でやめてもオーケー。結果、集まった数千人分の声をサンプリングして、事前に複数人で収録しておいたコーラスにミキシングして、あの深みのある壮大なコーラスが完成しました。
本作は、映画の公開直後にコロラド州オーロラの劇場で銃乱射事件が発生。多くの死傷者を出しました。事件についてノーランは声明を発表し、ジマーも被害者への鎮魂曲「AURORA」を作曲。その収益金を事件被害者に寄付しています。
『インセプション』
レオナルド・ディカプリオを筆頭にトム・ハーディやジョセフ・ゴードン=レヴィット、日本からは渡辺謙が出演するなど豪華共演が話題となった『インセプション』。夢の階層を舞台にした綿密な脚本やトリック撮影、ラストのトーテムの解釈と何かと映画界を騒がせた本作でも、ノーランとジマーのコンビは音楽そのものにトリックを仕掛けています。
本作では重要な“アイテム”の1つとして、エディット・ピアフの「水に流して」が使われていますが(夢から目覚める合図(キック)として「水に流して」を使用している)、実はこの曲をスロー再生すると本作のオープニング曲になる、という仕掛けが施されています。
「水に流して」は冒頭で管楽器がリズムを刻んでおり、その部分がスローになるとオープニングの「LEGENDARY PICTURES」「SYNCOPY」のロゴのバックで流れる、重厚で太い本作の“テーマ曲”のリズム、音色になるのです。これは検証動画もネット上に上がっているので気になる方はぜひチェックしてみてください。「夢の中では時間の進み方が違う」という設定を上手く利用した仕掛けではないでしょうか。
ちなみに本作から『バットマン ビギンズ』と『ダークナイト』を共作していたハワードがノーラン作品から離脱しています。これは決して喧嘩別れをしたという訳ではなく、ジマーも当初はハワードと共作するつもりでいたところ、ハワードから「自分が参加するよりもジマーが単独でノーランと組んだほうがよりクリエイティブなものができる」と辞退を申し入れたそう。ジマーは本作でハワードに最上級の謝辞を贈っており、ハワードの読み通り、その後のノーラン&ジマーコンビの活躍ぶりは周知の通り。欲を言えば、また3人でのコラボ曲を聴きたいと思ってしまうのがファン心理ではありますが。
『インターステラー』
ノーランがついに宇宙にまで飛び出して描いた、親子の物語。ノーランは脚本が完成する前からジマーに作曲を依頼するというなかなかチャレンジングな作曲ながら、ジマーはノーランから伝えられた作品のテーマを頼りに「Day One」を完成させました(通常のポストプロダクションに比べて音楽が早く仕上がっているため、予告編で既に本編音楽が使われている)。
ジマーは宇宙の深淵さを音楽で表現するため、オーケストラに加えて『ダ・ヴィンチ・コード』でも有名なイギリス・テンプル教会に出向いてオルガン演奏を収録。ジマーお得意のドラムリズムを意図的に導入“せず”、神秘性とどこか人間らしさを兼ね備えた音色を生み出しました。
本作のサントラ盤はいくつかの版型が用意されていて、通常版、通常版より収録曲数の多いデジタル版、限定BOX版が発売されました。面白いのがCDタイプのもので、通常版(輸入盤)ではジャケットケースとCD盤面のピクチャーラベルが連動する形で星座早見表になっています(国内盤は加工が必要)。
さらにBOX版は「Illuminated Star Projection Box」と名付けられており、箱型のサントラケースにはLEDが内蔵され、その名前の通り暗闇でプラネタリウムのようにイルミネーションが投射される仕組みになっていました。ノーラン&ジマーがサウンドトラックアルバムのプロデュースも手掛けているので、もしかすると2人のアイデアによる仕様なのかもしれませんね。
まとめ
『ダンケルク』が公開され、今のところノーランの新作の噂はまだ聞こえてきません。次作にもジマーの名前が連なるかは未知数ですが、互いの信頼度が強くどこまでも溢れてくる豊饒なアイデアを見せつけられると、やはり期待はどうしても高まってしまうもの。ぜひとも映画ファンの度肝を抜く新たなサウンドを、劇場に響かせてほしいですね、
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(文:葦見川和哉)
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